第33話 




 法典局の支局を出た黄太郎達は、アイバラの街の中で最も高い建築物である鐘楼――時を告げる鐘を有する塔――にまでやってきていた。

 アイバラは話に訊いていた通りに活気のある街で、大勢の人が行きかい、そしてチラホラと昼から酒を飲んでトランプ遊びに興じている老人たちがいる。

 本当に呑気な町であるようだ。


「あら! 判定官さん達じゃないの! お仕事がんばってねえ」

「メアジストさん! 今日もお綺麗で羨ましいわぁ!」

「判定官のお姉さん達、こんにちは!!」


 そして街中に立っているだけで判定官の二人――特にメアジストは周囲の人々に声を掛けられている。

 二人もアイバラに来て間もないはずだが、やはり有名人というのは違うらしい。


「へー、大人気じゃないですか」

『いいなあ、お姉ちゃんも“お姉ちゃん”って呼んで欲しいよ』


 そう言われたメアジストは照れくさそうに「んんっ」と咳払いしてから、黄太郎に声を掛けた。


「……で、目と耳っていうのは何なんだい?」

「まあまあ、そんなに焦らずに。……テーラー『に‐1』」


 メアジストに急かされながら、黄太郎がテーラーに指示を出すと電子音声が『かしこまりました』と答えた後、彼の足元に黒い霧のようなものが現れ、やがて その霧は――体長五十センチほどで口には牙の生えた巨大なミミズに変化した。


「いやあああああ気持ち悪い!!」


 思わずアザレアが隣のメアジストに抱き着いた。

 確かに見た目は かなりグロテスクだ。

 体長が五十センチもある上に やたらとヌラヌラしたミミズなど、大抵の人間は苦手だろう。


「まじまじと眺めるには少々きつい外見だが……。これはどういうものなんだ?」

「はい、これは『四木々流陰陽術・邪眼虫じゃがんちゅう』と言いまして。数キロ先の人間の顔を識別する視力を持つ虫で、かつ視界は俺の片目とリンクさせることができる優れものなんですよ。ケッパンが来たら すぐに見つけられますよ」

「とは言うが……肝心の眼が見当たらないのだけれど?」


 メアジストの指摘通り、一見すると邪眼虫には目が付いていない。

 これでどうやって周囲を監視するというのか。



「いいとこに気付きましたね、流石エトレットさん! 良いですか、邪眼虫の口を見てください」


 と黄太郎が話していると、邪眼虫が頭を持ち上げ ゆらゆらと振った後に、牙の生えた口を広げて。


「うじゅるるるる」

「ほら! こうやって口の中から眼球を出すことで周囲を見ることが出来るようになるんです!!」

「「いやああああああ気持ち悪いぃいいいいいい!!」」


 口から眼球を覗かせる巨大なミミズの姿に、思わずアザレアだけでなくメアジストまでもが悲鳴を上げ、今度は互いに抱き合った。


「本気で気持ち悪いのです! なんでそんなグロいことになってるのですか!?」

「いやあ、文句を言うなら邪眼虫を生み出した昔の陰陽師に行ってくださいよ。俺が生み出したわけじゃないし」

「わ、分かったから! 早くそれを何とかしてくれないか!」

「しょうがないですねえ、じゃあ鉄雅音さん」

『はーい』



 握りしめた鉄雅音を振り上げると、黄太郎の目の前に黒い球体状のエネルギー体が現れる。それを鉄雅音で叩くと釘に変化し、邪眼虫の頭を鐘楼の壁に打ち付けると、二つを一体化させた。

 邪眼虫の身体が鐘楼の中に潜っていき、建物の壁の中を泳ぐようにして鐘楼のてっぺんにまで登っていく。


「見た目はグロいですが、これ便利なんですよ。高台に適当に配置しておくだけで、かなり広い視界が得られるので」

「分かったのです! 分かったから次に進んで欲しいのです!」

「……ところで、その……すまない。アザレア、君の手が……私の胸に」

「はッ!? すみません、つい……」


 どうやら抱き合った拍子にアザレアの手がメアジストの胸に触れてしまっていたらしい。

 黄太郎はそんな様子を見ながら(良いなあ、そう言うのって どっちかというと異世界転移してやってきた俺に起きるべきイベントでは……)などと思っていたのだが。

 その時、バツが悪そうな表情をしてメアジストの背後に隠れ、背を向けるようにして立っていたアザレアが。


「メア先輩のオッパイに触った手……。これって最早 間接的にメア先輩のオッパイなのでは……!?」


 などと言ってから何かにハッと気づいた様子で。


「ぺろっ! ぺろぺろぺろぺろ!!」


 自分の手を舐めまわし始めた。


「いや何やってんですかギンガニアさん!?」


 その光景を見た黄太郎が思わずツッコんだ。

 

「うん? 乱葉、どうかしたのかい?」

「いや今ギンガニアさんがエトレットさんの胸を触った自分の手を舐めまわしていたんですよ!!」

「失礼な!? アタシがそんな変態行為に及ぶとでも!?」


 彼女はシレっと自分の手をポケットに突っ込み、唾液で濡れた手を誤魔化していた。


「及んでたじゃないですか!! ちょぼ〇うにょ〇み先生のマンガのキャラみたいな顔して自分の手を舐めまわしていたじゃないですか!! 弱〇性ミリ〇ンアーサーに登場しそうな顔してましたよ!!」

「乱葉黄太郎、私の可愛い後輩を変態扱いするのは やめてくれ。彼女は確かに私を好き過ぎているが、そんな変態ではないはずだよ」

「そうなのです! いくら何でも失礼なのですよ! っていうか、そんなことよりも耳っていうのがどんなのか気になるのです! 早く見せて欲しいのです!」

(こいつ、エトレットさんに判定されまいと必死になりやがって……!)


 なぜ身内には甘いんだ、というメアジストに対する思いもあるが、しかし彼女はアザレアを判定するつもりはないようなので、このままでは黄太郎のほうが変な扱いを受けてしまいそうだ。

 ちなみに知らない方のために説明すると、ちょぼ〇うにょ〇み先生とは割とかわいい絵柄で四コマ漫画を描く女性作家なのだが、作品内容は完全に狂っており『FXで有り金全部 溶かした顔』の元ネタを作った作家である。


「クッソ! ねえ、鉄雅音さんは見てましたよね!!」

『えっ? ごめん。モントゴメリー山下のこと考えてた』

「誰だよモントゴメリー山下って!! ……はあ、もういいです。とっとと次に行きましょう」


 身内に甘いメアジストはアザレアに判定を行う気配はないので、黄太郎は次の陰陽術を見せることにした。


「テーラー、『に‐2』」

『かしこまりました』


 合成音声が答えた後、またしても黄太郎の足元に黒い霧が現れ、やがて その霧は――愛らしいウサギに変化した。


「まあ! 可愛いのです!」

「でしょう? これは『四木々流陰陽術・異聞兎いぶんうさぎ』と言いまして。優れた聴覚を持っているんです」


 黄太郎の説明を聞きつつ、アザレアは異聞兎を近くで眺めようと しゃがみこんだ。一方の異聞兎は というと、マイペースに前足で耳を掻いていた。

 しかし、そこで。

 異聞兎は喉を小刻みに震わせると。


「うごろろろろ!!」

「まあ実は頭の耳はダミーで、本物の耳はこうやって口から出てくる赤黒い内臓みたいなやつなんですけどね」

「いやあああああああああ!! だから何でこんなに気持ち悪いのばっかりなのですかぁああああ!!」


 可愛らしい兎の口から吐きだされた、可愛くない生々しい耳を見て、アザレアは泣きながらメアジストの胸に飛び込み、顔をうずめた。


「……乱葉黄太郎、君のそれはわざとか?」

「別に狙っているわけではないんですけど……」

「うう、もうヤダこんなの……ぐすん」


 と、アザレアはメアジストの胸元に顔をうずめたまま鼻をすすっていたが、やがて。


「ぐすん……ぐすん……。スンスン、はすはす! くんかくんか!」


 いつの間にやらメアジストの体臭を嗅ぎ始めた。


「ちょ!? 何やってんですかギンガニアさん!?」

「えっ? 何かあったのですか?」

「すげえ!! あんだけエトレットさんの体臭を嗅いでおいて しらばっくれるんですか!?」

「体臭……? やれやれ、何度 言わせるんだ。私の可愛い後輩を変態のように言わないでくれ」

「本当ですよ、失礼しちゃうのです」


 そう言いながらも、アザレアはメアジストに抱き着いたままクンカクンカと匂いを嗅いでいる。

 確信犯である。

 メアジストもメアジストで なぜ気づかないのか。


「ねえ、鉄雅音さん! 今度こそ見たでしょ!?」

『あっ、ごめん。今度はアイアンフィスト中谷のこと考えてた』

「だから誰なんですかそれ!? ポプテ〇ピックみたいなネタをかましやがって!! なんでこんなに竹書房のマンガみたいな展開が続くんですか!?」

「あっ、すまない。……アザレア、今度は君の手が私のお尻に」

「ああ! ごめんなさい、メア先輩!! 手を伸ばしたら、ちょうど……!」

「いや確信犯でしょーが絶対に!!」



 などと、本筋に関係ない話をしているうちに、黄太郎達が仲間になっての初日が終わっていった。



















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