第28話 コハル&サクラ・2
さわさわした梢の音に、その人たちの説明は半分以上を聞き流していた。わたしは小川になったんだと考えていた。
アンドロイドなら知っている。病院の受付や運搬でも使われているから。でもアンドメイドっていう言葉は初めて聞いた。家事専門のロボット?らしい。オルタメイドという言葉も出てきたけど、また自分には関係のない話だと思っていた。次の声を聞くまでは。
「つまりコハルは外で暮らせると?」
心の中に一点の光が射した。
わたしの代わりに話しているお姉ちゃんの声が、いつもよりざわついたみたいに聞こえた。光がどんどん強くなっていって、自分でも気づかない涙がこぼれていた。
数日して、病室に持ち込まれた装置はこの部屋よりもずっと無機質な箱みたいで、それにコードや器具が繋がっていた。
「まるで棺桶だな」
わたしが言おうとしたことを先にお姉ちゃんが言ってくれた。
その背丈大の段ボールからは、わたしに似せたというアンドメイドが出てきた。
まるで生きているみたいに柔らかくて、でも眉一つ動かない。
これが、わたしになるのか。
あとはメーカーの人たちの説明に流されるだけだった。身体に装置を付けていくたびに配線がごちゃごちゃしていくけど、心の中では何か絡まった糸が解けていくみたいに感じた。
耳の前に蝿が通り過ぎたような音がした。
目を開けると、ベッドに横になっていたはずの自分が見えた。わたしのベッドで、わたしとお姉ちゃんと両親と、メーカーの人たち。歩けるかなと、窓に目を向けた。
足が軽い。歩こうと考えただけで脚が進む。手を伸ばすとぼんやりと布の感触がして、それを掴むと太陽が見えた。わたしは飛べるんだと興奮してカーテンを思いっきり引いたら、ピンチがぶちぶちと悲鳴を上げてカーテンレールが歪んでしまった。
調節の訓練は必要ですね、とメーカーの人たちが苦笑いをしていた。
「コハル、気分はどうだ?」
「うん、歩ける!(何かふわふわしてるっていうか……)」
あれ?
「ちゃんと物も触れるし(壊しちゃったけど)」
あれれ?
「あとで謝らなきゃ(あの看護師さん怒るだろうなあ)」
何か、声に尾ひれが付いてる。
メーカーの人たちは原因を調べていた。そして、思考も音声に変換されてますね、と呟いた。
「どういうことですか?(この考えも聞こえてるってこと?)」
はい。とメーカーの人たちは頭を掻きむしっていた。
考えたことを周りに聞かれてしまう。そのことが恥ずかしくて頭が真っ白になった。
あ、今何も考えてませんね。とメーカーの人たちが笑ってる。笑いごとじゃないのに。
頭の中のイメージで、その恥ずかしさと、自由に外に出れることを天秤にかけた。
心の声のことを差し引いても、アンドメイドとしてこうやって体を動かすことは楽しい。
それから毎日が希望に溢れていた。あまり細かいことは出来ないし感覚も人間よりも鈍くて、例えばピアノを上手く弾いたりはできないけど、それでも歩ける。外の世界に飛び出せる。アンドメイドはわたしの羽なんだ。
寝たきりを防ぐのと、自己メンテナンスの時間が必要だと教えられてしぶしぶだけど、一日の半分くらいをアンドメイドとして過ごした。
訓練をしていくと段々と力加減に慣れてきた。
わたしはもう何でもできる。もっと何かしたい。今まで寝たきりだった分を取り戻したい。
そしてアンドメイドとして家事の仕事を勧められた。
それは実家でやってもよかったんだけど、知らない人にも会ってみたかった。こんなわたしが誰かの役に立てることを証明したかった。
もうすぐ桜が開花する。まるで今のわたしみたいだ。
わたしはもう一人の自分を『サクラ』と名付けた。
遠隔式人格作成雛型……何とかオルタメイド。しかしそれは企業秘密で、一般の自律式超高度人工知能……何とか。要するに家事用アンドメイドとして、わたしは誰かの家で働く。何だかかっこいい!
でも最初でつまづいた。
自分の、つまりこのアンドメイドの性格を決めないといけない。事故のあと学歴は小学生で止まっているのにこんな履歴書みたいなことが書けるものか。性格、うん、明るい方だとは思います、と。得意な家事、うん、したことない。写経、は家事じゃないか。あ、料理レシピなんかは脳内にダウンロードできるんだっけ。……よし、やる気を見せるために、これから頑張りますと書いておこう。
これで完璧だ。
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