地味な私を放っといて 9
「じゃあ、ハンナ。貴方は香水を入れる瓶の方をお願い。母は赤が好きだから、赤い色で」
「わかりました! それならお任せください」
私は店主の勧めた香りをかぐため、リゼルを引っ張りカウンターの方に移動した。彼はかなり嫌がり抵抗している。男の子だから、恥ずかしいのかしら?
「げえー、くっせえ。何なんだ、このわざとらしい臭いは」
「香水なんてこんなものよ?」
たぶん、だけど。
王女だった頃は既に用意されていたから、よくわからない。今は全く付けないし。でも、どれか一つは選ばないといけないから、我慢してもらいたい。
「こちらなどいかがでしょうか? 男性にも女性にも人気の品です」
「そうね、いいかも」
ムスク系の香りを勧められた。あまり好きではないけど仕方がない。
適当に選ぼうとしていたら、なんとリゼルが声を出す。
「そっちはダメだ。嘘くさい。一番右だ、右!」
「ほう?」
店主がおや? という顔をする。
聞いてみたところ、右の方が混ざり物が少ない植物系で、自然の香りなんだとか。その分当然値段が張る。これは……薔薇の香りね?
「あんたにはそれだろ」
「いえ、私ではなくて……」
言いかけて考える。信頼関係を築くには、頭ごなしに否定をしてはダメだ。私は泣く泣く購入を決めた。店主はもちろん大喜び。あの小さな香水一瓶で、新しい本がいったい何冊買えたのだろう? ということは、なるべく考えないようにしておく。
店を出た私とハンナは、リゼルを連れて警備兵の詰め所へ。頭を下げさせ、盗った物を机に置く。既に届けが出ていたらしく、全て持ち主に返されることになった。
「他人の物を盗むのは良くないことだけど、そうしなければならない事情もあるわ。この国の法が、全てをカバーできているわけではないと思うの」
詰め所では、リゼルよりもそう力説した私の方が怪しまれて、素性を詳しく聞かれてしまう。仕方なく身分を明かし、葡萄に白鳥という我が家の紋章入りの短剣を見せた。すると、兵の一人が隣の兵を
結局、保釈金の代わりに兵の宿舎にワインを一
リゼルを王都の屋敷に連れ帰った私は、彼の汚れた身体を侍女に洗わせようとした。激しく抵抗するから、てっきりお風呂嫌いなのかと思ったら……違ったみたい。
――少年は少女で、リーゼという名だった。
「リゼルと言うのは嘘?」
「女の名前だと、危ないだろ」
「それもそうね」
女同士なら遠慮は要らない。
ハンナと一緒になって、頭の天辺からつま先まで磨き上げる。リーゼは十二歳の女の子。泡の下から金色の髪と実は白かった肌が
男の子でなくてホッとした。女の子だと身近に置いても危険はないから。もしも彼女が男の子で、恩義を感じて「好きだ」などと真剣に告白されたら、私はその日に消えてしまう。年下だって油断してはいけないのだ。現に前回……まあ、私のことはこの際置いといて。今は彼女に気を配ろう。
「何でオレがこんなこと」
「オレじゃなくて、わ・た・し」
「生きるためには、オレって言ってた方が安全なんだよ」
「今まではそうかもね。でも、うちに危険はないわ。だからすぐに直してちょうだい」
「いつ放り出されるかわからねーから、このままでもいいだろ」
「放り出す? まさか。こうなったら老後も一緒よ」
「老後って、まだまだ先じゃねーか」
残念ながらもうすぐよ。正しくは、老後ではなく隠居生活。二十一歳になったら、私は領地の片隅でひっそり暮らすつもり。
もちろんリーゼが望むなら、解放してあげよう。だけど私は、妹ができたようで嬉しかった。もしくは、決して持つことが叶わない我が子だろうか? 何だか生きがいを見つけてしまったような予感がする。
縁側用の買い物はできなかったけれど、その日の私は幸せな気持ちで床に就いた。
翌日、朝食の席でリーゼを兄のヨルクに紹介する。ヨルクは彼女と私を交互に見やると、目を丸くした。
「ええっと、ミレディア。この子はどこの子かな?」
「街でスカウトしてきたの。うちで引き取ろうと思って」
「は? 私が家を空けていた間にいったい何が……。ミレディア、人間は犬や猫とは違うんだぞ」
「当たり前だわ。一緒にしないで!」
兄の言葉に怒るかと思ったリーゼは、私達のやり取りを無言でじっと眺めるだけ。彼女が
「いや、だから。勝手に連れて来てはダメだろう?」
「父親はいない。母親は不明。それでも?」
「だけど、子供を引き取るって……。その責任は誰が負う?」
「責任なら、大人になるまでは私が。成人した後は本人に。うちになら働き口もあるはずよね」
「だからって、こんなに小さい子を」
「小さいって言っても十二歳だし、もうすぐ十三歳よ? 奉公にだって上がれる年齢だわ」
「そんなになるのか? もっと幼く見えたが」
ヨルクったら、さっきから失礼よ。
貧しい生活をしていたから、リーゼが痩せているのは仕方がないと思う。少年だと思っていたのが少女で力も弱かったから、昨日は私でも取り押さえることができたのだ。
「ええっと、リーゼと言ったっけ。君の得意なことは何? どんな仕事がしてみたい?」
「お兄様!」
席を立ったヨルクが、リーゼの正面に回り話しかけてきた。
私はリーゼの背後から、励ますよう彼女の両肩に軽く手を添えた。大丈夫よ、何かあったら私が兄をぶっ飛ばすから。
「オレに何ができるかわからない。でも、食い物と温かい寝床は欲しい」
リーゼが小さく呟いた。その声を聞き、兄が戸惑うように顔を上げる。問いかけるような目を向けたから、私は兄の顔を見てしっかり頷いた。ヨルクには、後から詳しく説明しよう。
「……そうか。リーゼ、それなら契約成立だ。うちの食事はまあまあで、寝床はきっと温かい」
そう言って手を差し出した兄を、私は誇らしく感じた。リーゼの小さな手がヨルクの大きな手に重なった瞬間、感動のあまり私が少しだけ泣きそうになったことは、二人には秘密だ。
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