第34話





 そして、とうとう怪盗ケッパンの予告日の朝がやってきた。

 


「……必要であると思われる箇所には邪眼虫と異聞兎を配置しておきました。あとは、相手がどう出るかですね」


 地図を見ながら街を歩きつつ、黄太郎は隣のメアジストに そう言った。

 黄太郎、鉄雅音、メアジスト、アザレアの四人は今晩やって来るであろう怪盗ケッパンに対する策を見直すために、街の地理を再確認していた。


「ああ、今までの彼の手口は実に多彩だ。麻酔薬を封じ込めた魔道具で警備のものを眠らせたり、あるいは変装したり、警備兵からカギをスリ取って侵入したり、様々な方法を取っている」

「ですが、今までに死者や重傷者を出したことはないのです。恐らく、これも彼の美学というやつなのでしょう」

「へー、まさしく怪盗って感じだね。お姉ちゃん的には結構ワクワクだね! それこそ日本では探偵稼業なんてしてたし!」

「まあ、探偵って言っても表向きだけでしたけどね。実質は悪郎機関の仕事しかしてませんでしたし。ごくまれに浮気調査とか受けてましたけど。探偵っぽいことしたことないでしょ、俺ら」

「だから今から探偵っぽいことするんじゃーん!」


 鉄雅音が頬を膨らませて述べる。

 彼女としては怪盗と探偵の対決というものに心惹かれるらしい。


「そうですね、相手の怪盗がケツ丸出しじゃなければ もっと格好良かったんですが」

「それを言っちゃお終いだよ」


 四人が歩いている間にも、街の人々は元気に仕事し、子どもたちは外を駆けまわる。

 そして やはり、メアジストの顔を見れば誰もが挨拶する。


「メアジストさん! おはよう!」

「やあ、元気かい。判定官殿!」

「良い朝だな、判定官さん!」

「ええ、おはようございます」


 そして彼らの挨拶にメアジストも微笑みながら返す。

 相変わらず有名人だ。

 などと思っていると、一人の女の子がメアジストに駆け寄ってきた。

 少女は頬を赤らめ、何やら気恥ずかしそうな様子で両手を後ろに回している。


「あ、あの……」

「おはよう、可愛らしい お嬢さん。何か御用かな?」


 少女と目線を合わせるように しゃがんだメアジストに対し、少女は耳まで赤くなりながら握りしめた右手を前に出した。その手には綺麗な紫色の花が二輪、握られていた。


「あの! 判定官さんに、これ……を……」


 どうやらメアジストに花をプレゼントしに来たらしいが、少女は言いかけているうちに声が小さくなってしまった。

 自分の握りしめていた花が萎れてしまっていたからだ。

 恐らく強く握りしめ過ぎたのだろう、花はこうべを垂れてしまっていた。


「……あ! 違うの! さっきまで、さっきまで……綺麗なままだったのに」


 涙を流し困惑する少女に対し、メアジストは小さく微笑むと、彼女の握っていた花をもらって余分な茎を千切ると、一輪を自分の髪に挿し、もう一輪を少女の髪に挿した。


「綺麗な花をありがとう。これでお揃いだね」

「……うん!! お揃いだね!!」


 二人は互いに微笑み合い、やがて少女はメアジストに「お仕事がんばって下さいね!」と言ってから、手を振りつつ去っていった。

 その光景を見て。


「かっけ~~~!! 何アレ、俺も ああいうのやりたいんですけど!」

「前にもやったじゃん、この流れ。……じゃあ試しにやるけど、黄君だったら花を渡されたら何て返すの?」

「『俺のほうが綺麗だよ』とかですかね」

「死ね、シンプルに死ね」

「それ、もうツッコミって言うか暴言じゃないですか」

「はあ~~~~~メア様カッコいい!! たまんねぇええへへへへへ!!」

((うっわ怖ッ!!))


 少女に微笑みながら手を振るメアジストを見て、涎を垂らしながら光悦に浸るアザレアの姿に、黄太郎と鉄雅音は純粋に恐怖していた。

 時間が経ち、流石に黄太郎だけでなく鉄雅音も彼女のヤバさには気付いていた。


「……というか、エトレットさん達ってこの街には今回の怪盗騒ぎで来たんですよね? その割には街の人はエトレットさん大好きですけど、何でですか? やっぱり有名人だから? あと顔が良いから? それとも顔が良いから?」

「確かにメア先輩は顔が良いし、有名人でもありますが、それだけではないのです」


 黄太郎の言葉に、アザレアが涎を拭って返し、先を歩いていくメアジストに付いて行く。――ちなみに、アザレアは今の涎もメアジストには気付かれないよう巧みに隠していた。


「メア先輩は毎朝 街を歩いて人々に声を掛けるのです。街を見ている人が居ると、自分達はこの街を守りに来たのだと伝えるために。そう言う日々の積み重ねの人徳でメア先輩は慕われるようになったのです。些細なことでも、積み重ねが大事なのです!」

「ふーん、そうなんですね」

「……あと、そうすることで自分自身も街に好きになろうとしているそうなのです」

『ん? どういうこと? お姉ちゃん分かんない』

「えっと、メア先輩いわく『好きでない相手には命なんて懸けられないし、本気で守ろうと思えないよ。だから、守るべきものを守りたいものだと思えるように、自分も好きになろうとすることが大事なのさ』ってことだそうです」

「へー、なるほど」

 

 面白い発想だ、というのが黄太郎の感想だった。

 彼は仕事に命を懸けることもあるが、基本的に仕事は仕事と割り切っている。

 もちろん自分の仕事にプライドはあるが、それが全てではないし、守るべき対象に必要以上に思い入れを持とうとするという発想はなかった。

 故に。


(面白い発想だな。マネはしないけど。……ちょっと真面目すぎるもんな、考え方が。だからこそ面白いんだけど)


 などと話していると。


「おはようございます! 判定官の御二人、そして先生方!」


 アイバラ守備兵団の兵士達が彼らに声を掛けた。

 先生方、というのは黄太郎と鉄雅音のことだ。

 彼らはオリバーズから与えられた身分証明書により、異国から流れてきた武術家の三代目と そのパートナーである異国の使い魔であるということにしてあり、彼らはオリバーズが今回の事件の対策のために呼んだ、ということにしてある。

 なお最初に城壁で戦ったのは、守備兵団の兵士達の力を測るテスト――ということにされた。そんなものを兵士達がアッサリ信じるのか、と思っていたが、彼らは「なるほど! そうだったんですね!!」と直ぐに信じてしまった。

 彼らの純粋さが何となく恐ろしい黄太郎だった。


「ええ、おはよう。で、何用かな?」

「はい! オリバーズ領主殿とリンボーン団長の準備が整いました! これから最終確認のための会議を開きます! 領主館のほうにいらしてください!」

「そうか、思ったよりも早かったね」


 と言うと、メアジストは自分の髪に差された花に触れながら、街の人々に目を向けた。


「……誰も彼もが能天気な街だが、だからこそ平和で毎日 楽しい。良い街だ。……この街の平和は、我々が守らなくてはな」

「はい、メア先輩!!」


 と、歩き出すメアジストの後をアザレアが追いかけた。

 更にその後ろをついていく黄太郎と鉄雅音は。


「やっぱ綺麗な人は何をしても様になりますよねえ。でも俺もサイドチェストなら負けませんよ!! ふん!!」

「黄君はもっと内面を磨こうよ」


 などと、のんびりしたことを言っていた。








 






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