第10話 悪魔とお化けの通う店


「本当に来るのかなあ」


「雨迷人」の奥の席で外の風景を見ながらわたしが言うと、向かいの席で「希人町異聞」のスケッチ画を眺めていた道彦が「来るさ、絶対」と力強く言いはなった。


「前に見た時は、この坂を下っていったんだ。一本道を下っていったということは、坂の上に通い詰めるような場所があるってことだろ?家をつきとめたら次は当然、行く先を調べる。上ってくるのが見えたら、急いで後をつけるんだ」


 道彦は自分の分析をべらべらと得意げに披露すると、椅子の背にふんぞりかえった。


「お前たち、一体何をやってるんだ?」


 カウンターの向こうから、丸々と太ったこの店のマスター、通称「オッちゃん」がわたしたちに問いを投げかけてきた。


「お化けの正体を探ってるんだよ。結構イイ線いってるから、報告はもうちょっと待って」


 道彦の熱っぽい説明とは裏腹に、オッちゃんは「お化けねえ」と気のない感想を漏らした。「小鳥の家」での一件以来、わたしもどちらかというと「お化け」を信じる側に回りつつあるので、オッちゃんの冷めた目線は正直、痛かった。


「あっ、来たぞ」


 窓の外を見ていた道彦が叫んだ。わたしが慌てて視線の先を追うと、確かに見覚えのある背中が坂を上っていく様子が見えた。


「よし、追うぞ」


 道彦は勢いよく席を立つと、ドアに向かって駆けだした。わたしはオッちゃんのいぶかしむような視線を感じつつ、道彦の後を追った。


 通りに出たわたしたちは、坂をすたすたと上ってゆく女性の後を追い始めた。


「さすがお化けだな。足が速いぜ」


 道彦の負け惜しみにわたしが呆れていると、女性が突然、一軒の店の前で足を止めた。


 手前の建物の軒先に身をひそめ、わたしたちが様子をうかがっていると女性が建物の中に吸い込まれるように入ってゆくのが見えた。


「あの店、知ってるよ。薬局だ」


「薬局?」


「お婆さんが一人でやってる漢方薬局なんだ。うちのじいちゃんに頼まれて何度か薬を取りに行ったことがある」


女性から少し遅れて店の前に着いたわたしたちは、ガラス戸の外から店内の様子をすかし見た。店名は「蘇命堂そめいどう薬局」で、薄暗い店内の棚に得体の知れない物体の入ったガラス瓶が並んでいる様子がうかがえた。


「なるほど、お屋敷のご主人のために薬を買いに来たってわけか」


 道彦が妥当な推理を口にした。


「じゃあ、お店の店主さんに聞けば、色々なことがわかるってこと?」


「それはどうかな。お得意さんの情報を知らない人にもらすようじゃ商売人とは言えないからね」


「なるほど、そっか」


 いっぱしの口をきく道彦にわたしはほんの一瞬、尊敬の気持ちを抱いた。


「あっ、出てきた」


 わたしたちは再び隣の建物の陰に身を隠した。女性はわたしたちに気づくことなく前を通り過ぎ、坂を下っていった。


「どうする?また後をつけるの?」


「いや、家はもうわかってるから、今日はお店の人に聞きこみをしよう」


 道彦はそう言うといさぎよく女性に背を向け、薬局の方に歩き始めた。薬局の扉をくぐると、ガラス瓶の並ぶ棚を背にした高齢の女主人がわたしたちを見た。


「いらっしゃいませ」


「ん?……なんだ、去来堂の子じゃないか。今日は何の薬を買いに来たんだい?」


「ええと、なんだったかな。カッコンじゃないし、ニンジンでもないし……」


「だいたい、最近は補中益気湯ほちゅうえっきとうなんだけどね。……ちゃんと聞いてきてないのかい」


「あ、そ、そうですね……」


「ごめんなさい、今日はお薬を貰いに来たんじゃないんです」


 わたしは気が付くとしごろもどろの道彦を押しのけ、前に出ていた。


「ん?初めて見る顔だね。薬を買いに来たんじゃないとすると、何をしに来たんだい?」


「さっき入ってきた女の人、「ブティック王」のお屋敷で働いている人ですよね?」


「そうだけど……それがどうかしたのかい」


「この上の「異界の森」でわたしたち、彼女が鎌を持ってさまよってるところに出くわしたんです。知らない人だったけど、もし病気だったら放っておけないなって」


 わたしが咄嗟にこしらえた理由を口にすると、一呼吸置いて女主人が笑い始めた。


「あはは、そうかい……優しい子だねえ。でもそれなら心配はいらないよ。あの子はねえ、森に悪魔がいて、悩みを解決してくれると信じてるのさ。だから仕事や勉強で行き詰ると、悪魔に打ち明けに行くんだよ」


「あの子……?」


「私の孫だよ。香花シャンファって言って薬剤師の学校に通いながらお屋敷で働いているんだ」


 女主人は、わたしたちが聞きもしない事をことを一方的にべらべらと喋った。まさか孫とは思わず、わたしは思わず道彦と顔を見合わせた。


「お屋敷の大奥様が長いこと不眠症でね。それで薬を取りに週に二回ほどここへ来るのさ」


「でもどうして森の悪魔のことをご存じなんですか」


「それはねえ、悪魔がうちのお得意さんだからだよ」


「悪魔が?」


「まあそれは冗談として、あんたたち、何が知りたいんだい」


 わたしは目で道彦と「どうする?言う?」とコンタクトを取った。


「言おうよ。この人は信用できそうな気がする」


 道彦が言い、わたしはその判断に従うことにした。


「実は僕たち、この前、悪魔に会いに森に行ったんです。そしたら……」


 道彦は一連の出来事を、女主人に最初からかいつまんで説明してみせた。


「ふうん……そりゃあ、大冒険だったね。あんたたちが見たって言うお化けはおそらく、うちの孫だろうよ。お屋敷でちょっとしたトラブルがあったらしいからね。あらぬ疑いをかけられたとも言ってたから、それで悪魔に疑いが早く晴れるよう、お願いしに行ったんだろうさ」


「トラブル、ですか?」


 道彦がさらに詳しい話を聞こうと問いを口にしかけた、その時だった。店の外から女性の悲鳴のようなものが聞こえ、わたしたちは思わず入り口の方を見た。


「何?今の」


「……行ってみよう。おばさん、ありがとう。続きはまたにしますね」


 道彦はそう言うなりくるりと身体の向きを変え、店を飛びだしていった。

 慌てて後に続こうとしたわたしの背後から「今度はちゃんと薬の種類を聞いてくるんだよ」という女主人の声が追いかけてきた。


              〈第十一話に続く〉

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