地味な私を放っといて 10
うちで暮らすことになったリーゼ。
彼女は元々頭の良い子で、己の振る舞い方をきちんと心得ていた。相変わらず口は悪いけど、逃げ出そうとしたり、他人の迷惑になるようなことはしない。もちろん人の物を盗むようなこともなく、必要に応じておとなしくもできた。
我が家での生活が合っていたのか、毎日楽しそうに過ごしているし、食事の時間は一番に飛んで来る。調子がいいだけでなく下働きも進んで引き受けるため、あっという間に人気者になった。黙っていれば天使みたいだね、と使用人達の間でも評判だ。
ただ、リーゼはハンナとは馬が合わないらしく、顔を合わせばケンカばかりしている。年が近いから、お互いの嫌なところが目に付くのかしら?
「人のこと天使って。見る目ねーだろ」
「黙っていれば、ですよ? その
「偉そうに何だよ。お前だってまだまだじゃないか」
「失礼な! 私はれっきとしたミレディア様の侍女ですよー」
「その割には、お嬢にほとんどのことをさせてるし。お嬢の方が器用だろ」
「そ、そんなことはないです。リーゼこそ、きちんと従うのってお嬢様の言うことだけでしょう? 私が注意しても、ちっとも聞いてくれないんだから」
「当たり前のように命令するからだろ。ちゃんと理由を説明しろよ」
またしてもハンナが押されている。このままではいけないと思い、私は二人の間に入ることにした。
「こら、リーゼ。言葉遣い! ハンナももうその辺で」
「まったくもう、お嬢様はこの子に甘いんだから。リーゼ、ミレディア様に偉そうにしたら、おしりぺんぺんですよ~」
「なら、お前からだな」
まともな教育を受けていない割には、リーゼの頭の回転は速い。言い負かされるのはいつもハンナの方で、今日も困った顔をしている。ここは母(仮)として、私が厳しく注意しなければ。
「リーゼ、お前って言うのは失礼でしょう? 言葉遣いも直してきちんとハンナと呼ばなければ、おやつ抜きにするわよ」
「うげ」
「お嬢様、私が偉そうだっていうのを否定していない~」
え、気になるのってそこ?
私にしてみればハンナもリーゼもどっちも可愛いから、公平に接しようと心がけているのだけれど。
王都にあるベルツの屋敷では、私達三人の平和なやり取りが毎日のように続いている。ここでの生活が予想以上に長びいて、一週間を超えたから。
それというのも、リーゼと出会った日に兄が私を裏切り、勝手な約束を取り付けてきたせいだ。どうりであっさり、リーゼを引き取りたいという私の希望を叶えてくれたわけよね?
『話はわかった。リーゼの今後の生活は、私も責任を持ち保証しよう』
事情を詳しく説明した私に、そう約束したヨルク。喜びのあまり抱き着いてもあげたのに。尊敬の気持ちを返してほしい。何のために私が今まで、領地に引きこもっていたと思っているの?
先日開催された舞踏会の翌日。
どうしても外せない用事があると出かけて行った兄は、私に内緒で城を訪れていた。表向きは取引のためで、実際は双子の王子に呼び出されて。クラウス様とアウロス様の二人が待ち構えていて、兄にこう尋ねたらしい。
『一度も舞踏会に姿を見せず、病弱だと噂の女性がどうしてああも見事に踊れるのか』
正体がバレただけでなく私のワルツが上手過ぎて、疑問に思われてしまったみたい……
王子の誕生会ということで、広間には大勢の女性がいた。招待された未婚女性だけでも相当な数に上る。私は名乗らなかったし、顔も見せてはいない。銀色の髪だけでも会場には何人もいたというのに。
素性を調べようにも、ヨルクは私と一緒に帰ったはずだ。あの場所に、兄以外の知り合いはいない。それなのになぜ、クラウス様はダンスの相手が私だとわかったのだろう?
踊っただけで興味を持つ、というのも
それに、アウロス王子とは踊ってさえいないのだ。二、三言葉を交わしただけ。
兄は、二人から同じように私のことを聞かれたと言っていた。なぜ領地に引っ込み、舞踏会に出てこないのか、ということを。
「それで? まさか、
「ええっと、お前が人前に出たくないことと、結婚せず隠居したがっていることをお話した」
「はい?」
それって全部じゃない。容姿のことに触れなかったのは幸いだけど、質問されたからってそこまでペラペラ語るもの? 双子の王子も単に私の事情を知りたいだけで、兄を城に呼びつけるのはどうかと思う。
そのヨルク、私を連れて城に上がると勝手に約束してしまったらしい。王城でもベルツ産のワインを扱いたい、という話を真に受けて。
「ごめん、ミレディア。どうしても販路を拡大したかったんだ。それには王室御用達の看板が一番効く」
「だからって、そんな!」
「何もお前を取って食うわけではない……と思う。そんなことは私がさせない……ようにする。一度会えば向こうも気が済むだろうし」
何とも頼りない。
兄が私のことより家業を優先するとは! まあ長男だし、本来はそれが普通なんだけど……
でもあんなに私が一番だと言っていたヨルクが、私をダシに商売を広げようとしているなんて、思ってもみなかった。裏切られたと感じてしまうのは、そのためだろう。
王子達も王子達だわ。私が一緒でなければ商談に応じないというのは、意地悪なのではなくて? そもそも城の中のことは、文官達の仕事だ。決して卑下するわけではないけれど、うちのワインごときで王子が二人も出てくるのは、おかしな話よね?
「連れて来いと言いながら、連絡を待て? 随分勝手ね」
「いや、正確には『お二人の時間が空くまで私が待ちます』と申し上げた。せっかくの機会だ。どちらかお一人にでも気に入っていただければ、我が家の未来は明るい」
「はあ? それならヨルクが女装して行けばいいじゃない。きっと似合うわ」
「ミレディア~~」
憤慨して兄に当たるけれど、本当はわかっていた。地味な装いをしていたのに楽しく踊ってしまったせいで、却って興味を引いたのだと。アウロス王子を振り切って逃げたことも、良くなかったようだ。美貌の王子達は、今まで女性に素っ気なくされたり袖にされたりしたことがないのでは? だから余計に気になって、どんな人物か見てやろうと思ったのだろう。
「地味にし過ぎて失敗するなんて。悪女の方が良かったかしら? でも、それだとうちの評判が……」
完全に手詰まりだ。
やっぱりあの時、ダンスに応じなければ良かったわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます