タンドリーチキンはジョナサンに行かないと食えないよ
なんだこれ。
目が覚めるなり、俺の耳の奥にその声は響いてきた。
タンドリーチキンがいかなるものか、もちろん俺は知っている。食ったこともある。だが、ジョナサンで食ったことはない。なのになぜ、「タンドリーチキンはジョナサンに行かないと食えないよ」などと、押しつけがましい幻聴が俺には聞こえてくるのだろう。
外食産業による新手の販売戦略が、俺にターゲットを定めたということだろうか。
俺は出勤先の同僚に、その日朝から悩まされている事態を打ち明けた。昼飯に付き合ってくれたのは俺と同期入社の男と女。ここでは「同僚男」と「同僚女」としておく。
俺「何だと思う」
同僚男「わっからねーなあ」
同僚女「お前はそもそも何を、理解してもらおうと思ってるんだ」
俺「まさにその『そもそも何』を知りたいんですが」
同僚女「話になんね」
同僚男「右に同じ」
俺「俺を見捨てるのかお前ら」
同僚女「我々の手に負えない」
同僚男「だな」
俺は思った。つまり俺は、15分おきに頭の中にに聞こえてくるこの声と、一人で向き合わないといけないのか。
「タンドリーチキンはジョナサンに行かないと食えないよ」
終業後。
俺は問題解決のため、近場のジョナサンにやってきた。
タンドリーチキンを食えば、俺を呪縛するこの声から解放されるに違いない。結局俺はそう判断した。社内では俺と同じ程度に見下されている同僚男も、上司の覚えめでたく出世頭と目されている同僚女も、何のアドバイスもしてくれなかった。仕方がない、彼らに打ち明けたのは所詮俺の自己満足でしかない。
俺が社内で多少なりとも将来性のある男だったら、彼らも親身に相談に乗ってくれたかもしれない。だが、俺にそんな伸びしろはない。まだ入社2年目だから気楽にしていられるが、おいおいリストラ候補に名前が上がるのは必至。そんな奴に親身になってやったところで、自分の損にしかならないと彼らも分かっているのだ。
だから決心した。タンドリーチキンと俺は一対一で向き合わねばならない、と。
さてメニューを見ると…… ? これがタンドリーチキン?
そこには確かに、タンドリーチキンはあった。だが、メニューの名前はこうなっていた。
タンドリーチキン&メキシカンピラフ
話が違うじゃないか!
厳密に言えばメキシカンピラフ付きだろ! これを『タンドリーチキン』と解釈していいのか? これを食うことによって、俺は得体の知れぬ幻聴から解放されるのか?
しかしだ……今の俺は猛烈にこの、メキシカンピラフが食いたいぞ! 正直なところチキンはどうでもいいが、俺はこっちが食いたいんだ!
俺はベルを鳴らして店員を呼び、タンドリーチキン&メキシカンピラフを注文した。ついでにビールも頼んだ。
10分ほどでタンドリーチキン&メキシカンピラフはやってきた! 俺はカレー味のメキシカンピラフを食った! うまかった!
俺は泣いた。泣きながら、このクソ脂っこい炒めたメシを頬張った。
その脂っこさが…… それが実に良いのだ。
このピラフのどこがどうメキシカンなのか。などという、野暮な詮索はやめるがいい。
ああ……。生きててよかった。ありふれたファミレスのありふれた料理が、こんなにも俺の、心と体に喜びを与えてくれる……。
当面の問題だったはずのチキンもとりあえず食った。フッ、こんなもんかという程度の味。
偉大なるメキシカンピラフ様の前では、俺を悩ませていた呪いなど塵のように吹き飛ばされて当然だ。
もう何も聞こえてこなかった。メキシカンピラフとともに、俺の問題は解決されたのだ。
意外にも問題を解決したのはタンドリーチキンではなかった! メキシカンピラフだったのだ!
俺は同僚女の携帯に電話した。
同僚女「それがどうした」
俺「うん、心配かけたかなと思って」
同僚女「心配? 私がか」
俺「変な話聞かせちゃったからね」
同僚女「お前そんなことで私の社用携帯に電話してきたのか?」
俺「あ! いや、実はさ、タンドリーチキンに付いてたメキシカンピラフがね、人生変わるくらい、うまくてさ、この感動を誰かと分かち合いたいと」
同僚女「食ったのはお前だろ? 私に分かるわけないじゃないか」
俺「気に障ったら謝るよ、いやぁ、こんなに感動したの久しぶりだったもんで、つい」
同僚女「それは理由にならないだろ。この件はあした部長に報告しておく。業務外で女性社員の社用携帯に電話するのはセクハラだからな」
俺「……」
同僚女の電話は切れた。俺は処分されるだろう。いいんだ。もう、俺を悩ませる呪いの幻聴は聞こえてこないし、メキシカンピラフは人生が変わるくらいにうまかった。
生きていればきっといいことはある。
おわり
(ステマじゃないよ あと、タンドリーチキンはジョナサンに行かなくてもたぶん食えるよ だからおこらないでね)
(「小説家になろう」で2016年9月10日公開)
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