第37話 怪盗登場
「それは君の見間違いでなく、か?」
『ケツ出しタキシードおじさんが二人もいるって言うなら、異世界も末ですね』
「……なるほど、そうか」
黄太郎の言葉を聞き、メアジストは自分の手首に装着された通信機の設定を弄り、自分達の音声が領主館で待機しているリンボーン達にも届くように設定する。
「リンボーン殿。聞こえますか? メアジストです」
『ああ、聞こえてるよ。どうしたぁ?』
「乱葉黄太郎が
『……!! そうか、分かったぜぇ。なかなか面白いことになってるようだな』
『こちら、乱葉。俺の放った邪眼虫で確認しています。間違いないです。一人は街の北側から建物の屋根を跳躍しながらこちらに向かってきています。距離は約一キロ。このままの速度なら二分後には美術館に到着します。もう一人は繁華街のほうで、同じく屋根の上に――ってマジか!! なに考えてんだアイツ!!』
突如として、何かに驚いたように黄太郎が声を上げた。
その声は通信機越しに他の者にも届いき、咄嗟にオリバーズが応えた。
『む!? 黄太郎君!? どうしたのですかな!?』
『領主殿。領主館に居る御二人にはギリギリ見えるかもしれません。繁華街の方にいるケッパンが、屋根の上から
その言葉を聞いたオリバとリンボは部下から双眼鏡を借りると、繁華街の方に視線を向けた。すると、確かにケッパンと思しき男が、屋根の上を飛び回りながら繁華街を歩く人々に向かって硬貨をバラまいていた。
「なッ!? リンボ、アレはなんだね!?」
「……攪乱だろうなぁ」
リンボがそう呟くと同時に、彼の通信機に繁華街で待機させておいた警備兵長から慌てた声でメッセージが飛んできた。
『リンボーン守備兵長殿!! 大変です、突如現れたケッパンが街に硬貨をバラまいています!!』
「ああ、こっちからも見えてますぜぇ。バラまいている硬貨はどんなのですか?」
『はい! 銅貨が最も多く、次いで大銅貨、そして稀に銀貨、ごくごく稀に金貨が混じっています!! 夜の繁華街なので元々 騒がしい上に、このせいで住民が興奮のあまりパニック状態になっています!! 我々だけでは抑えきれません!!』
領主館からでは住民の細かい動きを見えるほどの視界は確保できないが、警備兵長の通信機越しに聞こえる周囲の音声からも その様子は察することができる。
『うおおおおお!! 金だぁ!!』
『拾え、拾えー!! 拾った金でも金は金だ!!』
『いってえな!! よく見て動けよ!!』
『邪魔だテメエ!!』
『危ない!! 落ち着けって!!』
『皆さん!! 警備兵です!! 落ち着いてください!!』
『うるせえ!! お前らも金を拾うつもりなんだろ!!』
ただでさえ飲み歩いているものの多い夜の繁華街で、金がバラまかれたとなれば こうなるだろう。
思っていたよりも厄介な展開だ。
硬貨にときおり金貨や銀貨が混ざっているせいで余計に熱くなっているうえ、この状況を警備兵が止めようとすると公権力に対する反感が刺激される。
(普通に火薬でも使ってくれた方がマシだぜぇ!! 面倒なことを!! 早く止めないと、この街の連中は呑気な性格だが、それでも群衆の心理は周りに流されやすい。暴力沙汰なんて起きたら、最悪ケガ人じゃすまんかもしれない!!)
どうしようかとリンボが考えていると、そこでメアジストからの通話が聞こえた。
『――私が行きます』
「む……。確かにメアジスト殿の人徳なら街の人々も多少は落ち着くでしょうし、その場でケッパンにも対応できるがぁ。しかし、美術館を手薄にするのも得策ではないでしょうよぉ」
『しかし、このままでは市民に被害が出ます。それは何よりも避けるべきです!! それに……ここには私よりも強い人がいるじゃないですか』
通信機越しにでも、彼女が微笑んでいることが分かった。
確かに、このパニックを止めるにはメアジスト以上の適任は居ないだろう。
そして黄太郎・鉄雅音が残れば戦闘能力的には最低限 揃う。
「……分かった。許可する。向かってくれ」
『はい!!』
メアジストは指示を受けて、自分の両手に一対のレイピアを創造し、窓を開け放った。
「悪いね、アザレア。ここは頼んだよ」
「……はい!!」
「うん、良い返事だ」
その言葉を聞き、メアジストは窓から飛び出して
彼女の後姿を、美術館の屋根の上に しゃがんでいる黄太郎が見つめていた。
(繁華街は街の北東。一方で美術館は街の南西だ。分断されたな、多分エトレットさん対策だろう。ああいうことをされれば、エトレットさんなら自分が向かうと言い出すだろうことは予想できる。なまじ有名人だしな。残されたギンガニアさんには対処できるという考えかな? ……俺も奴に知られているか? 最初に守備兵団と結構な大立ち回りを演じたからな。俺のことも知ってるかもしれない。……だが、まあ。隠し玉は他にも幾つでもある)
「鉄雅音さん。三十秒後にケッパンが こちらに来ます。俺たちは建物の中に潜んで不意を突きます。良いですね?」
『うん、分かってる』
「よし、では――。待って!! いや、マジかよクソ!!」
と、黄太郎は ここでもう一つ仰天し、慌てて通信機を通してアザレアに声を掛けた。
『ギンガニアさん!! ケッパンが来ます!!』
「分かっているのです、あと三十秒くらい――」
『違います!! 更にもう一人 来てるんです!!』
黄太郎の言葉がアザレアに届くと同時に、開け放たれた窓の枠の上に、タキシード姿の男が降り立った。
すらりと伸びる手足に、モデルのように均整が取れていて、それでいて十分な筋肉のついた肉体、仮面越しにでも分かる端正な顔立ち。
そして何よりも特徴的な、お尻に穴の空いたスラックス。
「やあ、こんばんは。良い夜ですね。吾輩は怪盗ケッパン。予告通り、獲物を頂きに参りました」
低く落ち着いた声音で、彼は、きざったらしく そう言った。
ケツ丸出しだけど。
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