第22話 真犯人は悪夢で目覚める


 大広間の時計が午後十一時を告げる音が、壁越しに響いてきた。


「みんな、そろったようね」


 ドロシーは、玄関ホールに集まって眠い目をこすっている人々を前に言った。


「ドロシー様、夜ふかしもさることながら、ただのおふざけでしたら、後でお説教ですよ」


 険しい目でマーサが釘を刺すと、ドロシーは「わかってるわ」とひるむことなく答えた。


「――ところで、おばあさまは?」


「さすがにこの時間に起きてくるのは辛いとのことで、お休みになっておられます」


 ギリアムが皮肉交じりの口調で言った。


「それじゃ仕方ないわね。……はじめましょうか。実はみんなにこうして集まってもらったのにはわけがあるの。このところお屋敷に現れてはみんなを怖がらせている悪霊のことよ」


「悪霊……」


 ギリアムとマーサの目におびえの色が浮かんだが、ドロシーは構わず続けた。


「これから話すことは、みんなにとっては信じられないことかもしれない。それでも一応、最後まで聞いて欲しいの」


 ドロシーの含みのある言葉にマーサたちがとまどう中、ヘンリ―だけが口元に笑みをたたえ、まるで「お手並み拝見」とでも言うようにソファーに深く身体を沈めていた。


「前回、悪霊はついに蛇に似た怪物の姿を見せ、「異界の森」からやってきた「小さな悪魔」と、私の部屋で激しい戦いをくりひろげました」


 ドロシーは震える声で語り始めると、ギリアムとマーサがぎゅっと眉をよせ「いったい何を言いだす気なのか」という顔になった。


「怪物は、「異界」からこの町にやってきた「影」と人の悪い心が結び付いたものなの。そして「小さな悪魔」は、怪物を倒して再び「影」と「邪心」に戻す正義のハンターなの」


 ドロシーはぽかんと口を開けて聞き入っている人々を前に、さらに熱を込めて続けた。


「そうよ。怪物の正体は、この屋敷に恨みを持つ人たちの生霊なんかじゃないの。屋敷に住んでいる誰かの不安や憎しみが「影」と結びついたものなの」


「名演説をさえぎって申し訳ないが、ドロシー、てっとり早く言うと、この屋敷に住む誰かが怪物を操っていると、こう言いたいんだね?」


 ヘンリ―が突然、横から口をはさんだ。


「そうよ。今からその証拠を、お見せするわ」


「証拠だって?」


「ええ。……道彦さん、お願い」


 ドロシーに続きを振られ、道彦はホールの奥にある太い柱の前に立った。


「みなさん、この柱が何かはご存じですね。一階と二階を行き来するエレベーターです」


 道彦が目で示したのは、主にドロシーの祖母が利用しているエレベーターの扉だった。


「今、箱は二階に上がっています。……ちょっと一階に呼んでみますね」


 道彦はそう言うと、扉の横にある上向きの三角ボタンを押した。すると、ぐうんというモーターの音がして、箱が一階に到着する気配があった。


「これから僕が箱に入ります。良く見ていてください」


 道彦はそう言うと、扉を開けて箱の内側に足を踏み入れた。


「みなさん、こちらに来て僕の手元をよく見てください。箱の内側に、上下二つの三角ボタンがあります。二階から一階に下りる時は下向きの三角を、一階から二階に上がる時は上向きの三角を押します。……では箱が一階にある状態で、もう一度下向きの三角を押すとどうなるか、わかりますか?」


 道彦が問いかけると、即座にギリアムが答えた。


「動かんよ。間違えて下向きを押すのはよくあることだ」


「……そうです、動きません。……一回だけならね」


 道彦はそう言うと、下向きの三角を押した。ギリアムが言う通り、箱は上にも下にも動かなかった。


「試しにもう一度、押してみましょう」


 道彦が再び下向きの三角を押し、その状態で待った。だが、やはり何も起こらなかった。


「だから、動かんと言ったではないか」


 ギリアムがやれやれといった口調で言った。すると道彦はそ反応を待っていたかのように「……じゃあ、三回だったら?」と言ってもう一度、下向きの三角を押した。すると突如としてモーター音が響き渡り、道彦の姿が床下へともぐり始めた。


「これは……」


 驚きの声が上がる中、道彦はどんどん下へもぐり、やがて完全に床下へと消え失せた。


「このエレベーターは三回続けて下向きの三角を押すと、地下の「隠し部屋」へと降りてゆくの。そしてお屋敷でそのことを知っているのは一人だけ」


「まさか、大奥様……」 


「そう、おばあさまだけよ」


「……じゃあ、夜中にポンプを動かしていたのは」


「眠っているところを「影」におびき出されて車椅子で出てきたおばあさま、というわけ」


「いったい、なぜ……」


「お屋敷が変わってゆくのを防ぎたかったから……だと思う」


「お屋敷が、変わる?」


「そうよ。ここ一、二年、私は何度かおばあさまに「もう具合もいいし、外に出て普通にみんなと学校に通いたい」とお願いしていたの。でも、おばあさまはそのたびに「もう少し、元気になったらね」と返事を先のばしにしていた。たぶん、新しいメイドや外からの人の出入りが増えて、それまでの暗く閉じたお屋敷の雰囲気が変わってしまうことを恐れていたのね」


「そこを「影」につけこまれたってわけか」


「たぶんね。みんなを自分の元に引きつけておきたい、どんなに気味が悪くて周りから「幽霊屋敷」と呼ばれても、おばあさまにとっては、おじい様が生きていた頃のお屋敷が一番、心安らぐ場所だったんだわ」


 ドロシーが語り終えると、モーターの音が聞こえて道彦が再び姿を現した。


「どうです?二階から誰にも見られずに地下に行って、「隠し扉」を通ってポンプ室に行き、帰りは逆のルートで戻る。こうすれば怪物が暴れている間、自分の部屋から出なかったかのように見せかけられるんです」


 道彦はエレベーターの箱から出ると、出入り口の引き戸を閉めた。


「怪物「地下水龍」は、地下水の産みだす電気と「影」、そして人の「邪心」から生まれました。だからポンプが動いて水が吸いあげられると同時に目覚めるんです。夜中になってメイドが大広間に移動するころ、「影」が「ポンプを動かせ」と命じるんです。……ほら」


 そう言って道彦はエレベーターの方を目で示した。するとその直後、上向きの三角ボタンが点灯し、箱が二階へと上がり始めた。


「……大奥様?」


「もしこの後、一階に箱が下りてきたとしても、中の人は決して降りては来ないはずです」


 道彦の言葉通り、箱が一階に到着しても扉が開く気配はなかった。やがてモーターの音が響き始めたかと思うと、再び箱が動きだした。


「まさか、地下室に?」


「このままここで待ちましょう。もうすぐ「儀式」が始まるはず」


 ドロシーがそう言い放ち、しばし沈黙がホールに満ちた。やがて大広間の時計が午後十一時半を告げ、ポンプが動き始める時の振動音が壁を伝って聞こえ始めた。


「これが「儀式」なの?」


「……わたし、大広間を見てきます」


 そう言って香花が駆け出そうとした、その時だった。


 おおおお、という聞き覚えのある雄叫びがホールの空気を震わせ、壁の一角から怪物の頭が染み出すようにしてこちら側に現れた。


「――地下水龍だわ!」


 わたしたちはホールの隅に集まると、身を寄せ合うようにして怪物の動きを見すえた。


 ――ミルチ、今よ。早く来て!


 わたしが祈りの言葉を唱えたその時、吹き抜けの窓がばたんという音を立てて開き、巨大な黒い鳥が屋敷の中に飛び込んでくるのが見えた。


「――ミルチ!」


「……出たな、「界魔」!今度こそあたしが退治してやるからなっ」


 巨大な黒い鳥――クロバトロスの背に乗ったミルチが怪物をにらみ付けながら叫んだ。


 クロバトロスはぐんぐん高度を下げ、ミルチと共にホールの床に着地した。よく見るとミルチはなぜか、自分の身体ほどもある大きなリュックを背負っていた。


「お前の正体はわかった。水の力と人が産みだした「地下水龍」だな。もう怖くないぞ!」


 ミルチはクロバトロスの背から降りるとリュックを放り出し、先が三つに分かれた黒い槍を怪物に向かってつきつけた。


              〈第二十三話に続く〉

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