第38話





 姿を現した怪盗ケッパンに対し、アザレアは槍を構え、位置的に後方になった兵士達は盾を構える。

 黄太郎は屋根の上に登ったまま反応がなく、ケッパンが現れてからは通話も切れてしまっている。恐らく建物と一体化することで何処かに潜んでいるのだとは思うが。


「話に聞いていた通り、意味の分からないファッションセンスの怪盗なのです……!! 良くもこんなに堂々と正面から!!」

「いやあ。堂々と、ではないかもね」


 というと、怪盗ケッパンは右奥の通路のほうにチラリと視線を向けた。

 思わず、後方の兵士達は その視線の向きに目が行く。

 視線によるフェイントだ。

 だが。


「――それは前にも されたことがあるのですよ!!」 


 アザレアは視線の動きにも惑わされず、懐から小さな結晶のようなものを取り出そうとしていたケッパンに肉薄し、槍の石突――槍の柄の先のほう――を、みぞおちに叩きこむべく鋭い突きを放った。

 以前に黄太郎のフェイントを受けた時の際の経験が活きたのだ。


「良い動きだ。だが……」

「吾輩はもう一人いるのだよ?」


 もう一人、最初にこちらに向かっていた方のケッパンが美術館に到着し、アザレアの突きを蹴り飛ばすことで、攻撃の軌道を逸らさせた。

 

「なッ!!」


 

 その間に、ケッパンは結晶を地面に叩きつけた。

 すると砕けた結晶の破片の中から多量の煙が噴き出した。

 それを見たアザレアは すぐさま反応した。


「浄化魔法装置・作動!!」


 彼女のシャツの襟に着けられていた金属製の装身具が光り、その機能を発揮する。

 それは主にネクタイを胸元から離し前方に浮かせることで立体感を魅せるために使用するカラーピンでというもので、ネクタイを締めていないアザレアには本来 不必要なものだが、これは単にカラーピンの形をしているだけで、その正体は周囲の毒や瘴気を浄化するための魔道具だ。

 これがあれば自分の顔の周囲の空気を浄化できるので、毒ガスの影響を防ぐこともできる。

 アザレアが魔道具を使用したことを受けて、後方の兵士達も同じように魔道具を起動する。美術館の警備を担当しているものは全員 この魔道具を渡してあるのだ。

 ケッパンが睡眠ガスの類を使用することは最初から予想出来ていた。


「対策済み、だと思ったかい? 吾輩とてバカではないよ?」


 というケッパンの声を受けてアザレは気が付いた。

 これは――。


「睡眠ガスじゃない!! これは目くらましの煙幕なのです!!」


 そう、これは視界を奪うための煙幕であって、相手を眠らせるためのものではないのだ。

 二人のケッパンは煙幕に紛れ、アザレアの視界から消える。

 恐らく この隙に獲物を盗んで逃走する算段なのだろう。

 しかし、だからと言って。


「……警備兵の皆さん!! !!」


 そのまま いかせるはずもない。

 “手筈通り”というアザレアの言葉に、煙幕に潜む二人のケッパンが思考を巡らせていると、何か大きな魔法の鳴動を感じた。これは上位魔法を発動する際に生じる現象だ。

 その魔力の出どころは、後方に構えていた警備兵たちの方だ。


「「……まさか、これは!!」」


 事態に気が付き、二人のケッパンの驚愕の声が重なるが、もう遅い。


「天級結界魔法・発動!!」


 警備兵の一人がそう告げると、他の四名の警備兵とともに全員で合同の魔法を発動した。

 美術館の三階にある『孤独な姫君のアンティークドール』を中心に、半径60メートルほどの球形の結界が発動し、外界と途絶される。

 天級結界魔法。

 それは一定時間のみに限られるが、桁外れの物理的強度と対魔法防御力を誇り、かつ結界内部での空間転移魔法なども抑制することのできる非常に優れた魔法だ。

 その代わりに、多量の魔力と複雑な魔法術式を必要とするため、基本的には複数人で運用することになるのだが。


「あの警備兵たちは最初から結界を張るために用意されていたのか!!」

「しまった!! 戦闘用の兵士ではなかったのか!!」

「そう言うことなのです。彼らを倒しても、既に発動した結界は一定時間 維持されます。つまり、あなた方はここに閉じ込められたのです!!」



 煙幕越しに聞こえるアザレアの声に、二人のケッパンは互いに頷き合うと、一人は結界の状態を確かめるために外に向かって走り、そしてもう一人は『孤独な姫君のアンティークドール』の確保に向かったのだ。

 そして その片方がアンティークドールの乗せられた台座のもとに向かい、ドールに汚れや傷が付かないように注意しつつガラス製のカバーを叩き割ると、柔らかなクッションの上に乗せられたドールを盗もうとした。

 しかし、彼はそこでドールはクッションの上に載っているのではなく、クッション空いた穴の中に入れられていることに気が付いた。

 一体なぜ このような展示方法を? と思っていると、彼はそこでさらにもう一つのことに気が付いた。


「なッ!? しているだと!?」


 そう、まるでアンティークドールが台座と溶け合ったかのように、ドールの腰あたりまでが台座と一体化してしまっていたのだ。

 加えて、驚愕するケッパンの右膝に突如として――メキぃ!! という強い衝撃が、更に一拍 遅れて鈍い痛みが彼の脳に届いた。


「ぐああああ!? なんだ、一体!?」


 見れば、床から生えた人間の脚がケッパンの右膝を側面から蹴りぬき、膝を破壊していたらしい。

 痛みと傷のせいで足の力が抜けて倒れこむケッパンに対し、床の脚は そのまま沈み込んでいき、その代わりに。


「すんませんね、それ非売品なんですよ」


 そんな声とともに、床から生えた腕によって放たれた右ストレートがケッパンの頬を打ち抜いた。





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