悪女復活⁉︎ 9

 図々しいし、偉そうだとわかっている。兄を引き合いに出すのも屈辱くつじょくだけど、この場を言いつくろうためなので仕方がない。

「絶対に私を好きにならないでね」と直接伝えたら、バカだと思われてしまうもの。賢い王子達がバカと契約するはずはないから。

 女嫌いのクラウス王子と女性に優しいアウロス王子。双子の女性の好みは一緒で、同じ人を愛している。だから私のことを好きになる要素なんて、実際は一ミリもないのだけれど……


「わかった。心に留めておこう。だが、そんなことを言われたのは初めてだな」


 苦笑しながら黒髪をかき上げるクラウス王子。その姿を見て、不意に胸がうずいてしまう。

 ――待って。告白されたわけじゃないんだし、心臓麻痺はあり得ないから。

 私は恐ろしい考えを慌てて打ち消した。


「ありがとうございます。それで、レースの件ですが……」

「いや、それはまたの機会にしよう。用意させたお茶が冷めてしまう」


 とりあえずはホッとした。王子は「また」と口にしたから、商談が打ち切られることはないらしい。シュンとしているリーゼと目が合ったので、もう大丈夫よと微笑んだ。次からリーゼは、お留守番確定だけど。


 お茶が目の前に置かれた。お茶菓子は小さなケーキとプラムの乗った焼き菓子、それとショコラだ。紅茶はこの前と同じ銘柄らしく、ほんのりと優しい香りが漂う。

 気づいたリーゼが小さな鼻をピクピク動かして、香りを嗅いでいる。だけどごめんね? 教えた通り、同じ席にはつけないの。侍女は後ろで控えて、私が飲み終え退室するまでその場で待たなくてはならないから。


「何をしている。君もどうだ?」


 王子がリーゼを手招きする。通常では考えられないことだけど、お茶を一緒に楽しもうということらしい。


「え? あの……」


 口を挟もうとしたところ、逆に問われてしまう。


「正式な茶会ではないんだし、悪い印象を与えたお詫びだ。構わないかな?」

「え、ええ……」


 ためらいがちに頷いた。リーゼとは私の部屋でよくお茶を飲むので、簡単な作法なら教えてある。だけど……クラウス王子はアウロス王子より、良い意味で型破りな性格らしい。


「いいの?」

「ああ」


 飛びねるようにやって来たリーゼが、嬉しそうに私の隣に座る。一国の王子が侍女にここまで気を遣うなんて驚きだわ。相当気に入られたってことは、まさかリーゼ本当に玉の輿では!?


「ずっと気になってたんだよね。お嬢が熱く語るから」

「こら、リーゼ。言葉遣い!」

「ハハ、気に入ってもらえたなら良かった」


 優雅な所作でお茶を飲みながら、クラウス王子が私達の普段の様子を尋ねた。すると、美味しいお茶とお菓子に気を良くしたリーゼが、街で私と出会った話を披露する。もちろん、財布をスッたということは伏せて。


「そんなわけで、一人ぼっちのオ……私を屋敷に連れ帰って、ミレディア……様が、面倒を見てくれることになりました。優しく接してくれてます」

「そうか。生活が変わると大変だろう」

「まあね……いえ、それより毎日が刺激的で楽しくて」

「刺激的?」

「うん。侍女のハンナとミレディアを取り合ったり、ヨルク様とミレディアの話で盛り上がったり」

「ほう」

「それから、出しっ放しの桶につまずいたヨルク様から追いかけられたり」

「ハハ、それは災難だったな」

「でも、ミレディアの名前を出せば大抵のことは許してくれる……ます」


 私も初めて耳にする。意外にも王子が楽しそうなので、止めずに聞き入ってしまった。リーゼのおかげでクラウス王子はよく笑い、その度に私の目はなぜか彼に引き寄せられてしまう。

 冷たい人だと思っていたのに、腰が低く親しみやすいから? それともリーゼに対する王子の反応を気にしているせい? ――きっとそっちね。

 結論が出て安心した私は、純粋にお茶を楽しむことにした。この味わいは緑茶に近く、癖になりそうだ。お茶菓子もみな絶品で、気付けばつい手を伸ばしてしまう。リーゼに負けないくらい食べてしまったけれど、さっき私は「兄と同じように扱って下さい」と言ったばかり。ちなみにヨルクはこんなに食べないので、次から気をつけましょう。


 クラウス王子は甘い物が苦手らしく、お茶しか口にしていなかった。スリムな体形はそのためかと思われる。それとも鍛えているからかしら? そういえば、初めて会ったあの日も軍服を着ていらしたわね。彼のリードはなかなか上手で踊り易かった。

 そんなとりとめもないことを考えていたら、不意に声をかけられる。


「……そろそろか。気に入った物があれば持ち帰るといい。良ければ次も同じ菓子を用意させよう」

「いいの? やった!」

「ちょっとリーゼ! 申し訳ありません、今後は別の者と参りますので」

「ええ~~」

「いや、次も一緒に来るといい。忌憚きたんのない意見は参考になる」

「忌憚のない?」


 リーゼが不思議そうな顔をしている。私は説明ついでに注意することにした。


「遠慮のないってことよ。貴女はもっと遠慮しなさい! それに、いくら殿下が優しくても礼儀は守らなくてはね? その調子だとこれから外には出せないわ」

「そんなあ……」

「くくっ」


 肩を落としてしょんぼりするリーゼを見て、王子が笑いをこらえている。彼女を余程気に入ったようね? クラウス王子、好きな相手がいながらまさかのロリコン!?

 私達の視線を感じた王子が、笑いながら口を開く。


「いや、そうしていると主従というより親子みたいだ……未婚女性にこんなことを言ってすまないが」

「いえ。あの……ありがとうございます」


 親子と言われるのはむしろ褒め言葉だ。親バカ冥利みょうりにつきるから。

 私のことをアウロス王子は「女性として見ていない」と言い、クラウス王子は「親」と言う。二人にまったく意識されていないと知り、却って嬉しい。


「ありがとう、とは?」

「殿下、どうかお気になさらずに」


 いろいろ突っ込まれたら後が面倒だ。多忙な王子を引き留めてもいけない。


「……わかった。ミレディア嬢、それではまた」

「本日は貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました」


 最後くらいきちっと挨拶しなければと、王子に対し丁寧に膝を折る。同じことを考えたらしく、リーゼもきちんと頭を下げていた。

 頷き扉に向かうクラウス王子。部屋を出る直前に大事なことを思い出したのか、こちらを振り返る。


「それからミレディア嬢」

「はい、何か」

「次回からクラウスと呼んでくれ。俺も君をディアと呼ぶ」

「え? あの……」


 返事を聞かずに去って行く。王子の姿が見えなくなると、一気に疲れが襲って来た。双子ってもしかして、考え方まで同じなの?

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