第35話




「さて、みんな集まったなぁ」


 領主館の会議室のテーブルには街の地図と、今回のケッパンの獲物である『孤独な姫君のアンティークドール』を補完するアイバラ美術館の見取り図が置かれ、その前にはリンボーンとオリバーズが立っていた。


「ああ、こちらも街の最終確認は終えたよ」

「ありがとう、メアジスト判定官殿。では、今回の対ケッパンの作戦について振り返ろうかぁ」


 やってきた四人に対し、リンボーンは街の地図や美術館の見取り図に石を置いていく。


「まず、街の外周にはウチの守備兵団の連中を置いとくわ。既に班構成の確認も終えたぜぇ。そして街中での治安維持は本来なら治安警備兵の管轄だが、今回は事が事だからなぁ。何か所かにウチの兵士も置いとく。ただ基本ウチの兵士はサポート。勝手を分かってる治安維持兵に人手を貸すって形になるなぁ。で、良いですね、警備兵長?」

「はい、構いません」


 リンボーンの言葉に警備兵長が短い言葉で答える。

 アイバラの街中における治安維持などは警備兵の仕事だが、今回は相手が腕の立つ怪盗なので、警備兵と守備兵の合同で対応に当たる。

 また、本来なら警備兵の管轄である作戦立案をリンボーンが担当しているのは、彼のほうが作戦立案に長けているから、という単純な理屈だ。

 警備兵長もリンボーンの有能さは知っているし、そして兵長は自分のプライドよりも仕事の遂行を重視する人間であった。


「それと街の中心部にある繁華街周辺には警備兵長達についていただく。ケッパンは過去に繁華街に花火を打ち上げて街をパニックさせることで追手から逃げたことがあるからな。それに中心部に兵を置いておけば どこで何があっても対応しやすいからなぁ。大まかな流れとして配置はそんなもんだ。最後に、重要な美術館には、判定官の二人と乱葉黄太郎・鉄雅音の四人と、数名の警備兵を置く」

「で、リンボーン殿とオリバーズ殿はどちらに?」

「俺たちは領主館から全体の指示を出すぜぇ」

「まあ拙者はこんなの どうしたら良いか分からんので完全に置物ですがな! ハッハッハ!」

「笑い事じゃないでしょうよぉ、領主殿もちっとは頭 使ってくださいよ」


 部下も居るので、友人ではなく団長と領主として会話する体裁を取る二人だったが、ついつい親しい雰囲気が出てしまうらしく、リンボーンは溜息を吐いた。


「で、考えられるケッパンの行動だが……あいつは派手好きだぁ。今日は週末で飲み歩く人も多いだろう。恐らく、そこに姿を現すだろうなぁ。それもあって警備兵長には繁華街のほうで対応に当たってもらう。……そして美術館の担当の四人だが、お前らが一番のカギだ」

「分かっているのです! きっと役割を果たして見せるのです!」

「ああ、期待してるぜぇ。……で、ケッパンは今までに敵を制圧するために気体の睡眠薬を散布する魔道具を好んで用いる。対策として防護マスクを渡しておくが……それくらいは相手も予測しているだろう。何か新しい手を用意しているかもしれない。だが、それはこっちも同じだ。だろ、黄太郎?」

「ええ、任せてくださいよ」

「ちょっと!! お姉ちゃんのことも忘れないで!!」

「ああ、失礼したぜぇ、すまない。……で、最後にもう一つ。ケッパンの固有魔法は不明だが、彼は非常に神出鬼没だ。姿を現すも消すも自由自在だ。多分、そういう固有魔法を持ってるんじゃねえかなぁ。……気を付けろよ。相手は変態だが、腕は確かだ」


 周囲の面々はリンボーンの言葉に頷き合い。


「それじゃあ少し休憩してから各自 配置に着け!! あとグループごとの細かい配置や作戦プランも以前に指示書を渡したが、最後にグループ内で最終確認しておけ!!」

「「「「「はっ!!」」」」」


 リンボーンの言葉に声を揃えて返事をした。

 黄太郎と鉄雅音に関しては「うぇーい」とやる気があるのか無いのか分からないような返事をしていたが。

 それから、リンボーンの指示通りに担当区画ごとに別れて任務や作戦の確認をしてから、小休憩を取っていた黄太郎たち美術館担当組のところに、一人の男性が現れた。


「……あ、今ちょっとだけ良いですか?」

「あっ、来てくれたの!」


 その男性の姿を見て、アザレアが駆け寄っていく。

 黄太郎は知らない顔だが、何やら仲良さげな様子である。


「これ。簡単につまめるようなものを作ってきたので、皆さんで召し上がって下さい」

「わあ! ありがとう! うれしいのです!」


 と言って彼が渡したバスケットの中には、サンドイッチやクッキーなどが山のように積まれていた。ここにいる人数分 作ってきたようである。


「ああ、ありがとう。いつも世話になるね」

「いえ、そんな。滅相もないです!」

「あー! メア先輩に話しかけられて赤くなってるのです!! もう、すぐに鼻の下を伸ばして!!」


 メアジストも彼とは知り合いのようだが、特にアザレアは親しげな雰囲気だ。


「……? なんだろう、恋人ですかな? お姉ちゃん、気になります!」

「いやあ、ギンガニアさんはエトレットさん好きピッピSAN値ゼロ少女だから それはないでしょ」

「なにその表現?」


 などと、その光景を見ながら黄太郎たち二人は適当なことを言っていたが、気になったので その場に行ってアザレアに訊いてみることにした。


「初めまして! 私は乱葉黄太郎と申します。こちらは私のパートナーの鉄雅音です」

「こんにちは! お姉ちゃんが鉄雅音だよ! 貴方だれなの? ひょっとしてギンガニアちゃんの恋人かな~~?」


 おちょくるような鉄雅音の言葉に、アザレアは「ああ、忘れていたのです」と言ってから、男性のことを黄太郎たちに紹介した。


「すみません、紹介していなかったのです。こちら、です」

「「うえええええええええええ!?」」


 突然現れたアザレアの夫に、二人は仰天した。

 

「うっそ!? ギンガニアちゃん結婚してたの!? じゃあ人妻!?」

「ま、まあ。そういうことになるのです……」

「つまり人妻ヒューマンワイフ!?」

「いや、それは意味が分からないのです」


 ちょっと挟んでみた黄太郎のボケをアザレアはアッサリと流した。

 だが話題そのものを流してもらっては困る。


「ギンガニアちゃん、18歳だよね? この世界ってそれくらいで結婚するの?」

「いえ、普通は20歳くらいからなのです」

「私とアザレアは学生結婚ですから、早い方です。実は私も かつては判定官を目指していて……。まあ戦闘能力が足りなくて結局は法典局の職員になりましたが」

「でも、そうやってアタシたちの仕事をサポートしてくれるのです!! 縁の下の力持ちなのです!!」

「ま、そのおかげで私はノロケを見せつけられることが多くて辟易してるんだけどね……。まあ仲人も私だったから今更だし。もう構わないけどね」

「すっごーい! ギンガニアちゃんやる~~!」


 などと話して盛り上がっている一方で、黄太郎は一人 地面に膝を着いていた。


「そ、そんな……。オリバーズさんに続いてアザレアさんも所帯持ちだなんて。異世界はリア充ばっかかよ……!! SNSで『うっわコイツメッチャ面白いけど頭おかしいわwww日頃なにしてんのwww』とか思ってフォローしてたら突然『娘のプレゼント買わなきゃ』みたいなツイートしだしたくらいの衝撃ですわ」

「なんだか よく分からないけどバカにされてる気がするのです」

「おーい、バカップル。というか、バカ夫婦。適度なところで切り上げろよ。今晩が勝負なんだからなぁ」


 と、騒いでいる彼らの様子を見てリンボーンが声を掛けた。

 アザレアは「バカ夫婦じゃないのです!」と憤っていたが、旦那のほうは「すみません」と言って会釈すると。


「じゃあ、アザレア。気を付けてね」


 そう言ってごく自然な動作で彼女にキスをすると、周囲のものにも挨拶してから帰っていった。


「きゃ~~!! カッコいいね、お姉ちゃんもドキドキしちゃったよ! 素敵な感じの方だったし、ギンガニアちゃん良い人ゲットしたね!」

「えっへん! 素敵なダーリンなのです!」


 という明るい雰囲気の彼らに対し。


「だめだ……。最後のキスがトドメでした。だれか、もっと薄暗い社会のクズのエピソード話してください。笑えるクズなエピソードみたいな感じの」


 黄太郎は濁った眼で床に突っ伏していた。

 自分は一人でも平気、みたいなことを言うこともあるが、幸せそうな人々を見れば心が荒むこともあるのだ。

 そこで様子を見かねたリンボーンが声を掛けた。


「しょうがねえなぁ。この間、ウチの部下が嫁さんに浮気バレたんだけど、嫁さんと浮気相手が取っ組み合いしてるの見て友人とカネ賭けて遊んでたら結局 友人もろとも嫁さんと浮気相手にボコボコにされた奴がいたぜぇ」

「おっしゃ!! やっぱ世の中そんなもんですよね!! メッチャ元気出た!!」

「黄君、そうやって社会の良くないところにばっかり目を向けるのが良くないんじゃないかな?」


 これから怪盗に襲われるというのに全く緊張感のない彼らの姿に、領主であるオリバーズは大きく溜息を吐き。


「大丈夫でござろうか……」


 と呟いた。

 だが、どんな時も時間だけは容赦なく過ぎていく。

 やがて日が沈み――夜がやって来た。












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