悪女復活⁉︎ 2

 クラウス王子は、前髪で隠した私の視線を感じ取ったのかしら。もしくは、しゃべり続ける兄に嫌気がさして? たぶん前者だ。イケメンで注目されるのに慣れている分、他人の視線に敏感なのだろう。

 でもここで、好意を持っていると勘違いさせてはいけない。なにせ私は自分の命がかかっているのだ。全く意識していないと、強調しなければ。


「いえ、別に何も」


 わざと素っ気なく答えると、紅茶の入ったカップをごまかすように持ち上げる。フワッと立ち昇る上品な香りと口に含んだ瞬間の、この味わいは!


「こ、ここ、これは!」

「ほう、違いがわかるのか」


 わかる、なんてもんじゃなかった。

 これは私が縁側で飲みたい緑茶に限りなく近い! まろやかでふくよかで、ほんの少しの苦みはあるけど瑞々みずみずしく、後味も良かった。緑色なら完璧なのに……

 滞在中、王都を捜し歩いても好みのお茶は見つからなかった。紅茶だからか、どうも華やかな香りが優先されて、なんかちょっと違ったのだ。縁側で飲むなら、自己主張の強いものより癒される香りの方がいい。がっかりし、諦めかけていた時のこの香りと味わい! 


「さすがは王家が特別に作らせている茶葉ですね。製法は秘密で、希少価値が高いとか」


 兄よ、その情報いったいどこから?


「そんなことまで知っていたか。さすがはやり手だと、評判なだけはあるな」

「いえ、私などとてもとても。以前も申し上げましたが、全てはこの妹のお陰です」

「なっ」


 ヨルクったら。目立たないようにと言っているのに、私を前面に押し出すなんてどういうこと? それに王子が兄をやり手だと思っているなんて、今初めて聞いたんだけど。

 確かに我が家の財政は右肩上がり。助言をするのは私でも、実際に取引をしたり商品を取り仕切ったりしているのは兄だ。ヨルク一人で上手く立ち回れるのなら、私、今日ここに来なくても良かったんじゃあ……



 繊細なカップを握り締めてため息をついた時、もう一人の王子が登場する。アウロス王子だ。


「ごめんね、すっかり遅くなっちゃって。あの爺様、優秀だけど話長いから」

「こら、アウロス。客人の前だ」


 いえ、お客でなく商売人ですけど?

 私と兄は立ち上がると、アウロス王子に揃ってお辞儀をした。次いで兄が挨拶する。


「この度は特別にお時間をいただき……」

「ああ、堅苦しいのはいいから。ちょうど喉が渇いたんだよね」


 アウロス王子はクラウス王子に比べると、かなり適当……じゃなかった、気さくな方らしい。お茶のセットに近づくと、自分でお茶を淹れだした。動作は滑らかで、なぜか慣れている。


「ああ美味しい。やっぱりこのお茶が一番落ち着くな。そう思わない? あ、ベルツ兄妹、ようこそ」


 ようやく一息ついたという風に、アウロス王子が私達を見てにっこり笑う。


「お会いいただき光栄です」

「ご尊顔そんがんを拝する栄誉にあずかりり、この上なき喜びです」


 兄に続き、私は仰々ぎょうぎょうしい挨拶をした。堅苦しいのが嫌いなら、大げさな方が嫌われると思って。ただし機嫌を損ねないよう、ギリギリのところで留めた。続いて深く礼をする。

 兄が隣で身じろぎし、アウロス王子が驚いたように片眉を上げた。クラウス王子は……見ていないからわからない。


「へえ? 面白いね、君」


 アウロス王子がニヤリと笑う。私の考えによると、ここはアウロス王子がムッとしつつも口をつぐみ、私に興味を失うところ。それなのに、猫がおもちゃを見つけたような表情をするなんて、どういうことだろう?


「堅苦しいのはいいと、言ったはずだけど?」


 私に向き直った王子が腕を組み、首を傾げる。

 しまった、嫌われようと焦り過ぎたの? 私は慌てて謝った。


「大変失礼致しました。緊張してしまって……」


 もちろん嘘だ。

 丁寧に挨拶したのに、面白いと言われるなんて。


「本当? そういう風には見えなかったけどなあ」

「アウロス、いい加減にしろ。弟が話の腰を折ってすまない。それで? ミレディア嬢はどう関わっているんだったかな」


 話を元に戻すらしい。兄の余計な一言で、マズい流れに行きそうだ。領地経営やレースの商品化に口出ししたのは、確かに私。けれど本来、貴族の女性は男性の意見に従うものだとされている。うちがたまたま私の意見を聞き入れる度量があるだけで、バレたら「女性のくせに生意気だ」と取引自体が中止になるかもしれない。足を引っ張ってはいけないと、私は無邪気な伯爵令嬢を演じることにする。


「ねえお兄様、このお茶! 素晴らしく美味しいですわ。お茶菓子だったら、何が合うかしら?」


 少なくとも嘘は言っていないので、良心は痛まない。緑茶に近く好きな味だし、これならたくあんやせんべいにもよく合うだろう。残念ながら探しても、その二つは王都になかった。

 マナーの点では完全にアウト。

 王子の話を無視するなんて失礼だから、いつつまみ出されてもおかしくない。むしろそっちの方がいいような。私に興味を向けられては困るし、いない間に兄が私の自慢話をするのなら、後から気のせいだといくらでも笑い飛ばすことができる。


「ごめんね、ミレディア。今はクラウス殿下のご質問に答える方が先だと思う。後から一緒に考えてあげるから」


 そんなことわかってるってば!

 答えさせたくないから、別の話をしたのに。兄め、どこまで私の邪魔をする?


「そんなに気に入ってくれたの? 良かった。これ、僕達が特別に作らせているんだ。でも、香りが弱くてあまり好きではないって娘が多くてね」


 意外にも、アウロス王子が乗ってきた。話しかけられたのはびっくりだけど、ここは乗っかってしまおう。


「そうなんですか? 優雅な香りと繊細な味わい。上品でまろやかな中にも渋みがあって、後味はすっきり。素晴らしいと思いますけれど」

「だろう! そこまで褒められたのは初めてだ。嬉しいな」


 アウロス王子がにっこり笑って喜ぶけれど……

 しまった。もしかして、気に入られたらマズいのでは!?

 

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