第4話 特別授業は悪魔の時間
「作戦会議?」
「異界の森」の話を聞いた熊倉先生は、本気かと言わんばかりに眉をひそめた。
「うん。一昨日見た化け物の正体をどうにかしてつきとめたいんだ。動画に映らない事ははっきりしたし、みんなに信じてもらうには「本物」を捕まえるしかないんだ」
捕まえる?わたしは驚いて道彦の横顔を盗み見た。どう見ても本気の表情だった。
「ちょっと待て。何を見たかは知らんがお前たち、学校の裏に本当にそんな物がいるとでも思っているのか?」
先生は強い口調で言うと、ハンサムな顔をしかめた。道彦は自分が見たものを即座に否定され、不服そうに口を尖らせた。学生時代、民俗学を研究していたという先生は不思議な話には多少、理解のある方だった。
「そりゃあ、はっきり「いる」とは言えないけどさ。とても奇妙な生き物を見たことは確かだよ。先生だってよく言ってるだろ、世界には想像もつかないような未発見の生き物がいるはずだって」
道彦の必死の反論に、今度は先生が口をつぐむ番だった。先生はもともと休み時間に雪男や火の玉の話を熱く語るほど、秘境とか謎とかが好きなのだ。
「まあ、たしかに「異界の森」にその類の噂がないとは言わない。だからといって中学生が夜の八時に忍び込むのは感心できないな」
先生はそう言うと、わたしの方をちらと見た。
「古森、お前、喫茶店で働いてるだろ。終わるのは何時だ」
「ええと……六時です」
「仕事でさえ六時には終わるというのに、八時なんていう時間に出歩く理由はないよな?」
「あ、はい……」
「先生、八時っていったのは俺です。そのくらいの暗さじゃないとお化けも出てこないと思ったんです」
道彦が横合いから助け舟を出した。先生は道彦の目を見据えると、言葉を選ぶように話し始めた。
「たしかに夜にならなければ化け物も用心して出てこないかもしれん。だけどな、化け物が出てくるような暗さとなると、もっと危ない人間だって現れるかもしれないんだぞ」
「…………」
「もしもそんな相手が突然、襲いかかってきたら、お前は古森や自分の身を守れるのか?」
「それは……」
道彦は答えにつまり、口ごもった。やっぱり先生ともなると、言葉の重みが違う。
「冒険家っていうのはな、万が一の事が起きた時のことを考えられる人のことを言うんだ」
「……先生はさ、俺たちが目立ちたいばっかりに嘘を言ってるって思う?」
「……いや、そうは思わない」
「じゃあ、俺たちが見た化け物、何だったと思う?」
「わからない。動物だったのかもしれないし、森に関する言い伝えを知っている誰かが入ってきた人間を驚かすために、ひと芝居打ったのかも知れない」
「化け物だとは思わないんだ」
「なあ、細田。本気で化け物を探すなら、化け物のことを勉強してから行くべきだと先生は思うぞ」
「化け物の勉強?」
「そうだ。たとえば今日、先生がこの店を訪ねたのも、この町に関する書籍を探すためだ。その本にはな、あの楢の大木のことや、そこに住むといわれる「悪魔」の話が載っているはずなんだ」
「悪魔だって?……先生、その話、もう少し詳しく教えてよ」
悪魔と聞いた途端、それまで口を不服そうに尖らせていた道彦の目が輝き出した。
「そういう話なら、お前のおじいさんがよく知っているはずだ。聞いたことはないか?」
道彦はぶるんと首を振ると、カウンターの中の和臣を見た。
「本当に「悪魔」のこと、くわしく知ってるの?じいちゃん」
勢い込んで尋ねた道彦に和臣は「ああ」と事もなげに頷いて見せた。
「知ってるとは言ってもわしが知ってる程度の話なら、この町の年よりは皆、知っとるよ」
「ずるいや。俺、一度も聞いたことないぜ。「小さな悪魔」以外の話なんて」
道彦がカウンターに身を乗り出して抗議すると、和臣は「そうだったかな」と、とぼけてみせた。
「まず、この町で最後に「悪魔」が目撃されたのは、もう十年以上も前のことだ。「悪魔」は「異界」から染み出して来る「影」を食べて生きとる、そういう生き物なのだ」
「影を食べる……影って何?」
「一言で言うと、「異界」のエネルギーが行き場を失ってこちらにさまよい出てくる、一種の煙のような物だな。影はこの町のいたるところに吹きだまり、人の放つ「欲」や「憎しみ」といったよこしまな気と結び付いて怪物の姿になると言われているのだ」
「怪物に……」
「それを探し出して「食べる」のが、森の大木に住むといわれる悪魔というわけだ」
「でも、前に悪魔が出てきたのが十年前って言ったよね?もし、俺が見たのがその悪魔だとしたら、どうして今になってまた、出てきたのかな」
「それはわからん。影の存在が、これまでにもまして大きくなってきたのかもしれんな」
和臣が硬い表情でそう口にすると、道彦が興奮したように両手の拳をぐっと握りしめた。
「……そっかあ。それで悪魔が怪物を退治するため、十年ぶりに姿を現したってことだな。なんだかわくわくしてきた」
「……でもさ、それってこの町が危ないってことでしょ?」
わたしが気になったことを口にすると、出鼻をくじかれた道彦が猛然と反論を始めた。
「そうかもしれないけどさ、うまくすれば悪魔が化け物をやっつけてるところを見られるかもしれないんだぜ。こんなチャンス、めったにないよ」
わたしは鼻息を荒くしている道彦を見て、肩をすくめた。まったく、男の子って奴は。
〈第五回に続く〉
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