第27話 コハル&サクラ・1
約束したのに。
いつも、また遊ぼうって約束していたのに。それも終わっちゃった。
いい子にしていたらまた会えるってみんなに言われたけど、まだ会えない。
目を覚ましたのかな。もう起きているのか眠っているのか分からない。
今日も時間通りに、変な目覚ましの音が鳴っている。それよりももっと変な鳩の鳴き声で目は覚めていたんだけど。
カーテンで外を遮られた薄暗い部屋に、天井まで届くように溜め息をついた。
「今日は歩けるかな……」
シーツから脚を出して、感覚を確かめる。少し力を入れて動かすと痛い気がする。でもそれが自分の脚なんだと実感もある。裸足のまま床につけるとひんやりして、これ以上進まないように言われているみたい。
「こんなのじゃダメだよね」
体重を足に移すと膝がぎしぎしと痛い。骨が筋肉に負けていて、力の入れ方も分からない。腰をひねってなんとか片足を出して身体を支えようとキャビネットに手を付いたら、キャスターが滑ってそのまま転んでしまった。
本当に、嫌だ。
看護師さんが来てカーテンを開けてくれた。窓の向こうからはまだ変な鳩が鳴いている。
外の様子を教えてくれるけど、言われなくても分かる。
わたしよりもこの病院に長く居るひとなんていないのだから。
また、頑張れば外にも出れるって言われた。わたしは頑張ってるよ。ずっと動けないのも我慢して、手術も何度も我慢して、今だってこの部屋で、ずっと我慢してきたんだよ。
この窓から飛び降りたら、もしかすると飛べるかもしれない。
どこかから羽が生えて、街まで飛んで行って、今までの分を取り戻すみたいにいろんな人と会いに行ける。お父さんともお母さんともあの約束の男の子とも会えるんだ。
そんなことを毎日考えている。
「コハル」
お姉ちゃんはいつも突然に現れる。ぶっきらぼうで何を言っているのか分からないときもあるけど、わたしのことを自分の次に考えてくれる。
わたしが自分の好みを言わないと、お姉ちゃんは自分の好みで選んだものを持ってきてくれる。それがすごく嬉しい。顔色ばっかり伺って気の毒そうな顔をしてくる人たちとは大違いだ。
「目覚まし時計はどうだ」
お姉ちゃんはちらりと、変なジャングルの音が鳴る時計を見た。
「うん、何か、変で面白い」
「そうか」
「……またリハビリの先生にうるさく言われた……」
「そうか」
「わたしも頑張ってるのに」
「そうだな」
お姉ちゃんは声は大きいけどうるさく言ってこない。だからわたしも自分の考えを言える。せっかく考えていても、聞くのも嫌な話なら聞かないための言葉を使うから。綺麗に絞れたホイップクリームの上にいきなり苺を乗せられたら誰だって嫌でしょう?お姉ちゃんの言葉にはちゃんと順序があるから、厳しい口調でも納得できる。
「何を頑張るかは、自分次第だ」
お姉ちゃんはそう言って、カバンから写経セットを取り出すとチェストに置いた。その下の床に置かれた紙袋には、これまで書いた半紙が詰まっている。
「続けることの方が難しいからな」
「ありがとう、お姉ちゃん」
お姉ちゃんも両親も、頑張れとは言わない。本当の両親はどうだったっけ。もう面影のように印象的な出来事しか覚えていない。
いい子になっても両親は帰ってこない。そうはっきりと言われたとき、なぜだか凄く悲しくて寂しくて、何でそんなこと言うのかと思った。でもそれが悲しみの最後だった。
たまに家に帰れると、お線香の匂いが落ち着いた。
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