第30話 コハル&サクラ・4
採用通知が来ない。
何でだろう。詳細は正直に書いたはずなのに。アンドメイドの需要ってあまりないのかな。もしかしてわたしが何かダメなのかな。
少しずつ、自信がなくなってきた。もし採用が決まっても、心の声が聞かれてクビになったらどうしよう。その前に家事だって、本当に出来るのかな。
自分でも家事用アンドメイドのホームページを見てみた。
たくさんのアンドメイドが並んでいる。こんなにいるなんて知らなかった。目が回るくらいいろんなアンドメイドがいる。それにみんな美人で仕事もできそう。
この中でわたしを選んでくれる人なんているのかな。
もし選ばれるなら、わたしだからっていう理由で決めて欲しいな。贅沢かな。
誰がわたしと会いたいんだろう。わたしは誰と会えるんだろう。
会いたい人、わたしの会いたい人、また会おうって言ってくれる人がいいな。
わたしは『詳細編集』のページを開いた。
「あなたに会えますように」
この声は誰かに届くのかな。
心の声は聞かれるのに、伝えたい人には伝わらないって、変だな。
そう思ったことも声に出てしまっていることに恥ずかしくなって、さっき登録した音声を消した。
そのまま眠っていたみたい。久しぶりに同じ夢を見ていた。
仲良しの男の子と約束して、また会えるような。
いま何時だろうとジャングルの時計を見たら、変なアラームが鳴った。動物や野鳥が鳴いている。まだ壊れたままのカーテンの向こうからは変な山の鳩も鳴いていた。
「そっか、アンドメイドの画面を見ていて……」
画面には通知のお知らせが来ていて、また頭が真っ白になった。緊張して指が震えて、深呼吸と読経で気持ちを静めてから通知を見てみると『購入されました』と表示されている。
「わたしを注文するって、一体どんな人なの?(あわわ)」
最初の根拠のない自信とは裏腹に、今は気が沈んでいて不安が滝のように襲ってきた。外に出られることと、このままベッドで過ごすことと、どちらがいいか。
恐る恐る詳細を見ていくと、購入者の名前があった。
それは見覚えのある、そして会いたいと願った相手だった。
「……レン君……!」
覚えていてくれたんだ。忘れないでいてくれたんだ。
あんな数の中から私を見つけて、きっとずっと捜していてくれていたんだ。
嬉しすぎて嬉しすぎて、心の声のことも忘れて話し通していた。
「分かった、分かったから、どちらか一つで喋ってくれ」
「どんな家なのかな(どんな家だと思う?)」
「私が知るわけないだろう」
「ご両親にもちゃんと挨拶しなきゃ(ちゃんと出来ると思う?)」
「努力次第だな」
「お仕事もちゃんと出来るかな(出来るかな?)」
落ち着けと、お姉ちゃんは両手でわたしの手を握った。
「注文画面を見る限り、一人暮らしだぞ」
ああ、わたしもお姉ちゃんみたいに冷静になれたらな。
お姉ちゃんはちらっとわたしを見た。あ、聞こえてるんだった。
「それに条件項目が多すぎる。よもや不埒な輩かも知れん」
「ええ、まさか……(レン君はわたしを見つけてくれたの)」
「偶然かも知れん。コハルを覚えているかどうかも分からんだろう」
風が入り込んで、壊れたカーテンがふわりと踊った。
冷静に考えたら、そうかも知れない。
「……でも、やってみたい」
お姉ちゃんはいつもみたいに目を閉じて考えている。すがりつきたくなる引き締まった筋肉は、今年もこんがりと焼けるのかな。ちょっと羨ましい。
「頑張れるか」
「……頑張る」
お姉ちゃんは逞しい腕を伸ばして、長くて細くて優しい指で頭を撫でてくれた。
レン君がこういう、頼りがいのある男子だったらいいな。
レン君がもしも頼りないときは、わたしが頼られるようになりたいな。
お姉ちゃんが帰った後『サクラ』になった。器具は頭から目元まですっぽり覆って、表情をトレースするカメラを見詰めた。
「わたしだって出来る(出来るもん)」
両手の手袋みたいな装置を握りしめて、意識をサクラに集中させた。
耳の前に蝿が飛んでくる音にももう慣れた。
私は、レン君の家で働くまでに少しでも外の世界に慣れておこうと、軽くなった体でこっそり街に出てみた。
気持ちが先走っているのかも知れない。こんなに積極的になれるなんて。
今まで全く出来ることのなかった、夢にまで見た脱走だ。
不気味なくらい静かな病院を、物陰に隠れながら抜け出した。
いくら歩いても疲れない。息も上がらない。空気の良さは感じないはずなのに、目に広がるきらきらした景色が、病室のわたしに匂いを届けてくれる。
髪の毛が頬をくすぐって、いま風が吹いていることを教えてくれる。
どんな人波もにぎやかに聞こえて、わたしもその中に入っているんだとわくわくする。
両手いっぱいに買い物をした女の人がいる。卵パックと菜の花かな、あんなに買ってどうするんだろう。魚屋さんの元気な声が聞こえる。あのお客さんはきっと夕飯の献立を考えているんだろうな。果物屋さんにもお肉屋さんにも色とりどりの商品が並んでいる。買い物って、楽しそうだな。あの揚げたてのコロッケを、いつか本当に食べに来れるのかな。ああ、何だか楽しい。自由に動けることがこんなに幸せなんて。
迷った。
迷ったときは北極星を目印にするんだと、お姉ちゃんが言っていた。でも今はまだ見えない。
茜色に代わっていく空が、心臓に生温い水滴を垂らされたみたいにきつく絞まった。
どうしよう。今朝しようと思ったのに、街の地図をサクラの頭にダウンロードすることを忘れていた。隣の三つ葉市なら住んでいたから少しは覚えている。でもこの四つ葉町は、家のお寺のある周辺しか知らない。それでも車イスを押してお姉ちゃんが連れて行ってくれる程度の範囲だけど。
挙動不審な人がいる。高校生の男子かな。お店の前で、入ろうかどうか迷っているんだ。道を尋ねてみようかな。
「あの、すみません(わ、この体だと緊張する)」
「はい!いえ、妹に買おうと……!」
「はい?」
男子はそのまま走って行ってしまった。そのお店を見るとキラキラしていて、ただただ眩しくて、童話のお姫様の宝石箱が開いたみたいだった。
自動ドアが動いて、脚が進んだ。進もうと考えたわけじゃないけど、この体はわたしの意思で動くから、きっとそうしたかったんだ。綺麗なアクセサリーショップに引き込まれていった。
アンドロイドの店員さんが、探しているアクセサリーを聞いてくる。人間みたいに柔らかい表情で微笑んでいて、手首の三角の関節フレームが見えなければ人間と間違えそうなくらい。あ、わたしもアンドロイドなんだ。
どうしよう、とあたふたしていると店員さん、本当の人間の店員が出てきて、アンドロイドに負けないくらいの笑顔を見せてくれた。話しながら耳元のピアスが揺れていて、すごく綺麗で大人っぽく見えた。さっきの男子は、妹さんに何か買ってあげようとしたのかな。きっとこんな素敵なピアスだったら嬉しいだろうな。
妹さんにプレゼントですか?と、店員さんはにこっと笑った。ああ、しまった。考えたことが声に出ちゃうんだった。
「えっと、妹ではなくて、姉なんです」
とっさに答えたけど、本当にお姉ちゃんにこんなピアスをしてほしいと思った。
お姉ちゃんも大人っぽくてお洒落で、でも変な蛇のブレスレットとかしている。だから気に入ったものをあげたら喜んでくれると思う。
お姉ちゃんの好きそうなデザインを言うと、店員さんはピアスをいくつか選んでくれた。蛇とか蛙とかライオンとかの形だけど、こうやって並んでいると、お姉ちゃんって森林の女戦士とか密林の女王か何かじゃないかと思ったら、店員さんがくすっと笑った。また聞かれてしまった。
どれも綺麗でお姉ちゃんに似合いそうで選べなかった。それに何か、喜んでくれるかと言われたら違う。勝手に病院を出て買ってきたプレゼントで喜んでくれるのかな。お姉ちゃんのためにって思っても、本人が快く受け取ってくれるのかな。
お姉ちゃんがわたしにくれる物は、お姉ちゃんが好きで選んでるものだ。
自分の好きなものは、自分で手に入れろ。
店内を見回してみたら、きらりとした優しいガラスの光が目に留まった。
店員さんに病院までの道を教えてもらって、陽が沈む前に帰ってこれた。
先生からもあの看護師さんからも、お姉ちゃんからも怒られた。やっぱり女戦士なんだと思ったけど、必死になって言葉にして考えるのを堪えた。聞かれてしまわないように、ずっとひたすら般若心経を心の中で唱えていた。
「世の理をひたすらに思うほど反省しているならば良し!」
そう言ってお姉ちゃんは許してくれた。なんだか心が痛むな。
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