パーリーピーポー


「『パーリーピーポー』をここに連れてきてください。1時間以内に」


 面接担当者は笑顔でそう言った。俗に、というか、全身が脱力感に襲われるほど手垢のついた表現をあえて許してもらえるならば、


 目が点(・_・)


 になった僕は、「どのようなパーリーピーポーを」などという愚問を面接担当者に投げることなく、「はい」と模範的な回答をして退室した。そして面接担当者に見せた(・_・)は、多分申し分のない(・_・)であっただろうと自分を慰めた。


 誤解してはいけない。「自分を慰めた」からといって、僕は面接会場横の廊下でやにわにパンツを下ろしたりはしなかった。今はそれどころではないのだ。


 1時間以内に「パーリーピーポー」を連れてこなければならないのだから。


 エレベーターの中で僕は考えた。平日の真昼間にパーリ―に興じているようなピーポーを1時間以内に探し出すという難儀もさることながら、仮にそういう輩がいたとしても、彼らは彼らなりにパーリーに忙しいだろう。そこを曲げて、土下座してでも面接会場に来てもらわなくてはならないとは、なんという無茶振りか。


 それに、首尾よく面接会場に連れてこれたとしても、そんな彼らを「パーリーピーポー」と呼べるだろうか。パーリーに興じていてこそのパーリーピーポーではないのか。就活生たちの緊迫感に満ちた面接会場は、パーリー会場の対極に位置する空間と言ってよい。ならばいっそのこと、面接会場でレッツパーリーしてもらうか。果たしてそんな奇手が通じる会社なのかどうか。


 会社に入ればそこはきっと「無茶振り」などという言葉自体が存在しない世界なのだ。「無茶」は実現させるもの。それができぬ者は半人前と蔑まれるのだろう。


 煩悶しつつ外に出て、改めてそのビルを見上げる。そしてふと思いつく。


 「パーリーピーポー」を連れてこいと言ったあの面接担当者は、貴重な人生の1時間を僕から奪う当然の権利があると疑いもしていないようだ。そして僕が典型的な「パーリーピーポー」と解釈した人の形をした何かを、絶対に逃げられぬよう拘束し、拉致してくることを期待しているらしい。



 そういう世界って何なんだろう。



 そうだ。僕に従う義務はない。はっきり言ってこの会社は駄目だ。「パーリーピーポー」を連れてくることに何の意味があるのだ? それがこの会社の利益に合致していたとして、そんな会社でやっていけるのか?


 ……などということを考えていた矢先、鞄の中の携帯が鳴った。


「……などということを考えていましたね?」


 面接担当者の声だった。


「いえ。『……などということ』を考えてはおりません」

「嘘をついてはいけません。あなたは嘘をつきました。よって、あなたのこれからの御活躍を」


 最後まで言わせずに僕は電話を切った。


 世の中には、届く必要のない祈り、いや、届いてはならない祈りというものが存在する。



 外はいい天気だった。



 おわり


(「小説家になろう」で2017年1月12日公開)

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