第13話 麗しの令嬢は怪談がお好き
「ブティック王」のお屋敷でわたしたちを待っていたのは、女主人を始めとした屋敷の住人達だった。
「あなたたちが香花の知り合いだという子供たちね?」
最初に口を開いたのは、車椅子に乗った品のいい老婦人――屋敷の当主、サラだった。
「はい。僕が細野道彦、こっちが……」
「古森瞳子です」
自己紹介を終えると、サラは遠慮のないまなざしでわたしたちを交互に見た。
「セイヤーズ家当主、サラ・セイヤーズよ。よろしくね」
おだやかな、それでいて威厳のある声にわたしたちは背筋が伸びるのを意識した。
「ドロシーの話し相手になってくださるということだけど、週に何度くらい来てくださるのかしら?」
サラの問いかけに、わたしたちの脇で控えていた香花が口を開いた。
「とりあえず私の出勤日と同じ日ではどうかと思ってるんですが……」
香花の答にサラはうなずくと「そう。わかったわ」と言った。すると車椅子の後ろに立っていた中年の女性がすっと前に進み出て「サラ様、中学生にアルバイト料は出せませんが」と言った。
「それもそうね、あなたの言う事にも一理あるわ、マーサ。それじゃ御夕飯をわたしたちと食べてから帰る、というのではどうかしら」
「それは……サラ様が良いとおっしゃられるのなら」
中年女性は目にとまどいの色を浮かべながら、うなずいた。わたしは貫禄から言ってあれがメイド頭のマーサという人だな、と推測した。
「いい提案だね。ついでに料理長に特製のデザートをつけるよう、言っておこう」
ふいにホールに声が響いたかと思うと、長身で細身の男性が姿を現した。
「はじめまして。僕はヘンリ―。ドロシーの叔父です。あの子も同世代の話し相手ができたと知ったらさぞ、喜ぶに違いない」
ヘンリ―はそう言うと、わたしたちに握手を求めてきた。一見、優しそうに見える顔立ちだったが、鋭い眼差しと薄い唇がプライドの高さを感じさせた。
「しかし香花の紹介とは言え、大丈夫なのかね、この屋敷に一族と何のゆかりもない者たちを招きいれて好きにさせるというのは」
横合いから口を挟んだのは、モーニングに身を包んだ小柄な初老の男性だった。
「ギリアム、その心配はいらないよ。むしろこの機会をふいにして後々、ドロシーが友達を欲しがった時、ふさわしい人物を探すことができるかい?」
「ふむ、たしかに」
ヘンリ―の言葉に男性は押し黙った。服装と威厳のある態度から見て、この人が執事であることは間違いなさそうだ。
「そうと決まったらさっそく、今日から「仕事」をお願いさせてもらおう。……来たまえ、僕がドロシーの部屋まで案内しよう」
そういうとヘンリ―はくるりと身をひるがえし、階段の方に歩き始めた。わたしたちはサラの前に立つと「お世話になります」と頭を下げた。
「ドロシーのこと、お願いね」
わたしたちはサラの骨ばった手をかわるがわる握ると、ヘンリ―の後に続いて絨毯の敷き詰められた階段に向かった。
※
「どうぞ」
ヘンリーがドアをノックすると、か細い声がドア越しに響いた。
押し開けられた扉の向こうに見えたのは、豪華な飾りのついたベッドの上で体を起こしてこちらを見ている少女の姿だった。
「ハイ、ドロシー。今日はどんな具合だい?」
ヘンリーがすたすたとベッドの傍に歩み寄り。わたしたちはおずおずと後に続いた。
室内にあるものはカーテンも鏡台も、すべてが上品できらびやかなものばかりだった。
「ふむ、また痩せたんじゃないのか?」
ヘンリ―が言うと少女は「そんなことないわ。気のせいよ」と意外に強い口調で応じた。
少女の声はガラスの器を弾いたように澄んだ響きを持っていた。背中に流れる栗色の髪といい、陶器のように白くきめ細かい肌といい、やつれてさえいなければどこの学校にいたとしても学校一の美少女と讃えられるに違いない。
「そんなことよりヘンリー、その方たちは?」
「こちらのお二方は、お前の話し相手にと香花が紹介してくれた子たちだ。今日から週に二、三回、来てくれるそうだ」
ヘンリ―にうながされ、わたしたちはかわるがわる自己紹介をした。
「細野さんに古森さん……はじめまして、私はドロシー。十四歳です。こんな姿でごめんなさい。これからよろしくね」
ドロシーは思いのほかほがらかな笑顔でわたしたちに言った。
「……それじゃ、僕はこのへんで失礼するよ。二人とも、今日は夕食を食べて行ってくれ」
そう言い置くと、ヘンリ―は分厚い扉の向こうに姿を消した。
ぎこちない空気の中、最初に口を開いたのは道彦だった。
「へえ、すごい本だね。――これ、全部読んだの?」
本棚を見ていきなり遠慮のない口調で話しかけた道彦を、私はひやひやしながら眺めた。
「うふふ、そうよ。あまり女の子らしくないでしょ?」
ドロシーは意外にも、聞かれてうれしいと言わんばかりの笑顔で答えた。
本棚には「魔人ドラキュラ」「フランケンシュタイン」「雨月物語」などおどろおどろしい題名の本が並んでいた。
「僕も妖怪とか怪物とか、謎めいた連中が出てくる話が好きなんだ」
道彦が言うとドロシーの表情がいっそう明るく輝いた。
「本当?じゃあこれから楽しいお話ができそうね。……それから、もし嫌じゃなかったら外のお話を色々と教えて欲しいの」
「もちろん。お礼は僕らの知らない怪談話でいいよ」
道彦の冗談にドロシーは真顔で「ええ」とうなずいた。
「ところで、このお屋敷には何人くらいの人がいるのかな」
「ええと、私でしょ。おばあさまでしょ。ヘンリ―、ギリアム、マーサ……メイドは香花とアリサ、ミランダの三人、料理長と見習い料理人、それから週一回、通ってくるお医者様。それだけよ」
「なるほど、結構な人数だな」
「でも、泊りじゃないメイドは夕食が終わると帰ってしまうし、料理長たちも帰るわ。おばあさまは早くお休みになるし、意外と夜は寂しいのよ」
「そういえばこの部屋、テレビもないんだね」
「あまり好きじゃないの。家にはパソコンもあるけど、もっぱらギリアム専用よ。本を読んでるほうがよほど濃い時間を過ごせるわ」
「ふうん、そうなんだ」
「……ね、あなたたち、どのあたりに住んでるの?学校はどんな感じ?」
ドロシーはまるで砂漠で遭難した旅人がオアシスに出会ったかのように、わたしたちの話をどん欲に聞きたがった。わたしたちは普段の暮らしや、気が付くと異界の森での冒険まで何かに取り付かれたように話し続けていた。
「そんなことがあったの。面白いわ。まるで物語の冒険みたい。こんな面白いお話が聞けるなんて、あなたたちが来てくれて本当にラッキーだったわ」
声を弾ませて喜ぶドロシーを見て、わたしは思い切って訪ねて良かったと思った。
「ところで香花さんが見たっていうポルターガイスト現象なんだけど、どう思う?」
興味が同じということで安心したのか、道彦が初日だというのに悪霊の話を口にした。
「そうね……この家なら、何がいてもおかしくないわ」
「というと?」
「あなたたちも知っての通り、私のおじいさまは強引なやり方でこの町の洋品店をつぶしてきたの。それでいろんな人の生霊がここに集まって来てるとおばあさまは信じてるの」
「じゃあ、本物の悪霊の仕業だと思ってるってこと?」
「ここの廊下の突き当りに、階段があるのをご存じ?」
わたしたちが首を振ると、ドロシーは愉快そうに唇の両端をぎゅっとつりあげてみせた。
「後で上がってみたらいいわ。きっと驚くわよ」
「階段が?」
「そう。この家にはね、お化けをだますための罠が、いたるところに仕掛けられているの。おばあさまが、悪霊を怖がるあまり増築の時にいろいろな仕掛けを作らせたのよ。
他にも、どこにも通じていない扉とか、普通じゃ考えられないおかしなものが山ほどあるわ。……だから、お皿が飛び回るくらい、不思議でもなんでもないのよ」
「……こんなことを住んでいる君に聞くのはなんだけど、屋敷の人の中に、おばあさまに恨みを抱いている人は?」
「この家の?……うーん、生霊になってお皿を飛ばすとなると、相当な恨みでしょう?今すぐには思いつかないわ。……そうだ、あなたたち、今晩、家に泊まっていかない?」
「泊まる、ですか?」
「そう。ちょうど香花が泊りの日だし……ね?運がよければポルターガイスト現象が起こるところを、その目で見ることができるかもしれないわ。……ね、そうしましょ?ギリアムとマーサには私から言っておくから」
わたしと道彦は予想外の成り行きに「どうしよう」という顔を見合わせた。
「ドロシー、お客様はお疲れじゃないのかな?」
そう言って室内に入ってきたのはヘンリ―だった。
「ねえ、ヘンリ―。今日はお二人に泊まっていって欲しいの。いいでしょう?」
「さあ、どうかな。ギリアムとマーサに聞いてごらん」
「絶対にオーケーさせるわ。だからあなたも協力して。お願い」
ドロシーの勢いに、ヘンリ―はあっけにとられたような表情を見せた。わたしは意見を求めて道彦の方を見た。道彦が小声で耳打ちした言葉に、わたしは少し考えてから頷いた。
――お屋敷の人間がみんな揃ってて、香花さんが泊まりなんてこんなチャンス、ないぜ。
〈第十四話に続く〉
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