石橋、あした自害するってよ


「へえ、本当」


 宮崎の言葉に、俺は横を向いたままそう答えた。自害するにもいろいろなやり方がある。首吊り、飛び降り、ハラキリ。ハラキリ? 俺は石橋瑠衣が制服姿で畳の上に正座し、制服のブラウスをスカートから出してお腹を見せている場面を想像してみた。ハラキリするJK、やべぇエロい。しかしだ。そもそもハラキリは男の作法。武家の女は確か喉を短刀で突くんじゃなかったっけ?


 俺はそのへんの疑問を宮崎にぶつけた。


「どうやって自害すんの」

「分かんね。飛び降りでもすんじゃねえの?」

「そこ大事だろ」

「大事かな」


 教室にはまだ何人かの生徒が残っていたが、俺と宮崎の会話を気にしている奴はいない。


「大事に決まってんじゃん。人間が自分で自分の命を終わらせるやり方なんだから、ちゃちゃっと考えて片付けるもんと違うだろ」

「そうだよな」


 宮崎は頭が悪い。俺もたいして良くないが、俺よりも大分悪い。これは間違いない。


「お前、石橋にどうやって自害するか聞いてみ」

「俺が?」

「だってお前が話振ってきたんだから、俺が満足するようにフォローするの当然じゃね?」

「分かったよ」


 なんで宮崎がフォローするのが当然なのか、俺にもよく分からなかったが、頭の悪い宮崎はこの程度で丸め込まれてしまう。将来きっと苦労するぜ、と俺は陰でほくそ笑んだ。

 しかし、教室にはもう石橋はいない。


「明日朝一番で石橋に聞けよ。『お前どうやって自害すんの』って」

「学校来るんかよあいつ」

「何だかんだ言って来るだろ。明日のうちに自害すればいいんだからよ」


 石橋が自害することになった理由は、当然いじめだ。


 女だけじゃなく男も一緒になっていじめている。俺もその輪に加わっている。教師は当然見て見ぬふりをしている。


 昨日、L○NEでは石橋一人をハブって「しーね」「しーね」と連呼されていたので、俺も慌ててそれに加わった。もし加わらなかったら石橋に同情的と見られ、俺に矛先が向いてきかねない。そうなったら最後だから、「うんこおんなしーね」と盛ってやった。盛り過ぎかと思ったが後の祭りだった。

 

 途端に、反応が飛び交ってしまった。


「うんこおんなだってよ」

「さすがにひどくね?」

「人間としてどうなんだ」

「こりゃさすがに引くわ」


 俺は火消しに躍起になった……というより、下火になるのをひたすら待った。俺の判断は正しく、石橋いじめは平常モードに移行したようだ。俺は自分の軽率さを反省して静観していたのだが、今日になって石橋が急に「自害する」と宣言したのだ。


 やべぇ。俺のせいじゃないだろうか。


「考えすぎだバカ」

「そうっすかね」

「決まってんだろ」


 ウンコ座りの竹内センパイは煙草をふかしながら断言した。

 コンビニ前でウンコ座りしながらダベる俺とセンパイの周りは夜の闇が深い。


「お前がそう信じ込んでんならそうなんだろ。お前一生後悔しながら生きろよ」

「嫌なこと言わんでくださいよ」

「仕方ねえだろ、身から出たサビだよ。それよりその石橋って女、イケてんのか」

「イケてるわけないじゃないっすか。いじめの的になってるような女ですよ」


 横を向いて何か考えてるセンパイ。やべっ、無理な話を押しつけてくるオーラ全開だぜ。


「お前よ、その女ここに連れてこいよ」

「え……」

「死ぬ前に俺が女の喜びってやつを教えちゃってやろうじゃねーか。それが人情ってもんだろ」

「かなり無理筋っぽいすね、俺の立場からして」

「うっせ立場とかコイてんじゃねーよ。今から1時間以内。もしできなかったらてめえに根性つけたろうぜ」

「わわわ分かりましたよ、しっしかし、いくらなんでも1時間無理っぽいすから1時間15分じゃどうすか?」

「何が15分だよ。さっさと行けバカ」


 俺はこうして、石橋を1時間15分以内に竹内センパイの待つコンビニ前に連れて来なければならなくなった。きっと石橋は今ごろ、自害の準備に余念がないのではないか。どんな甘い言葉をかけたところで「うんこおんなしーね」と言った俺の誘いに乗るだろうか。

 だが、やらなくてはならない。竹内センパイの命令は絶対だ。手ぶらで帰ったらセンパイのチーム総出で俺はシメられるだろう。何とかしないといけないのだ。


 石橋の家の前まで来た。腕時計を見ると、残り時間59分。


「こんばんはー、ヤマナカっていいますけど、瑠衣さんいますか」


 インターフォンから「あの、どちらの」と母親らしい女の声が返ってきた。


「あ、すいません高校の同じクラスのヤマナカです」


 そのまま返事はなかった。待っているうちに玄関のドアが開いて、隙間から石橋が顔を出した。


「何」

「あ、わりい。あのさ、ちょっとお願いがあるんだけどさ」

「だから何」

「この先のコンビニまで一緒に来てくんない? ぜってー逆らえないセンパイの命令でさ」


 それから、精いっぱいのドスを効かせてこう言った。


「お前もよ、言うことは聞いといた方がいい人だぜ? 悪いことは言わねえよ」


 明日自害するって人間に向かって「言うこと聞いといた方がいい人」って何なん? そんなこまけーことは俺は考えなかった。こういうことは気合いがものを言うんだって、竹内センパイはよく言ってる。


 石橋はいつもの暗い顔で「分かったよ。ちょっと待ってて」と言って玄関の奥に引き返した。気合いの勝利。案外チョロかったなと思いながら待っていると、外出の支度をした石橋が出てきた。


「で、そのコンビニに行けばいいんだね?」

「そ。でよ、センパイが話聞いてくれるから」

「別に話すことなんかないけど」

「そう言うなって。案外いい人なんだよ」


 俺と石橋は竹内センパイの待つコンビニに向かった。俺が先頭に立ち後ろに石橋がいる。コンビニまで歩く間、俺たちはほとんど話をしなかった。


 コンビニに着くと、まったく同じ位置にまったく同じ格好でセンパイがウンコ座りしていた。すげえ。さすがは竹内センパイだぜ。


「おう。意外と早かったな。で何、君が石橋?」


 センパイが「君」なんて言うの俺は初めて聞いた。


「石橋瑠衣といいます」

「それでさ、君、明日自害するんだって?」

「はい」

「このヤマナカがよ、君のこと『イケてるわけない』とか抜かしやがったからどんな子かと思ってたけど、なんだ君、イケてんじゃん」

「ありがとうございます」

「こいつ袋叩きにしてやっていいか?」


 ちょちょちょっと待ってくれよ何それ、むちゃくちゃもいいところじゃねえか!


「袋叩き? それは、ちょっとかわいそうだと」

「そう? でも君、明日自害するんだよな」

「はい」

「自害する前に、俺っちと楽しまない?」

「いいえ。何をしても、もう私に楽しめることなんて。できるのは、あなたを楽しませてあげるくらいしか」


 ものすげー勢いで竹内センパイが鼻の下を伸ばした。どうやら袋叩きは免れそうだ! しかしセンパイを楽しませる?


「……おい本当かよ。そんじゃ楽しもうじゃねーか!」


 センパイと石橋はホテルに入った。俺はホテルの前にウンコ座りで待ってるよう命令された。石橋を「うんこおんな」と呼んだ報いだそうだ。

 ウンコ座りってのも長く続けるのは楽じゃない。足がしびれてくる。


 あー畜生、俺ってつくづくバカだよな。軽率にいじめを盛っちまうし、センパイの前で「イケてるわけねー」とか余計なこと言っちまうし、全部わが身に降りかかってきてんじゃねーかよ。これに懲りて今後は真っ当な生き方を心がけようぜ。


 センパイと石橋がホテルから出てきた。石橋、センパイの胸にデレーともたれ掛かってる。お前、本当に明日自害するんだろうな。


 俺の顔を見てセンパイが言った。


「おいヤマナカ。自害の方法が分かったぜ」

「へ?」

「心中。この女よ、お前と心中したいって」

「何すかそれ!」


 センパイが腕時計を覗き込みながら言った。


「もうじき午前零時じゃん。俺、今からチーム集めてくっからよ、俺たち全員の前でお前ら心中しろ。逃げんなよ。逃げたらぶっ殺すからな」


 センパイはバイクに跨ってすっ飛んでいった。石橋が俺の横に立った。


「覚悟しな。お前も死ぬんだよ。このうんこ野郎」



 おわり

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