第20話 秘密のお部屋は使用中


「えっ「小鳥の家」に?……いいな、私も行きたいわ。お願い、一緒に連れてって」


 わたしたちの計画を聞いたドロシーは、目を輝かせた。


「うーん、問題はマーサやギリアムだよな。どうやって家の人たちを説得するか……」


「……ちょっとまって。熊倉先生が一緒だって言えば、マーサたちも強くは止められないんじゃないかな」


 わたしがふと思いついたことを口にすると、道彦がはっと目を見開いた。


「そうか、大人の人が一緒なら、許してもらえるかもしれない」


「先生に頼んでみてもらえる?」


「もちろん。ただし家の人を説得するのはドロシー、君の担当だよ」 


「わかってる。勉強しに行くって言えば、出してくれると思うわ」


 わたしたちは顔をつき合わせ、どんなタイミングで切りだすかを話し合った。


「……ところでドロシー、「地下室のことで新しくわかったこと」って何だい?」


 森を訪ねる話が一段落したところで、唐突に道彦が切りだした。


「あのね、みんなで調べた「ポンプ室」の奥に、どうももう一つ部屋があるみたいなの」


「ポンプ室の奥に部屋だって?」


「たぶんね。壁の一部が扉になっている気がするの」


「調べてみたの?一人で?」


 道彦が身を乗り出して尋ねると、ドロシーは険しい顔でうなずいた。


「ほんの五分か十分よ。なんとなくおかしいなって気になってた部分があったから」


「気づかなかったな。どこが変だと思ったんだい?」


 道彦がたたみかけると、ドロシーは答える代わりに提案を口にした。


「見てもらった方が早いわ。これから行ってみない?」


 わたしと道彦は顔を見合わせた。どうやら短い間に病弱なお嬢様は怖いもの知らずのお転婆娘へと変わってしまったらしい。


 わたしたちは連れ立って部屋を出ると、前回と同じように人気のない屋敷の中を、まっすぐ地下室へと向かった。幸い厨房にコンラッドの姿はなく、わたしたちは思った以上にすんなりと地下室に潜入することができた。


「いい?よく見てみて。何か変だと気づくはずよ」


 ドロシーがそう言って照明をつけると、がらんとしたコンクリートの室内がわたしたちの前に現れた。


「別に、この前と大して変わらない気がするけど……」


「そうね、でもこの風景にはとても不自然なところがあるの。――あの棚を見て」


 わたしたちは言われるまま、壁に寄せられた棚に目を向けた。前回と変わらず空っぽに近い棚だった。


「おかしいと思わない?工具箱を一つ置くだけなら吊り棚でもいいし、小さなテーブルが一つあれば済むはずよ。こんな大きな棚、この部屋にはそもそも必要ないのよ」


「あ……なるほど。でも必要があるから置いたんじゃないの?」


「そうよ、必要があって置いたのよ。こっちに来て」


 わたしたちはドロシーに言われるまま、棚の前に立った。


「いい?よく見てて。……と言っても私の力じゃほとんど動かないけど」


 そう言うとドロシーは棚の方を向いて真ん中あたりの棚板を両手でつかんだ。


「……くっ!」


 ドロシーが力を込めて棚板を手前に引いた、その時だった。


「――あっ」


 棚が手前に回転するように動いたかと思うと、壁との間に十センチほどの隙間が現れた。


「ふふっ、私の力じゃ、これが精いっぱい。……どう?」


 わたしたちは棚に顔を近づけると、隙間の向こうを覗きこんだ。暗い空間からひんやりした風が吹きこみ、部屋らしき場所があることをうかがわせた。


「どうする?「開けて」みる?」


 ドロシーの問いかけに、わたしたちは即座にうなずいた。


「よし、僕がやろう」


 先に進み出たのは道彦だった。


「手伝うわ」


 わたしは道彦の隣に並ぶと、棚板に手をかけた。


「行くぞ、……せーのっ」


 わたしたちは掛け声とともに、棚板をあらん限りの力で手前に引いた。


 ずっ、ずっ、という音があたりに響き渡り、棚を装った「扉」がゆっくりと動いた。


 ある程度の角度まで棚を引くと、わたしたちの前に部屋らしき空間がぽっかりと現れた。


「すごい……こっち側より広いぞ」


「ちょっと待ってて。照明を探してみるわ」


 ドロシーが中にひらりと飛び込むと、ほどなく白い光が向こう側の空間を照らし出した。


「ここは……?」


 わたしたちの前に広がったのは、「ポンプ室」の倍ほどもある部屋だった。壁は剥き出しのコンクリートではなく板が貼られ、テーブルと説教台に似た机とがあった。


「ここって……礼拝堂かしら」


「そうみたいね。まさかこんな部屋があるとは思わなかったわ」


「誰がこしらえたのかな……」


「おばあさまか、亡くなったおじいさまのどちらかだと思うわ。きっとお屋敷に恨みを持つ人の生霊を鎮めるための秘密の礼拝堂ね」


「でもどうしてこんな隠し扉まで……」


 道彦がもの珍し気に室内を眺め回していると、ふいにドロシーが声を上げた。


「……ねえ見て。これ、何かしら」


 ドロシーが指で示したのは、部屋の奥にある奇妙な引き戸だった。


「物置きかな。……それともこの奥にさらに部屋があるとか」


 道彦が近寄って覗きこむと、ドロシーが「開けてみる?」と聞いた。


「ここまで来たら調べるしかないな。……よし、やってみよう」


 道彦は引き戸の取っ手に手をかけると、ぐっと力を込めた。


「あれっ……動かないや。鍵がかかってるのかな」


 道彦の奮闘が効果なしとわかったとたん、ドロシーはほっとため息を漏らした。


「開かない方がいいのかもね。これ以上、おかしな部屋があっても困るし」


 しびれた手をぶらつかせている道彦を眺めながら、わたしは言った。


「――そろそろギリアムが戻ってくるわ。上に戻りましょう。これだけわかれば充分だわ」


 すっかりリーダーが板についたドロシーの言葉に、わたしと道彦は素直にうなずいた。


                 ※


「なんだって、ドロシー君を?」


 ほとんどのクラスメートが下校してがらんとした教室で、わたしたちの提案を聞きおえた熊倉先生は目を丸くした。


「先生と一緒ってことなら、きっとお屋敷の人たちも許してくれると思うんだ。……ほら、社会見学ってことでさ」


「森に社会見学かい、やれやれ。虫捕りに行くんじゃないんだぞ」


「お願い、先生。ドロシーが一度でいいから「小鳥の家」を見てみたいって言うの」


「ううむ……それでご家族の同意が得られるなら構わないが。とにかく強引に連れ出すことだけはは認めないぞ」


「やったあ。……さっそくドロシーに連絡してみます」


 道彦はそう言うと、携帯を取り出した。ドロシーにはあらかじめ、この時間に連絡するからマーサに許可をもらってくれと告げておいたのだ。


「もしもし、ドロシー?社会見学ならオッケーだって」


 勢い込んで切りだした道彦の表情が、突然、凍り付いたように固まった。


「……どうしたの?」


「……あ、はい。すみません。ドロシーにそうお伝えください。……そうです、先生と一緒に行くんです」


 道彦の口調が急にあらたまったのを聞いて、わたしは何か予期せぬことが起きたのだと悟った。


「……誰が出たの?」


 わたしが声をひそめて聞くと、道彦は戸惑ったような表情のまま、こちらを向いた。


「マーサだよ。……えっ、何?……ひどいなあ。すっかり引っかかったよ!」


 道彦がいきなり口調を変えると、しかめっ面で文句を垂れ始めた。


「ドロシーだ。マーサの声をまねて引っかけたんだって。まったくたいしたお嬢様だよ!」


 ドロシーにまんまと騙され、地団太を踏んで悔しがる道彦の姿にわたしは思わず噴き出した。


              〈第二十一話に続く)

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