第9話 坂の途中の幽霊屋敷


「大丈夫だよ、じいちゃんならきっと信じてくれるって」


 道彦は疑わしげなわたしを前に、強い口調で言った。


「そうかなあ。でも首なしのおじさんだよ?道彦君なら信じる?」


 わたしが意地の悪い返しをすると、道彦は難しい顔になって「うーん」と天井を見上げた。わたしたちは「小鳥の家」で見聞きしたことを周りの大人たちに話すかどうか決めるため「雨迷人」で会議を開いていたのだった。


「そりゃあ木の中に家があって、そこに異界の者が住んでいるなんて大真面目に言う人がいたら夢だって言うだろうな。……でも俺たち一緒にガモラさんに会ってるわけだしさ。誰が何と言おうと本当のことなんだ」


「それはわたしだってそう信じてる。でもさ、大人の人たちに信じてもらうには、何か疑いようのない証拠がないと難しいと思う」


「うーん、俺たちが「界魔」退治をミルチと一緒にしているところを見てもらえば、一発解決なんだがなあ」


 道彦はアイスティーを一口すすると、もどかしそうに頭を掻いた。


「ガモラさんは、この町にはもう「界魔」が現れてるって言ってたわ。それでミルチが居場所を探してるんだって」


「いったいどこだろうね、「界魔」の巣は」


 道彦の顔つきが変わったのは、その直後だった。窓の外の通りに向けられていた目が大きく見開かれていったのだ。


「あの人……」


「どうかしたの?」


「森にいた「お化け」だ」


「えっ」


 わたしは思わず道彦の視線を追った。窓から見えるぎりぎりのところに、通りを歩いてゆく女性の背中が見えた。


「嘘でしょ、気のせいじゃないの」


 わたしが疑いを口にすると、道彦はぶるんと頭を振って「間違いない、あのひとが鎌を持って僕らを見てた人だ」と言った。


「ここからじゃわからないわ」


 視界の外に消えようとする姿を追いながらわたしが言うと、道彦は「外に出よう」と言って席を立った。


「ちょっと、追いかける気?」


 わたしが問いただすと道彦は黙ってうなずき、小銭をテーブルに置いて店の外に飛び出した。わたしはあわてて自分の財布を取り出し、同じように小銭をテーブルに置いて道彦の後を追った。


 少し遅れて通りに出ると、道彦は交差点を渡っている女性の後ろを、距離を置いてゆっくりとつけていた。


「あの馬鹿、探偵の真似でもする気かしら」


 わたしは女性を尾行する道彦の後をつけるというよくわからない行動を始めた。


 やがて女性は緑の多い住宅地へと入ってゆき、大きなお屋敷が多く立ち並ぶ坂を下り始めた。わたしは坂の手前でためらっている道彦に追いつくと「ねえ」と声をかけた。


「ここから先はお金持ちの家ばかりだよ?あの人、どこかの家のお嬢さんかしら」


「そうとも限らないぜ。お屋敷で働いている雇い人って可能性だってある」


 わたしはなるほどとうなずいた。こういう時の道彦はなぜか切れる男になるのだ。


「下まで行ったら追いかけよう。途中のお屋敷に入って行くようなら、覚えておけば後でまた来れる」


 道彦が小鼻を膨らませながら言った。早くも探偵になり切っているようだ。そうこうしているうちに女性は坂を三分の二ほど降りていた。

 この辺のお屋敷じゃないのかな、わたしがそう思いかけた時だった。大きな門のあるお屋敷の前で女性の足が止まった。


 そのまま見続けていると、女性はごくあたり前のように門を押し開け、中へと入っていった。


「あっ、あのお屋敷は……」


「知ってるの?」


「このあたりじゃ一番、古いお屋敷だよ。じいちゃんが言うには「ブティック王」のお屋敷なんだって」


「ブティック王?」


「有名デザイナーの服を安く売るチェーン店の創業者が建てた家で、このあたりの洋品店をいくつも潰してきた人だって言う話だよ」


「へえっ、よく知ってるのね」


「創業者は死んじゃったけど、その未亡人が今でも住んでいるって話さ。このへんじゃ幽霊が出る家っていうことでも有名なんだ」


「幽霊の出る家?」


「うん。噂だけどね。ブティック王に店を潰された洋品店の店主たちの恨みが屋敷に取り付いて、未亡人をおびえさせてるんだって」


「ふうん……怖いわね。……で、女の人はあの家の住人?それとも雇い人?」


「そこまではわからないよ。でも近所の人に聞けばわかるはずさ。……そうだな、あそこにパン屋さんがあるから聞いてみよう」


 そう言って光彦が指で示した先に、いかにも古そうなベーカリーが見えた。

 それにしても、いくらお化けの正体を知りたいからと言って、何の関係もない中学生がいきなり訪ねて行って、教えてくれるものだろうか?


 気後れしつつベーカリーのガラス戸を押し開け、中に入ると香ばしい匂いがわたしたちを包んだ。焼きたてのパンの匂いだ。道彦はすたすたとショーケースの方に近づくと、中にいた女性店員に声をかけた。


「すみません、ちょっとお尋ねします」


「はい、なんでしょう」


「そこの一番大きなお屋敷のことなんですけど」


「ああ、セイヤーズさんのお宅ね。あの家が何か?」


「ええと、実はそこを歩いていた女の人が、お財布みたいなものを落としたのを見たんです。拾ってすぐ追いかけたけど、お屋敷の中に入ってしまって……。あまりに大きな家だし、なんだか訪ねていきづらくって。あの家の娘さんでしょうか」


「うーん、あのお屋敷には亡くなったご主人の奥さまと甥御さん、それに古くからの使用人が住んでいるだけで、後は通いのメイドさんぐらいしか出入りしていないはずですけど」


「そうなんですか……じゃあ、あの人は雇われてるメイドさんかな」


「たぶんそうだと思います。……あ、たしかもう一人、病気のお孫さんがいたって話を聞いたことがあるけど、ほとんど表には出られないそうだから、その女の人じゃあないですね」


「なるほど、わかりました。ありがとうございます。……よし、目的は達成したし、いったん帰ろうぜ」


 道彦はわたしにそう耳打ちすると、人のよさそうな女性店員に「ありがとうございました」と言って頭を下げた。


「……ちょっと、帰っちゃだめよ、道彦君」


「えっ?」


 そそくさと店を出ようとする道彦に、わたしは声をかけた。


「お話を聞かせてもらったんだから、パンの一つくらい買っていくのが礼儀よ」


 わたしはそう言うと、道彦にトレイとトングを持たせた。


「……ちぇっ、先生みたいなことを言うなよ」


「せっかくの名探偵も、最後の詰めが甘くちゃ台無しね」


 わたしはそう言うと恨みがましい目でこちらを見ている道彦のトレイに、メロンパンを一つ乗せた。


               〈第十話に続く〉

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