年の瀬
「今年も暮れるな」
通りを眺める俺の口から、ふとそんな言葉が漏れて出た。
俺と松坂はス○ーバックスの野外席で向かい合っていた。松坂の前に置かれたマグカップのカフェオレから、濃い湯気が立ち昇っている。何を好きこのんで、俺たちはこの寒空の下で野外席に座っているのだろう。屋内の席は十分な空きがあるのに。多分それは俺たちが体育会系のイケイケ営業マンで、やせ我慢が大好きだからだ。
目の先には、闇に沈むビル街。襟巻をして背中を丸めた勤め人やOLが、舞台照明のように街灯の照らす下を行き交っている。いずれもっと寒くなり、道行く人の背中はもっと丸くなるだろう。
しかし今はあまり呑気に感傷に浸ってもいられない。俺と松坂はいずれ職場に戻って、今夜は多分終電間際まで業務報告書作りに取り組まなくてはならない。それも終電までに出来上がればいい方で、下手をすれば徹夜になる。正直、うんざりだった。
「あの○○ニンだけどさ」
松坂が口にしたのは同業他社の薬剤だ。ドラッグストアへの売り込み攻勢がすさまじく、俺たちの社の製品はこいつに押されて市場から駆逐されかかっていた。
「どうして効きもしないのに、どの店も置きたがるんだろうな? 俺の親戚も使ってみたけどサッパリ効かないって言ってたぜ」
「そういう問題じゃないんだろ」
文句を言っても仕方ないのだ。効こうが効くまいが、世界第一位の多国籍企業の名前は小売店には絶対なのだ。実際、俺たちも今日大変な思いをして、何とか大手チェーン店での納品継続を取り決めてきたばかりだった。
「正直、来年いっぱいは持たないだろうよ」
松坂はそう言って冷めかかったカフェオレを口に運ぶ。俺も同感だった。何事も時世、そして悪貨は良貨を駆逐してナンボなのだ。
まぁ、俺たちが自社製品を
横の通りを、小学生らしい男女半々くらいの子供たちが走り抜けていく。それを眺めて俺が「今年もいろんなものが流行ったが、忘れられるのも早かったな」と言うと、松坂は「そう言えばあった」と応じた。
「○○モン○○、あれどうなった。まだやってる奴いるのか」
「さあ……このごろはとんと見かけないな」
「一時期はすごい騒ぎだったな」
「ああ」
○○モン○○。発売当初は夏休みに入ったばかりだったせいか、スマホを持った小学生や中学生の一団が時と場所を選ばず徘徊していた。大体は3人から4人程度で、住宅街や公園、雑木林といった場所をスマホを覗き込みながらうろつき回っているのは、俺の目にも何やら楽しげに見えたものだ。もちろん俺はまったく興味がなかったし、そんな暇もなかった。
ただ、何かに夢中になれるというのは子供の特権なのか、などと妙な感傷を呼び起こされたのは間違いない。
「もう関心は他のことに移ってるんじゃないか。俺は知らんけど」
そう言って俺は店の時計を見る。あと10分ほどで帰社しないといけない。しかし松坂は席を立つ気配がなかった。
「子供ってのは移り気だし、今さらやってたらバカにされるだろう」
「いや、案外最近は大人がやってたりする。ああいうブームってのは子供から大人に感染していくらしいから」
「そんな暇な大人がいるのか?」
松坂はそう言って、心底意外そうな顔を俺に向けた。
「いるんだよ」
「うらやましい限りだな」
俺は思った。やっている子供がゼロになったわけではあるまい。そんな子は一人で、スマホを見ながら画面に現れる○○モンを追い回しているのだろうか。
あるいは今年の夏、集団で○○モン○○に興じていた子供たちの残影みたいなものが、公園や雑木林の周辺に残っているのかもしれない。そして今も、容易に消えない薄い影のようになって、○○モンを追い駆け回しているのだとしたら。
いつまでもいつまでも続く、今年の夏の名残。あの場所この場所で、スマホの画面を食い入るように見ている3人なり4人なりの子供たちの影が、年の瀬の今も走り回っている。何だか怪談みたいだ。でも確かに、彼たち彼女たちはあの場所にいた。
「来年はいい年になるといいな」
「いい年に」。松坂はどうでもいいような口ぶりだった。正直、俺もどうでもいい。世の中がいい方向に進まないにしても、できれば健康で、禍いはできるだけ御免
「ああ。いい年に。できればそう願いたいな」
おわり
(「小説家になろう」で2016年12月19日に公開)
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