第12話  悪霊の館に忍び込め!


「最初の頃は、祖母の薬局を手伝ってたんです」


 礼拝堂の一角に腰を据えると、香花は自分の身の上を語り始めた。


「薬学部の学生さんか……この町じゃ外国人は珍しくねえが、留学生ともなるとまた、別の苦労ってもんもおありでしょうな」


「半年前、父が病気で倒れた後、学費の支払いが不安になったんです。それで時々、お店に定期的に薬を買いに来ていた大奥様の甥御さんに紹介してもらって、メイドの仕事を始めたんです」


「大奥様ってえと「ブティック王」の奥さんか。そりゃあ給料もよさそうだ」


「お屋敷にはメイドが三人いて、掃除や洗濯を行っていました。私が担当していたのは主に大広間の掃除で、そこである時、ちょっとした事件が起きたんです」


「さっきトラブルがあったって言ってたけど、そのこと?」


 わたしが記憶をたぐりながら尋ねると、香花ははっと目を見開き、無言でうなずいた。


「私の勤務は週三回でそのうち一日が泊まりなんですが、なぜか私が泊まる晩に限っておかしな出来事が起きるんです」


「おかしな出来事?」


「突然、テーブルや椅子ががたがたと音を立て始めたかと思うと、食器棚の扉が勝手に開いてお皿が飛びだすんです」


「お皿が……地震の類じゃないですか」


「それが……不思議なことにお皿は床に落ちずに空中を飛び回って、しばらくするとまた、勝手に棚に戻るんです。どういうわけか私以外の人の前では皿は飛びません。何度となく人を呼んでみましたが、ほかの人が来る頃には大抵、棚に戻っているんです」


「そりゃあ、ポルターガイスト現象ってやつじゃないのかな」


「ポルターガイスト?」


 聞きなれない言葉を自信たっぷりに披露してみせたのは、道彦だった。


「騒がしい幽霊っていう奴だよ。「ブティック王」は町の洋品店から恨みを買ってたっていうじゃないか。町のあちこちから恨みのエネルギーが集まってきてもおかしくないよ」


 道彦のもっともらしい説に座が一瞬、静まり返った。


「幽霊かどうかはわからないですけど、私が一度、たまりかねて皿が飛んでも無視し続けたことがあったんです。そしたら大奥様が気に入ってらした古伊万里こいまりの大皿が、いつもなら棚に戻るのに、その晩はわざとのように扉にぶつかって割れてしまったんです」


「わざとのように……」


「私はお叱りを受け、皿を割った犯人にされそうになりました。たまたま、ヘンリ―様がかばってくれたおかげでおとがめはなしになりましたが……」


「ヘンリ―様?」


「大奥様の甥御さんです。私がお屋敷で働けるようになったのも、ヘンリ―様が特別に計らってくれたからなんです」


「というと?」


「メイドの仕事のほかにもう一つ、私だけが担当している仕事があるんです。お孫さんのドロシー様の話し相手が、私の仕事としてあてがわれているんです」


「ドロシー様……」


「お身体が弱くて、お屋敷に預けられてからはほとんど学校にも行けず、お部屋に閉じこもっているかわいそうな方です。たまたま私がほかのメイドたちよりも若かったため、お友達にちょうどよかろうとヘンリ―様が口添えして下さったんです」


「ドロシー様はおいくつなんですか」


「十四歳です。私が十九歳だから、そう離れてもいないと思われたのでしょう」


「わたしたちとほとんど同じ年だわ。たしかに学校にも行けず、話し相手もいないんじゃあ息苦しいでしょうね」


「お皿を割ってしまった時も、執事のギリアム様とメイド頭のマーサ様は私がやった物と決めつけましたが、ヘンリ―様とドロシー様は私の話を信じてくださいました。もしお二人がかばってくださらなかったら、ショックで自殺していたかもしれません」


「そりゃあいけねえよ。番町皿屋敷になっちまう」


 ゴードンが耳慣れない響きの言葉を口にした。


「バンチョーサラヤシキ?」


「なんでえ、知らねえのかい。まったく近頃の坊主どもは昔の事にうとくていけねえや。番町皿屋敷ってのはな。大昔、ご主人の大切な皿を割っちまった奉公人が井戸に身を薙げて、毎晩、お化けになって現れるってな話よ。……こう、うらみがましい声でよ「お皿がいちま~い、にま~い」ってな」


 ゴードンは凄みをきかせた声で、唐突に怪談話を始めた。


「実はお屋敷には、大旦那様が生きていらした時に海外から買い付けた青磁の大皿もあるんです。あれがもし割れてしまったら、首になるどころか、学校をやめなくちゃいけなくなるかもしれません」


「なるほど、そうなる前に辞めるか、どうにかして疑いを晴らすかの二つに一つってわけか。なんともやり切れねえ話だぜ」


「そんな時、祖母の友人のお年寄りが森にすむ悪魔に願掛けにいった話を聞かせてくれたんです。白い服を着て、夜更けに刃物のような光るものを持って「小鳥の家」の近くで願い事を言うと、悪魔のご機嫌次第では願いが叶うって。あなたたちが見た時の私はきっと、必死の表情だったはずです。お化けに見えたのも無理はありません」


「それでも疑いは晴れなかったんですね」


 わたしが尋ねると香花は辛そうにうなずき、うつむいた。


「事件からしばらくしてやっと忘れかけた頃、ギリアム様とマーサ様が「あの子が悪霊を屋敷に呼びよせてるんじゃないか」と噂をし始めて……もし首になったらどうしようかと思っていた矢先に、あの二人組に会ったんです」


「なるほどね。若い娘の弱みにつけこんで悪事を働こうとしたわけか。つくづく、ふてえ連中だ」


「私は悪霊なんて信じてないんですが、このままだと大奥様をはじめとしてお屋敷の全員が、私のことを信じてくれなくなりそうで……」


「「界魔」じゃないかなあ」


「カイマ?」


 わたし以外の二人の視線が、道彦に集中した。


「この町に時々現れる怪物だそうです。「異界」から来る「影」に、この町の人間の「邪気」が入りこむと怪物になるんだそうです」


 道彦の説明に、香花とゴードンはあっけにとられたような表情になった。


「……ちょっと、いきなりそんな話をしてもわかるわけないでしょ」


 わたしが小声で道彦に釘を刺すと、道彦は「でもさ」と口を尖らせた。


「ガモラさんが言ってたろ?「界魔」は近くにいる人の邪気から生まれるって。もしポルターガイストの正体が「界魔」なら、邪気の主はお屋敷に住んでいる誰かってことになるぜ」


「そうだとしたら、どうなるの?」


「「界魔」を退治できることが一番だけど、逆に「邪気」の持ち主を説得して「邪気」を消させることができれば「界魔」はおとなしくなるんじゃないかな」


「でも、いったいどうやって「邪気」の持ち主を見つけるの?」


「こらおめえたち、何をこそこそ話してやがる。言いたいことがあるなら正々堂々といいやがれってんだ」


 ゴードンがたまりかねたように声を上げた。わたしたちは仕方なくガモラから聞いた話を、町の古い文献に書いてあったと適当にぼかしながら語って聞かせた。


「すごいわ。中学生なのに、そんな言い伝えに興味を持つなんて学者さんみたい」


「てえしたもんだぜ。ぼんやりした坊主どもだと思っていたが、こいつは認識をあらためないといけねえな」


「でももし「界魔」の仕業だとしたら「邪気」の主は誰なのかしら」


「さあ……お屋敷の誰か、あるいは香花さんのことを個人的に恨んでいる誰かかな」


「私を……そんな、誰かの恨みを買うようなことをした覚えはありません」


「他に、お屋敷に出入りしている人は?」


「私のほかに、メイドが二人います」


「そうすると大奥様、ギリアム、マーサ、ヘンリー、ドロシーと二人のメイド、このうちの誰かってことになるね」


 道彦がそう言い切ると、その場の緊張がにわかに高まった。


「あのう、ちょっと思ったんですけど」


 私はふとあることを思いつき、口を開いた。


「わたしたちがお屋敷に潜り込んで、それとなく調べるっていうのはどうでしょうか」


「そうか、ドロシーさんの話し相手っていう口実で香花さんに紹介してもらえばいいんだ」


「たしかにドロシー様には同年代のお友達がいないけど、そう、うまくいくかしら……」


「大丈夫。……でもその代わり、やるとなったら前もってしっかり打ち合わせしとかないと。お芝居がばれたら元も子もないわ」


「おめえたち、人助けはいいが嘘をついたり人をだましたりってのは感心できねえな」


「細かい事言いっこなしだよ、ゴードンさん。この際、目をつぶってもらえないかな」


 道彦に手を合わせられ、ゴードンは渋い表情のまま鼻から太い息を吐き出した。


「そういわれちゃあ、力づくで止めるわけにもいかねえな。ただし、しくじったらすぐおしめえにするんだぜ、いいな」


 わたしたちは声をそろえると即座に「わかりました」と返した。


             〈第十三話に続く〉

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