桶狭間


 俺は今川義元の家来になって桶狭間にいた。


 もう雨が降り始めていた。


 そんなことより、なぜ俺は、今川義元の旗本の一人としてここにいる?


 じきに織田勢の突撃が始まるんだろう……と思っていたら、少し離れたところでときの声が上がった。

 だめだこりゃ。詰んだわ。


 2017年の日本にいた俺がどうして桶狭間の、それもよりによって今川勢の一人として転生してんの! 異世界転生の約束事無視すんじゃねーよ!


 ご丁寧に俺、鎧兜着けて馬に乗ってる。周りには、同じような格好した騎馬武者がずらりと総大将の義元さんを取り囲んでて、俺は侍としてそこそこの身分かもしれんけど、なおさら「すんません俺、関係者じゃないんで」っつって逃げられる状況じゃねえよな、これ。逃げたりしたら「武士の風上にも置けない卑怯者」って味方に斬られるんだろうな。討ち死にフラグ確定だよな。


 今川義元さんは俺の近くで顔面蒼白になって、「床几しょうぎ」ってのか、あの小さいアウトドア用の椅子に座ってる。


 どうしよう。この人もうじき首を取られるのは決まりなんだよな。今さら「あんた首取られますよ」なんて教えてやっても意味ねえし。じゃあ、俺がここで転生ヒーローとして歴史塗り変える大活躍していい状況なのかこれ? 織田信長は奇襲に失敗し返り討ちに遭いました、義元さんが天下取りましたってエンディングにしたら非難轟々じゃね? 「つまんねー」って叩かれまくりだろうな。


 そんなことより俺、そもそも転生ヒーローとして活躍できる能力持ってんのかよ。


 試しに俺は、右手に持ってる槍を呂布にでもなったノリで華麗に振り回そうとしてみた。大活躍フラグ立ってんなら俺は一騎当千の剛の者ってことになるわけだが、どうなんだ。


 げっ。めっちゃ重いじゃんこれ。ありゃっ!?


 最悪。槍を落としちまった。どこが一騎当千だよ。それもよりによって、義元さんの足元に。義元さん怖い顔をして俺をにらんでる。


「何を気をはやらせておるのじゃ佐助」

「はっ、不調法をいたし申した」


 怒られちまった。しかも俺の名は「佐助」ってのか。だっせー。俺Tueeeeeee発動不可能のモブ確定かよ。話違うだろ! 何のための転生だよ! 


 ……とか何とか言ってるうちに、味方の陣は次々に突破されて、織田勢が正面まで迫ってきてる。立派な兜を被った騎馬武者が来て号令をかけた。


「槍衾を」


 俺たちは馬に乗った義元さんを囲んで、槍を前に倒して織田勢を待ち受けた。逃げられる雰囲気じゃねえし、逃げたら逃げたでバッドエンド確定なんだろ? どう転んでも落ち武者になって首斬られる展開見え見えだよな。


 しゃあねぇ、歴史塗り変えたろうじゃねえか。


 よく考えりゃ、21世紀の記憶を持ったまま桶狭間の合戦に現れたって騎馬武者ってだけで十分チートだし、死ぬわけねえよな? どっちにしろ生き延びて俺Tueeeeeeeルート確定なんだろ? いったろうぜ!


 なんて決意を固めた瞬間、織田勢が突っ込んできた。


 だが、俺は何の特殊能力もない、騎馬武者のモブだった。もう無我夢中で槍を振り回し、目の前に来る奴をぶっ叩き、馬で駆け回るだけ。体のあっちこっちに浅手を負って馬から転落した後も、槍だけは手放さず応戦していたんだが、ついに味方は総崩れになった。


 俺は5、6人程度に減った味方と一緒に義元さんを守って逃げた。後ろから織田勢が追ってくる。もう俺は兜を失くし、鎧の背中に矢が2、3本突き立ってるっていう、絵に描いたようなざんばら髪の落ち武者になっていた。


 俺は、自分がガチでモブだったのを悟った。きっと、俺Tueeeeeee状態で無双してる奴が織田勢の中にいて、俺はその引き立て役だったんだろう。どうしよう。義元さん見捨てて逃げるか。大将と一緒に行動してたら俺も討ち死にしなきゃなんねえし。でもここまで来たら気が引ける。


 落ち武者の俺が生き延びられるパターンって言ったら、気を失って倒れている俺を村の娘が見つけて、その娘と懇ろになって幸せに暮らすっていう、いわゆる「ひまわりルート」ぐらいしか思い浮かばない。


 しかしあれは、女を誑かすことにかけては世界に冠たるイタリア男だからこそできた芸当だ。イタリア兵の落ち武者ってのはそっち方面最強なんであって、俺にそんなスキルはない。おまけに、俺はそもそも真正の落ち武者なのか。局地戦の桶狭間で義元さんが死んでも、駿府には後継者の氏真君がいて、蹴鞠にうつつを抜かしながらあと10年近く頑張るらしい。「落ち武者の王者」とも言える「平家の落人」ならいざ知らず、殿様放り出して逃げてきた野郎がそんな情けに値するか? 農民の竹槍にかかって惨めに死ぬフラグ確定だろ。


 そんなことをああでもないこうでもないと思案している俺の横で、義元さんが膝を折ってへたり込んでしまった。


「無念じゃが、もはやこれまで。この場にて討ち死にいたさん」


 義元さんに肩を貸してた奴が「お腹を召されませ。恐れながら手前が介錯を」とか言ってる。俺は黙ってた。


「いいや。織田の奴輩やつばらに我が最後の奮戦を見せてくれよう」


 やっぱそうすんの。そんで桑原なんたらとか毛利なんたらとかが来るんだよね。それで首を取られるんだ。俺はお供仕らなきゃいけないのか。

 納得がいかない。せめて俺Tueeeeeeeしてる奴の、顔を拝まないうちは、死んでも死にきれない。俺は狂った。


「かくなる上は是非もなし。この宗方佐助、不肖なれど御屋形様のお先払い仕る」


 そう。これぞThe モブの魂の叫び。そうやって俺は織田勢の中に飛び込んだ。滅茶苦茶に叫んで刀を振り回して、体中に槍を突き刺された。すげー痛かった。そんで倒れたら短刀を首に当てられて、




 俺は桶狭間に出没する怨霊になった。


 今も、俺Tueeeeeeeしてた奴を探している。



 おわり


(「小説家になろう」で2017年1月21日公開)

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