第21話 招待客は四人のガクシャ


「すごい……こんな木が本当にあるのね」


「異界の森」を初めて訪れたドロシーは、楢の大木を見上げて溜息をもらした。


「上の方の膨らんだ部分が「小鳥の家」と呼ばれている部分だよ」


 熊倉先生が、携帯で写真を撮りながら言った。


「僕らはこの中に入ったことがありますよ。そこでミルチと会って、いろいろ教えてもらったんです」


 道彦が小鼻を膨らませながら言うと、先生は困ったように眉を寄せた。


「そこなんだがな。やはり大人の立場としては録音なり映像なり、たしかな証拠がないことには今一つ、鵜のみにできないんだ」


「それはわかります。森の奥で迷って見た夢かもしれない…そういうことですよね」


「うん、まあ……僕でなくても、たとえば「去来堂」のご主人やドロシー君のご家族の方でも、同じように言うと思う」


「じゃあ今日から先生も証人の一人になってください。……ミルチーっ、聞こえるかい?」


 道彦は突然、大木の方を向くと大声でミルチに呼びかけ始めた。


「ミルチ、初めて見る人もいると思うけど、心配しないで。今日は「界魔」を退治するためのヒントを持ってきたんだ。姿を見せてくれないか」


 道彦の叫びがこだましながら木立の間に消えると、ふたたび森を沈黙が包んだ。


「……だめか。留守なのかな」


「コピーを折って、紙飛行機にするっていうのはどう?」


「紙飛行機?」


「うまくいけば「小鳥の家」の隙間から中に入るんじゃない?」


 わたしは「小鳥の家」の蔓でできた壁を指さした。


「なるほど……うまくやったら入るかもしれないな」


「どれ、僕がやってみよう。コピーは二枚あるから、やってみる価値はある」


 先生はそう言うとバッグからコピーを取り出し、器用に紙飛行機を折り始めた。

 やがてシンプルな三角形の飛行機が完成すると、先生は風向きを測りながら勢いを付けて放った。


「それっ」


 手を離れた飛行機はゆっくり斜め上に飛び、それから大きくカーブを描いて「小鳥の家」の隙間に飛び込んだ。


「やった、入った」


 わたしたちは祈るような気持ちで大木の前に立った。やがて幹の一部に亀裂が入ったかと思うと、亀裂の左右がゴムのように広がり、縦長の穴が現れた。


「――このへんな鳥は、お前たちが飛ばしたのか?」


 聞き覚えのある声があたりに響いたかと思うと、木のうろから小さな人影が姿を現した。


「……ミルチ!」


 身長が一メートルもない赤い髪の女の子は、わたしたちを珍しそうに見つめていた。


「……こんなにたくさんのガクシャ、あたしの家には入り切らないぞ」


 ミルチはそう言うとくるりと背を向け、わたしたちに後ろ手で手招きをした。


「あれが「小さな悪魔」か……」


 熊倉先生が呟く声を聞きながら、わたしたちはミルチの後を追った。


               ※


「わあ、ここがミルチのお家?」


 ドロシーが興奮したように声を上げ、周囲を見回した。四畳半ほどの、蔓で編んだ籠のようなミルチの「家」は何度訪れても不思議な気分になる場所だった。


「ちょうど「とと」がいなくてよかったな。いたら誰かがはみ出すところだ」


 ミルチは壁にもたれてあぐらをかくと、わたしたちが持ってきたコピーを興味深げに眺めた。


「「とと」って、ガモラさん……お父さんのこと?」


「そうだ。今日はたまたま「首」を洗いにクロバトロスと出かけているが、この家の半分はととの寝る場所だ」


「ガモラさんに聞いたんだけど、ミルチって……お母さんを探しているのよね?」


 わたしが尋ねると、ミルチの尖った耳がぴくんと動いた。


「……そうだ。あたしは「異界」に行ってしまった「かか」に会うために「界魔」をやっつけてるんだ」


「お母さんは「こっちの世界」の人間だって聞いたわ。どうして「異界」に入ることができたのかしら」


 わたしが問いを重ねると、ミルチはふいに目を伏せ、首を振った。


「わからない……だからそれを会って聞きたいんだ。ととは病気だし、あたしが探しに行くしかないんだ」


「「界魔」をある程度倒すと「異界」への鍵が手に入ると古い本に書いてあったんだが、本当かい?何体ぐらい倒すと「鍵」が手に入るのかな」


 熊倉先生が、身を乗り出して尋ねた。


「あたしにもわからない。ととは五十匹くらいだと言ってたけど、「結晶」を集めた壺を覗いても、まだ何も生まれていない」


「それでこの「地下水龍」だけど……頭の後ろにある「もう一つの顔」が弱点らしいんだ」


 道彦が言うと、ミルチは「あたしもそう思ってた」と言った。


「この前はうまくやっつけられなかったけど、今度会ったら必ず倒すんだ」


「今度って言うと……香花さんが泊まる日だから、あさってね」


「ミルチが戦いやすように、できるだけ広いところにおびき寄せようよ」


「どうやって?」


「ポンプが動き始める直前に、みんなを玄関ホールに集めるんだ」


「ホールに?集めてどうするの」


「「界魔」が暴れる時間が来たら「邪気」の宿主の動きに変化が現れるんじゃないかな」


「つまり「邪気」の宿主が怪物を自分の方に呼びよせるってこと?」


「僕はそう思ってる。ドロシー、十一時になったらみんなを玄関ホールに集めてもらえないか?」


「いいけど……誰が宿主か、見当はついてるの?」


「なんとなくね。……ミルチ、なんとか「地下水龍」を倒してお屋敷を救ってくれないか」


 道彦が真剣な顔で言うと、ミルチの矢印のような形をした尻尾の先がピンと立った。


「わかった。あいつはあたしが必ずやっつける」


 ミルチが力強く言い切ると、壁越しにばさばさという鳥の羽音に似た音が聞こえ始めた。


「クロバトロスが帰ってきた。たぶんととも一緒だ」


「……じゃあ僕らはおいとましないとな。お父さんの寝る場所がなくなってしまう」


 そう言うと熊倉先生は、なごり惜しそうに「小鳥の家」の内側を眺めた。


              ※


「あーっ、今日もおいしかったっ」


 夕食のシチューとムニエルをきれいに平らげると、道彦は満足げに口元をぬぐった。


「お嬢さん達はまた。トランプかい」


 ヘンリ―が言うと香花が「ドロシー様、最下位の役ならお断りしますからね」と言った。


「……今日はトランプはしないわ」


 ドロシーはそう言うと、席を立ってテーブルについている全員を眺め回した。


「みんな、今夜十一時になったら、玄関ホールに集まってくれない?」


「ドロシー様、そんな遅い時間に何をなされるおつもりです」


「とても大事なことよ、マーサ。この屋敷にとり憑いている怪物を追い払う、そのための儀式を行うの」


「儀式ですって?」


 わたしと道彦を除く全員が目を丸くする中、ドロシーは真剣な表情で強くうなずいた。


「――ええ、そうよ。儀式よ」


               〈第二十二話に続く〉

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