第39話
確かに黄太郎の拳はケッパンの頬を打ち抜いた、打ち抜いたのだが。
「……やっぱ分身だったか。気配と言うか存在感みたいなものが感じ取りにくいからそうじゃないかと思ったんだがな」
黄太郎の拳が届く前に、ケッパンの姿が霧散してしまったのだ。
床の中から浮上して周囲を確認してみるが、ケッパンの姿はどこにもない。
どうやら魔法で作った分身だったようだ。
ならば本体がどこかにいるはず。
「まずはギンガニアさんの加勢ですかね」
『よし、行くよ黄君』
黄太郎は再度 床の中に沈み込んでいった。
そしてもう片方のケッパンも自分の片割れが消滅したことには気が付いていた。
煙幕に身を隠しつつ、結界の状態を確認していた彼は、どうやってここからアンティークドールを盗み取るかを必死に思案する。
(結界は吾輩を閉じ込めることが目的らしい。警備兵たちも この煙幕を利用してどこかに隠れたようだし、そもそも この結界は術者を倒しても解除できないらしい。さて、どうしたものか。逃げるだけなら可能だが……)
「いや、天下の怪盗ケッパンたる吾輩が、こんなところで盗みを諦めるには――」
「それは殊勝な心意気なのです」
彼の背後に立っていたアザレアが槍の柄を振り下ろす。
しかし間一髪で攻撃を回避された。
空振った槍の柄が美術館の床に叩きつけられ、固い音を立てる。
「危ないな! 峰打ちでも死ぬときは死ぬんだぞ!」
「大丈夫なのです。ケツ丸出しにするくらいメンタルが強いならきっと頭の方も頑丈なのです」
「何だね そのロジックは!!」
そう話しながらも、ケッパンは思考を巡らせる。
(どうしたものか、彼女の武器は槍。これに関しては距離を詰め続ければ、素手の吾輩の間合いになる。だから問題はもう一人の男。吾輩の一人を倒した男だな。能力はよく分からんが、床や壁から現れることができるらしい。なら壁からは離れつつ、足元に注意を払えば良い!!)
そう判断したケッパンは、猛然と駆けだしアザレアに突っ込む。
対して、アザレアは腰を落として鋭い槍の連撃を放つ。
の、だが。
「はっはっは!! 甘いわぁ!!」
ケッパンは右足を軸にし、まるでフィギュアスケートのように床を滑って回転することで攻撃を回避した。
靴底に何か仕掛けがあるようだ。
「いい!? ファッションだけじゃなく動きも独特なのです!!」
「それだけではないぞ!! 見よ!! 我が美しき白鳥蹴り!!」
鞭のようにしなる長い脚から放たれるキックを、アザレアは咄嗟に槍の柄で受け止める。
だが槍越しにも伝わる衝撃にアザレアの動きが止まる。
その隙を見逃さずにケッパンはアザレアの槍を掴み、全体重をかけて彼女を押す。そのため、アザレアも両足を開いて踏ん張ることで姿勢を支える。
「ぐ……!!」
「女性にしては中々のパワーですな。しかし、互いに魔法による身体強化は五分五分らしい。ならば、あとは肉体の性能の勝負!! そして吾輩の美しき肉体は決して負けはしない!!」
彼の言う通り、じわじわとアザレアの方が押されていく。
このままでは地面に組み伏されてしまうだろう。
(さあ、仲間がピンチだぞ!! どこだ、どこにいる!! 床に潜むものよ!!)
と、ケッパンは黄太郎に注意を払い、床の方に視線を向けていた。
わざわざアザレアと力勝負をしているのは、そのための誘いだったのだ。
だが、しかし。
自分の目の前の相手もまた、正規の判定官という優秀な人材であることをケッパンは忘れていた。
薄い笑みを浮かべたアザレアは――跳んだ。
そして それによって、彼女の能力が発動する。
「
アザレアの身体が宙に浮いた瞬間、彼女の姿が消えた。
見えないとかではなく、本当に消えたのだ。
「な!? 消え――!?」
だが直後、二歩ほど後方にアザレアの姿が突如として現れた。
そして空中で姿勢を整えていた彼女は、槍を構えて鋭い突きを放った。
「しま――」
――ゴッ!! と鈍い音を立てて、槍の石突がケッパンの鳩尾に叩き込まれ、彼が白目を剥いて倒れた。
「女だからと言って舐めないで欲しいのです!!」
槍を肩に担いだアザレアは、口の端を持ち上げて快活な口調でそう言った。
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