八甲田山の逆襲


 あれから1年経った。


 俺はあの日、映画「八甲田山」のDVDをレンタルするという任務に失敗したのだ。3軒目のTSUTAYAを探し求めて熱帯夜の市街地を彷徨するうち熱中症に冒され、病院のベッドで血の涙を流しつつ1902年の兵隊さんに詫びた。


 そして再び夏がやってきたのだ。


 二度と失敗は許されぬ。今度こそは完璧な作戦を立てて臨まなければならない。


 まず、直近の店に電話を入れてレンタル可能か確認する。

 昨年は状況を確認もせず店に突撃し一敗地に塗れるという、愚策の極みを犯した。もはや同じ過ちは繰り返してはならない。


「『八甲田山』ですね……。ございますよ」

「分かりました、ありがとうございます」


 俺は店に向かった。


 その日も昨年同様、暑かった。日が沈んでからも暑気は一向に衰えない。俺は15分歩いて、目指すTSUTAYAにたどり着いた。冷房の効いた店内に入り、ようやく人心地ついた気がする。何はともあれ、任務を達成せねば。俺は寄り道をすることなく日本映画コーナーに向かった。カーテンで仕切られた「あのエリア」などには見向きもしなかった。


 しかし! 


 ケースの中に「八甲田山」は無い!


 なぜだ? 確かに店員は「ございますよ」と言ったではないか? 俺が電話したのはこの店で間違いなかったはずだ! とにかく俺は、確認のためカウンターに向かう。何といっても1年越しの作戦の成否がかかっているのだ、事は周到に運ばなければ!


「さっき『八甲田山』のストックを確認した者なのですが……」


 店員は実に申し訳なさそうな顔をして、事情を説明した。


「さっきお電話に対応させていただいた者です。ちょうど10分前にレンタルされたお客様がいらっしゃいまして……」


 俺は作戦ミスを悟った。あらかじめ予約し取り置きをしてもらうべきだったのだ!


 そう。俺はいつもこうだった。詰めが甘いのだ。だからこの日に至るまで多くの負けを重ねてきた。


 だが、これ以上の失敗は許されぬ。


「分かりました。ではこの近くのTSUTAYAさんで、置いてある店はありますか?」

「はい、少々お待ちください」


 店員は商品検索をしてくれた。ここから3キロ離れた、TSUTAYA△△店にあるという。


 そう。昨年俺が行軍中道に迷い、遂に到達叶わず熱中症に倒れた因縁の店だ。△△店こそは、まさに暑気の中にそびえる八甲田山のごとく、厳然と俺の到達を拒んでいる魔の山ならぬ魔の店のごとく思われた。


 果たして行くべきか。いや、行かなくてどうする。昨年のリベンジを、今年こそ果たさなくてはならない!

 俺は決意を固めた。


「では、今から1時間以内に取りに行きますので取り置きしてもらってください」


 店員は笑顔で、「承知しました」と答えた。こうして賽は投げられた。


 外は蒸し暑かった。不快指数も相当高めのようだったが、今年こそは任務を達成しなければならぬ。△△店への踏破を何としてもやり遂げるのだ。


 目標、TSUTAYA△△店! しゅっぱぁーつ!


 軍歌雪の進軍、はじめぇーっ!



 雪の進軍 氷を踏んで


 何処が河やら 道さえ知れず


 馬は斃れる 捨ててもおけず


 ここは何処ぞ 皆敵の国



 昨年のような不覚を取らぬよう、この日までに店までの道順は完璧に覚えてきた。昨年の俺とは違うのだ! しかも万一の用意に、スマホの地図アプリで目的地まで確認しながら行軍する態勢も整えてある。準備は万全だと、俺は思っていた。


 しかし……やはり俺は「八甲田山」を舐めていたのだろうか。


 店まで半分ほどの行程を踏破したと思った頃、突如として夜空に雷鳴が轟いた。空気がひんやりし始め、やがて大粒の雨が降ってきた。


 雨はまさに車軸を流す勢いとなり、傘の用意が無かった俺はそこで足止めを食ってしまった。なんということだ。これでは△△店には行けないではないか。

 しかし肝心の品は店に取り置きをしてしまった。これをどうすればよいのか。


 泣き言を言うでない、往くのだ。吹雪を押して前進を続けた往年の兵隊さんを思え。彼らに申し訳が無いと思わないのか。


 しゅっぱぁーつ!


 俺は、全身から水を滴らせる真夏の妖怪となって△△店に到達した。俺は勇躍してカウンターに向かう。俺の風体にドン引きする客の視線が痛いが、任務達成を前にそんなことを言ってはおれぬ。


「『八甲田山』ですね……? 少々お待ちください」


 俺の錯覚なのだろうか? みるみるうちに店員の顔が申し訳なさそうに変わっていく。


「お客様申し訳ございません、3日前までは在庫があったのですが、ほんの行き違いで処分してしまいまして」

「なぜ? 取り置きしてもらったはずでは?」

「きっとデータが古かったんですね、その古いデータで店の者が対応してしまったのだと思います、大変失礼いたしました。で、いかがでしょう、それ以外の商品を2点無料でサービスさせていただきますが」

「いいよもう……」


 八甲田山。それは真夏の酷熱に人を惑わせ、厳冬の吹雪に道を失わせる魔の山である。



 おわり


(「小説家になろう」で2017年7月26日公開)

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