悪女復活⁉︎ 1
白い壁には金の
私は今、兄のヨルクと共に城の一室で待たされている。それもこれも王子達と直接取引をするため。ベルツ自慢のワインとレースを売り込むと張り切っているヨルクに対し、私はムスッとした表情だ。極力表に出るのは避けたかったのに、こんな目立つ場所で目立つ人達に会わなければならないなんて。
これで商談が成立しなかったら、ただじゃおかないわ。隠居後の暮らしと快適な老後のため、私の手当てをもう少し増やしてもらわないといけないから。なぜか最近、私と一緒に田舎暮らしを望む人が続出している。使用人達の間でもスローライフが流行っているなんて、知らなかった。それなら彼らに出す給金分は、兄にしっかり稼いでもらわなくっちゃ。
緊張して椅子に浅く腰かける私を見て、ヨルクが心配そうな声を出す。
「ミレディア、ええっと……そこまで警戒しなくても、悪い人達ではないよ?」
「いいえ。良いか悪いかではなく、興味を失ってもらえるかどうか。地味過ぎたのは失敗だったけど、目に留まっても困るの」
「そんなことを言うのは、お前くらいのものだろうね? 普通の女性なら、王子達の気を惹きたいと思うのに」
「普通でなくて結構よ。いくら商売を円滑に進めるためでも、
「そんなこと、考えてもいないよ。可愛いミレディア、いい加減に機嫌を直しておくれ?」
弱り切った顔のヨルクに、少しだけ
とはいえ、ある程度の妥協はしていた。王子達と会うとわかっているのに三つ編みに眼鏡の野暮ったい恰好ではいけないと、今日は紺色に銀糸が控えめに入ったドレスを着ている。
フリルやリボンなどの装飾は一切なし。でも、浅いスクエアカットで首元がすっきり見えているので、この前の首まで隠れたクリーム色のドレスに比べたら、格段の進歩だ。
前髪で顔を半分隠しているのは相変わらずだけど、髪は結ばず下ろしているし、伊達眼鏡もかけてはいない。顔だけ除けばきっと、他の貴族女性と同じように見えることだろう。
「ここに来るのは今日だけよ? 王室御用達の看板なんてなくても、この前提案したものでうちは十分やっていけるはず」
「葡萄の飲み物だね? お酒の弱い人のため、ワイン風味にするという。確かにあれは甘くて子供でもいけるが、大人は物足りない。いや、王族にだって子供はいるはずだから、却っていけるのか」
「まったくもう、ヨルクったら。そもそも王子達だって本気なわけじゃなく、きっと面白半分で……」
考え込む兄に文句を言いかけた時、戸口から笑みを含んだ声が響く。
「随分な言われようだな?」
「た、大変申し訳ございません」
兄と共に慌てて立ち上がった私は、クラウス王子に向かって即座に頭を下げる。私としたことが、失敗してしまったわ。商談であるとわかっていながら、兄と二人きりでいたために、つい気が緩んでしまったのだ。王子なら、ノックもなく部屋に入ることができるのを忘れていた。ビジネスマナーとして、これではいけない。
悪い印象を持たれなければいいと思う。個人的に気に入られるのは嫌だけど、我が家が嫌われるのだけは避けないと。
「いや、いい。楽にしてくれ。後からアウロスも合流するだろう」
うつむいたまま、わからないようにため息をつく。クラウス王子だけでも気を遣うのに、アウロス王子も来るのか。一週間以上王都に滞在させられた上、ダブル王子の面会だとは何の拷問だろう?
「クラウス殿下だけでなく、アウロス殿下にもお越しいただけるとは。身に余る光栄です」
兄よ、だったら置いて帰ろうか?
だけどもちろん、そんなことを言えるはずもなく……
クラウス王子は兄に軽く頷くと、こちらに近づき話しかけて来た。
「先日の舞踏会以来だな。クラウスだ。ミレディア嬢、わざわざ呼び立ててすまない」
王子を前に、さすがに「はい、そうですね」とは言えない。それでなくても切れ者と評判の王子だから、怒らせたら後が怖いと思う。
「いえ、とんでもございません。ベルツ伯爵家の長女、ミレディア=ベルツにございます」
型通りに挨拶する。「お会いできて嬉しい」だとか「以後お見知りおきを」なんて、絶対口にしない。けれど、言うべきことはきちんと言っておこう。
「このような機会をいただき、ありがとうございます。何でも当家で扱う
出過ぎた真似かもしれないけれど、あくまでも商談で来たという姿勢を貫くことにした。興味があるのは私ではなく、うちで扱う商品の方でしょう? と。
「とりあえず座ってくれ。茶を飲みながら、話を聞こう」
良かったわ。取引する気はあるみたい。クラウス王子が正面に腰を下ろすのを見て、兄と私も椅子に腰かけた。彼が手を上げると、すぐに紅茶のセットが運ばれて来る。
お茶なんてまどろっこしいことはせず、本当はぱっぱと契約してさっさと帰ってしまいたい。だけど貴族の、ましてや王族が関わる話なら、それは無理なのだろう。それともアウロス王子が来るまで、仕事の話はお預けなの?
諦めて目の前のお茶に目を落とすと、香りがほんのり漂ってきた。
「遠慮せずにどうぞ。別の銘柄が良かったか?」
「いいえ。ここまでして下さって、感謝の念に堪えません。この度はお忙しい中、時間を作っていただき誠にありがとうございます。それでなくとも両殿下は……」
返事を兄に任せ、私は
紅茶を飲むクラウス王子の顔は、怖いくらいに整っている。すっと通った鼻筋に形の良い唇、切れ長の目は
「……何だ。ミレディア嬢、気になることがあるなら聞いておこうか?」
カップから顔を上げたクラウス王子が、鋭い目で私をまっすぐ見つめた。
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