第41話





「さて……。どうしましょうか」


 怪盗ケッパンの姿を見た黄太郎は、そう呟いた。

 写真を見た時にも思ったが、良く鍛えられた肉体をしている。その上、漂わせる雰囲気は只者ではない。恐らく、きちんとした武術の心得がある。


(ただの変態じゃないとは聞いていたが、マジっぽいな)


 黄太郎はゆっくりと息を吐き、そして大きく息を吸い込みつつ、一昨日の夜にリンボーンが話していたことを思い出していた。




「これまでの情報を統合すると、ケッパンの固有魔法は空間転移系か認識阻害系、あるいは分身系の能力である可能性が高いと思うんだよなぁ」


 これまでの捜査資料に目を通しつつ、リンボーンはそう言った。

 彼の言葉に、黄太郎が言葉を返す。

 この話をしていた時は、黄太郎と鉄雅音、そしてリンボーンの三人しかいない状況だった。


「その根拠は?」

「奴は神出鬼没だぁ。だが、逆に言うと それが情報になる。目撃者の証言を照らし合わせていくと、奴はたったの三分で8キロほどの距離を移動していることもある。身体強化で走れる奴は走れるだろうが、それじゃ目立ちすぎる。乗り物の類もそうだなぁ。そして変身系の能力でもないな、長距離移動に説明がつかねぇ。他者を変身させている可能性もあるが、にしては協力者の影が見えてこない。恐らく、奴は単独犯だ。となれば、瞬時に移動が可能な空間転移系か、認識を阻害した上で身体強化魔法を使って屋根の上を走って移動したか、あるいは分身を街中に潜伏しているかのいずれかだろうよぉ」

「……分身なら複数体同時に出して攪乱するんじゃないんですか?」

「確かにな。だが、こちらを騙すために同時に複数体の分身を出していない可能性も十分にある。それに、奴は明らかに仕込みの手際が良すぎる。警備の脚を止めさせる罠を仕掛けたり、街中に花火をセットしたり、単独犯がやるには効率が悪いし、警備兵だって馬鹿じゃない。ちんたら作業してれば見つかる可能性も上がる。となれば、分身系の固有魔法なら都合がいい」

「そう言われると、そうかもしれませんね。……ただ、そうなると厄介ですよね」


 黄太郎の言葉に、鉄雅音が首を傾げた。


「厄介って、何が?」

「今回はケッパンを逃がさないように、結界を張ってその中に閉じ込めるんでしょう? でも閉じ込めたのが分身体だと、能力を解除したら逃げられちゃうじゃないですか」

「ああ、確かに!」

「でも、俺はその線は薄いと思うぜぇ」

「え? 何でですか?」

「決まってんだろぉ。わざわざ犯行予告まで出すような目立ちたがりが、獲物を盗む その瞬間を、分身体に任せるとは思えねえからだよ」


 そう言ってリンボーンは笑っていたが、黄太郎は正直その可能性は低いと思っていた。

 予告状を出すのは目立ちたがりだからだとしても、しかしだからこそ分身体を使うことで本体が捕まるリスクを避けているんじゃないか、分身体を使っているからこそ強気なんじゃないかと思っていたが。


(当てが外れたな)


 そう思いつつ、黄太郎はアザレアに声を掛ける。


「相手が折角 来てくれたんです。逃がすわけにはいきません。二人掛かりで行きますよ、ギンガニアさん」

「ええ、当然なのです」


 逆手にした鉄雅音を左手に握る黄太郎と、槍を構えたアザレアが、ゆっくりと歩いてケッパンを挟むような位置取りをする。

 対して、ケッパンは特に動じることなく自分のマントをはためかせている。

 と、そこで気付いたが、ケッパンの本体と先ほどの分身体とで、マントのデザインがやや異なることに気が付いた。

 恐らく、本体のマントのみが自分の認識を阻害させる効果を持った魔道具か何かなのだろう。

 そのせいで黄太郎はケッパンが近くにいることを察知できなかったのだ。


「……面倒なもの持ってますね。そのマント、どこで買ったんですか? し〇むら?」

「し〇むらが何かは知らんが、それなりに高級なマントだよ。吾輩のお気に入りだ」

「そうなんですか。じゃあ剥ぎ取ってやります、よ!!」


 黄太郎が一歩踏み込み、そのまま左のローキックを放ちケッパンの膝を破壊しにかかるが、ケッパンは右足の裏でその攻撃を受け止めニヤリと笑う、が。


「俺の筋肉を舐めてもらっちゃ困りますよ」

「なっ!?」

 

 黄太郎はそのままの勢いで左足を振り抜き、そのせいでケッパンの身体が宙に浮いた。

 その隙を見逃すはずもなく、アザレアの槍の一撃がケッパンを襲う――前に。


「そうはさせんよ」


 


「なッ!?」


 驚愕に目を見開くアザレアに対し、ケッパンはそれだけに留まらず、空中で体を回転させて彼女の側頭部に蹴りを叩き込むべく左足を振り下ろす。

 だが、その前に黄太郎のハイキックが空中のケッパンの脇腹を蹴りぬいた。

 ――ぼッ!! と風切り音を立てて放たれた黄太郎のハイキックを、しかしケッパンは左腕で受け止め、その衝撃を使って空中で体を回転させつつ、両足で地面に着地した。

 ケッパンの革靴の裏が床と擦れて、摩擦熱で床に跡が残った。


「中々のパワーだな、君が他所から呼ばれた武術家かな? 吾輩の耳にも届いているよ」

「そうですか。そりゃどうも。……でも俺はアンタのそんな能力は聞いてませんけどね」

「そりゃあそうだろう。誰にも見せてないからな」


 そう語るケッパンの両肩からは、元々の腕に加えが生えていた。


「吾輩の能力は単なる分身ではない。自分の身体を複製する、それが吾輩の固有能力だ。そして複製は、部分的なものでも可能なのだよ」


 大胆不敵にそう語るケッパンの姿に、黄太郎はリンボーンの言っていたもう一つのことを思い出した。


『そしてもしも、ケッパンが分身系の能力者で、俺の予想通りに本体が盗みに来てたんなら、かなり厄介だぜぇ。邪魔者を自力で倒せる自信があるってことだからなぁ』


 本当に厄介なことになったものだと、黄太郎は溜息を吐いた。











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