第36話
夜。
怪盗ケッパンに備え、全ての人員が予定された場所に配置され、かつ戦闘の中心地になる可能性が最も高い考えられるアイバラ美術館では、『孤独な姫君のアンティークドール』以外の全ての美術品を領主館地下の金庫室に移してある。
『孤独な姫君のアンティークドール』のみ そのままにしてあるのは、下手に移動させると むしろ危険であるというリンボーンの判断によるものだ。
事実、過去にケッパンが予告した財宝を別の場所に移して隠しておいた結果、それがバレてアッサリと見つかったことがある。隠そうとするとどうしても警備の数を制限せざるを得ないためだ。
下手に移動させて警備を手薄にさせるよりも万全の体制で迎え撃つべき、というのがリンボーンの見解であり、他の職員もそれに同意したので、このような策を取ることになった。
そしてアイバラ美術館の警備は少数精鋭である。
大人数で乱戦になるのは非効率的だからだ。
ならいっそ、持てる最大戦力をぶつけたほうが良い。
その結果が少数の警備兵と二人の判定官、そして黄太郎・鉄雅音のペアによる布陣だった。
「さーて、相手はどう来ますかね?」
『怪盗っていうと、煙幕とか睡眠ガスとか使いそうだよね」
アイバラ美術館の三階中央部にある展示エリアの中心にある大理石で作られた台座の上に置かれた『孤独な姫君のアンティークドール』を見ながら、黄太郎と鉄雅音が会話していた。
ちなみに、鉄雅音は既に金槌の姿になって黄太郎の左手に握りしめられている。
「相手がどう来ようと対応できる。そのために用意されたのが私達だ。下手に策を立てると見誤るよ」
「さすがメア先輩!! 良いことを言うのです!!」
メアジストとアザレアは、正面にある大きな窓の前に立ち、ケッパンが外から現れた場合に備えている。
ちなみに、他の兵士の4人は階段前に布陣している。
他の出入り口は左右の通路だが、これに関しては黄太郎が対応に当たることになっている。
「ま、そりゃそうなんですけどね。暇だし言ってみただけですよ」
などと話していると、黄太郎が片目を閉じて何かに意識を集中するかのように顎に手を当てて考え込み始めた。
「……おっと。俺の邪眼虫達が何か捉えましたね。すみませんが、俺も美術館の屋根の上に行って外の様子を見てみます。高いところのほうが視界が広がるので」
「ああ、分かった」
メアジストの返答を聞いてから、黄太郎は壁に右手を当て、その上から具現化した釘を叩きつけた。釘が黄太郎の右手と壁を貫くと、黄太郎の身体が壁に溶け込んでいった。
どうやら建物と一体化することで壁や屋根を潜行して移動していくらしい。
相変わらず便利な能力だ、と思っていると、やがてメアジストの左手首に巻かれた腕時計のような機械が点滅し、通話が来たことを知らせる。
これは異世界における通信機器だ。
元来、この世界での長距離通信は魔法によるメッセージの送信、あるいは伝達水晶と呼ばれる離れた場所に声を届けることのできる水晶を用いるしかなかったが、前者は使える魔法使いが少なく、後者は希少で非常に高価だった。
しかし、伝達結晶の欠片でも機能を増幅させることで、離れた場所での通話を可能にする技術が作られたことで、今ではそれなりに安価に長距離の通話が可能となった。通信機は主に手首にベルトで巻き付けて使用されることが多いので、一見すると腕時計のように見えるのだ。
そして今回、通話してきた相手は やはり黄太郎だった。
「どうした、乱葉黄太郎?」
『あー、まさか人生で このフレーズを本当に使う日が来るとは思わなかったんですけど。……エトレットさん、良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたいですか?』
「もったいぶるな。どちらからでも構わない」
人生で一度は行ってみたいセリフだったのだが、簡単に流されてしまった。
仕方なく、黄太郎は事実を告げた。
『じゃ、良い知らせから。鐘楼に仕掛けた邪眼虫が怪盗ケッパンの姿を捕捉しました』
「なッ!? 本当か!? で、どこに居るんだ!?」
『それが悪い知らせなんですが……怪盗ケッパンが俺の視界に二人います。これ、どういうことだと思いますか?』
その言葉にメアジストも、隣で音声を聞いていたアザレアも目を丸くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます