双子王子の好奇心

 ***** 


 話は誕生を祝う舞踏会直後にさかのぼる。

 その夜、出席者のリストを確認していた俺――クラウスに、弟のアウロスがクスクス笑いながらこんなことを聞いて来たのだ。


「それで? クラウス、僕を置き去りにして逃げた令嬢は誰?」

「知らん。初めて見る顔だ」

「初めて? その割には楽しそうに踊っていたね」

「ああ、ステップが抜群に上手かった。あの身のこなしなら、高貴な家の者だろう」

「侯爵家以上の令嬢かな? それなら僕ら、子供の頃から顔を合わせているけど? 国外の者は招待しなかったから、王族ではないし。顔を隠してお洒落しゃれもしないなんて、珍しいよね?」

「そうだな。だが探そうにも招待客が多過ぎる上、手掛かりが何もない」


 ため息をつきながら、手にしていたリストを指ではじく。さっきから目を通しているが、招かれた未婚の女性だけでも数十人に上る。そのため、彼女がどこの誰だか全くわからないのだ。華美な装いをせず、自分を売り込まない女性は初めてだった。やはり名前を聞いておけば良かったと悔やまれる。


「クラウスが気にするなんて意外だね。女性はもう、りたんじゃなかったの?」

「しつこい女は嫌いだ。その分お前が相手をしているだろう? 彼女は違った。だから余計に、どこの誰だか知りたくなる」

「クラウスの知り合いだと思ったから誘ったのに。この僕が、こっぴどく振られるなんてね」

「アウロス。いい加減にしないと、いつか手痛い目に遭うぞ?」

「綺麗な者に興味を示して何が悪い? まあ謎の女性に関しては、美醜も何もわからなかったけどね。スタイルはまあまあだったかな?」


 弟の言葉を聞き、俺は白い手袋をめた手に思わず目を落とす。銀色の髪に桜色の唇。支えた腰は華奢きゃしゃで、肌の色は白かった。腕も細くて……そうか! 


「アウロス、レースだ! 彼女は一般的ではない、手の込んだ繊細な袖を付けていた。かなり高価な品だろう。生産地の中で、銀色の髪の家系を探せばいい。贈られた物かもしれないが、何もわからないよりはマシだ」

「それなら、すぐに調べさせようか?」

「いや、わかっている。レースで有名なのはエルボルト、ファルツ、ロンデルフ、リューバッハ……」

「最近話題になっているのはベルツだよ」

「ベルツか。そうだな」

「何でも伯爵家の長男が、かなりのやり手らしい。彼自身は謙遜けんそんして、妹のお陰だと言い張っているみたいだけどね?」

「ベルツ伯爵家の令嬢、か」

「病弱で不器量だという噂だったかな? 今まで舞踏会で会ったことはないよ」

「アウロス、お前が知らないとは相当だな。ベルツ家の者なら覚えがある。城でもワインを試してくれと、先日面会を申し込んで来た男がいたか。ちらっと目にしただけだが、髪は……そういえば銀色だったな」

「ふうん。気になるなら呼び出してみれば? 違っていても、ワインくらいなら誕生祝いとして購入すればいいよね」

「少なくとも口実にはなるだろうな」


 自分でもなぜ、ここまでこだわるのかわからない。彼女とは、初めて会ったような気がしなかったからだろうか? アウロスに乗せられたわけではないが、俺は翌朝早く、王都にあるベルツ家の屋敷に遣いを向かわせた。




 遣いを寄こして間もないというのに、すぐに飛んできた若い男を見て既視感を覚える。彼の銀色の髪は、ドレスと共にひるがえる彼女の束ねた髪を思い起こさせたから。整った繊細な顔に眼鏡をかけた男が、貴族の礼を取りながら名を名乗る。


「ベルツ伯爵家の嫡男ちゃくなん、ヨルク=ベルツです。この度は面会の許可をいただき、誠にありがとうございます」

「突然呼び立ててすまない。聞きたいことがある。商談はそれからだ」

「どうぞ何なりと。昨夜に引き続き、クラウス様とアウロス様のお二方にお目にかかれて大変光栄です」


 俺は横に立つアウロスに視線を向けた。弟も面白そうに片眉を上げる。伯爵子息の堂々とした物腰はやり手だと評判なだけはあり、穏やかだが食えない印象だ。眼鏡が彼をおとなしそうに見せているものの、実際は違うだろう。王都の貴婦人達の間で人気を博しているという、ベルツ産のワインやレース。父親の伯爵というより、この男の功績が大きそうだ。


「気楽にしてくれ。尋ねたいのはワインのことではない。昨日のことだ」


 ヨルクという名の男が、ハッとしたように顔を上げた。心配そうに眉根が寄せられている。


「昨日のこと、とは? 舞踏会での妹の不手際のことでしょうか?」


 やはり当たりか。隠すことなく、自分から言い出してくれるとは。

 昨夜の俺は一曲踊っただけで、疲れを理由に謎の女性以外を相手にしていない。他を近づけた覚えもないから、彼の妹というのがすなわち、一緒に踊った人物だろう。


「いや、不手際ではない。ただ、一度も舞踏会に姿を見せず病弱だと噂の女性が、どうしてああも見事に踊れるのか、と疑問に思ってね」

「僕は踊ってもらえなかったけど?」


 アウロスが横から口を挟む。

 途端に男が、警戒した顔をする。俺は片手を上げて、弟を制した。


とがめるために呼んだわけではない。元気そうに見えたが、病弱だというのはどうしてだ? それに、なぜ顔を隠している。貴公に似ているのなら、かなりの美形だろう」

「そりゃあ、もう――……し、失礼しました」


 一瞬デレッと表情がゆるんだ男は、しかし慌てて頭を下げた。どうやら自慢の妹らしい。


「だったら何であんな恰好をしているの? 調べたけど、もう二十歳を過ぎているよね。嫁がせずに隠していたのは、誰の意向?」


 アウロスも短い時間で調査したとは。弟も彼女に興味を持っているようだ。

 男の目が泳いでいる。答えようかどうしようかと逡巡しゅんじゅんしているらしい。


「ここでの話はどこにも漏らさない。そう約束すれば安心か? ただの好奇心だ。話したくなければ、忘れて引き取ってくれても構わない」


 その場合取引の話も終わりだ。

 暗に、妹の秘密を明かすことと城での取引とどちらを優先するのか、と聞いた。この男が評判通りのやり手なら、断ることはしないだろう。何も嫁に欲しいといっているわけではない。事実を確認したいだけなのだから。

 しばらく迷った末、ベルツ家のヨルクは重い口を開いた。


「本当にここだけの話にして下さい。実は……」


 語られた話に驚く。

 最近のベルツ家の隆盛は、ミレディアという名の彼の妹のお陰だという。けれど彼女自身は表に出ることを嫌い、ほぼ領地の屋敷に引きこもっている。良縁を全く望んでおらず、独身のまま隠居生活を送ることが夢だとか。誰の目にも留まりたくないからあんな恰好をしているのだ、と。

 呆気に取られたアウロスが、彼に質問する。


「じゃあ、不器量で地味で病弱だというのは、ただの噂なの?」

「はい。本当はそりゃあもう、綺麗で可愛く美しく、優しくて気立てが良くって親切で頭が良くて癒し系で……」

「大体の話はわかった。自分を飾り立てないとは、ある意味貴重な存在だな」


 話が長くなりそうなのでさえぎった。

 事情はわかっても、ミレディアという名の女性の意図がわからない。良縁を望まないとはどういうことだ? 男に騙されて人生を悲観しているとか、この兄が隔離しているというならまだわかる。しかしあの姿は本人が望んだことで、隠居して老後を過ごすのが夢? ……なんなんだ、それは。


 理解できないことは嫌いだ。

 そのため俺は、続けて口を開く。


「契約の話をしよう。本来は別の者が担当するが、特別だ。ただしこちらにも条件がある。納得できないなら、承諾しなくていい」


 面白いことを見つけたと瞳をきらめかせるアウロスを横目で見ながら、俺はヨルクに「妹と一緒でなければ商談には応じない」と告げた。

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