第32話





 怪盗“ケッパン”は この数か月ほどブラビアス王国全体で活動している盗賊だ。

 怪盗の名に相応しく、自分のルールを持ったうえで盗みを行い、他人を余計に傷つけることなく、狙った獲物だけを盗み取っていく その手口は実に鮮やかだ。盗む対象は何らかの美術品であり、そのどれもが高い価値を持つ一級品ばかりだ。

 彼は活動を始めてから既に七件の盗みを達成しており、初めはブラビアス王国北部で活動していたが徐々に南下し、王都を経て、とうとう彼の予告状がアイバラの美術館に送り付けられることとなった。

 新聞や民衆はケッパンの盗みを娯楽として消費しているが、盗まれた側としてはたまったものではない。特に王国側の対応は完全に後手に回ってしまったので、批判も大きい。

 実際、王国側はケッパンの素顔や本名・固有魔法さえも把握しきれていない。

 そのため、予告状が送り付けられたアイバラに王国内でも名の知れたメアジストとパートナーのアザレアが派遣されることになったのだ。


 これまでに分かっていることは、ケッパンが単独犯であること。人を傷つけることを好まないこと。盗みの前には予告状を送り、いつ・どこで・何を盗むか予め伝えておくこと。

 そして獲物を盗んだ後に“ケッパン”を残していくということである。


「……なるほど、血判ですか。それは穏やかじゃないですね」

「あー、いや。……そう言うわけではないのですが」


 話を聞いて情報を整理していた黄太郎に対し、アザレアが何かを言い淀んでいた。


「ん? 何か間違えましたか、俺?」

「間違いというか、なんというか……。その……」

「――アザレア、私から説明しよう」


 顔を赤らめ、言い淀んでいるアザレアの代わりに、メアジストが口を開いた。


「乱葉黄太郎、鉄雅音。よく聞いてくれ。……ケッパンとは、血判。つまり血で押した判のことではない」

「えっ、なら何のことなんですか?」

「“ケツ”で押した“ハンコ”、略して“ケッパン”だ」

『いや意味わかんねーよ!! どういうことだよ!!』


 メアジストのカミングアウトに、思わず鉄雅音が金槌の姿のまま声を荒げてツッコんだ。

 そりゃそうである。

 どの世界に盗みの後にケツでハンコを押す怪盗が居るのか、まあ異世界に居たのだが。


「彼はタキシードにシルクハット、その上で顔が見えないように仮面をしているのだが、何故か お尻の部分だけ布を切り取ってあってね。そこにインクを付けてお尻の形のハンコを残していくのさ」

『ド変態じゃねーか!! お姉ちゃん達に そんな奴を捕まえろって言うの!?』

「ア、アタシ達だって好き好んで こんな変態を追ってるわけじゃないのです!! だいたい、そっちはまだマシなのですよ!! こちとら『怪盗ケッパン専任判定官』なのですよ!! 友人は苦笑い、家族は爆笑なのです!!」

『あっ、それはゴメン』

「……なんか俺、その怪盗と割と仲良くなれる気がしますね」

『黄君は早く その悪ノリする中学生みたいな思考回路を捨ててくんないかな!!』

「――そう言わないでくれ、これも仕事だからね。まず、これが送り付けられた予告状だ」


 メアジストが場を鎮め、捜査資料として預かっていたケッパンの予告状を机の上に置く。

 黄太郎はサングラスを掛けなおし、テーラーと無線接続することで予告状の異世界語を解読する。


「なになに……。“アイバラ美術館の『孤独な姫君のアンティークドール』を頂きにまいります”ですか。決行の期日は三日後。もうあまり時間はないですね」

「ああ、彼は確かに変態だが腕は確かだ。厄介だぞ」

「そうなのです。彼がただの変態なら捕まえて お終いだったのですが、なまじ腕が立つので こんなことになってしまったのです」

「……そうですか。では、俺達の仕事を見せる時でしょうかね」

『そうだね』


 と言うと、黄太郎は左手に鉄雅音を、右手にスマートフォンを持って立ち上がると、メアジストに声を掛けた。


「エトレットさん、最高にイケてるポーズ取ってもらっていいですか?」

「ん? 何だい、いきなり?」


 と言いながらもメアジストは腰に右手を当て、身体をS字に くねらせつつ、左手で自分の前髪をかき上げる。

 自分の美しさを理解していないとできないポーズである。

 すると、黄太郎は そんなメアジストの姿をスマートフォンのカメラで撮影した。“カシャ!”というスマホ特有のシャッター音が響いた。


「こんな感じで、スマートフォンは写真も撮れるんです。……ああ、こっちの世界にも写真ってあるんですかね? 伝わります?」

「ああ、写真なら この世界にもある。しかし驚いたな。こんなに簡単に高品質なものが取れるのか」

「ちょ!! それ言い値で良いから売って欲しいのです!!」

「……いいかい、アザレア。そう言うのは本人が居ないときに言うものだよ」


 興奮するアザレアをたしなめるようにメアジストが声を掛けた。

 そんな二人のやり取りを意に介することなく、黄太郎はカメラモードを起動したまま、左手の鉄雅音を振り上げた。


「いま見てもらったように、スマホでは写真が取れます。そして俺たちの世界では、というか俺ら陰陽師はと考えています。そうやってに思いが宿って生まれるのが付喪神なわけですしね。じゃあ、スマホのカメラ機能を俺たちの能力で一体化させたらどうなると思います?」


 黄太郎がケッパンの予告状に自分のスマホを釘で打ち付けた。

 黒い釘に貫かれたスマホと予告状は やがて一体化し、写真の中にカメラが半分ほど沈み込んだ。

 すると、スマホの液晶画面に何かが浮き出してきた。不明瞭ではあるが、どうやら人間の男性が石造りの部屋の一室に立っているところのようだ。その左手には羽ペンが握られている。部屋は殺風景で、家具の類は椅子が一つしか見当たらない。

 こちらに後ろ姿を向ける彼はタキシードを着用しているが、一番の特徴としてスラックスのお尻の部分を切り取っていることが目についた。


「こ、これは!! 怪盗ケッパンなのです!!」

『この人、私生活でもケツ出してるんだね……。お姉ちゃんは割と本気で引いてるよ』

「た、確かに……。でも、ここまではっきりと彼の姿を捉えることができた資料は初めてだ。……だが、顔は良く見えないな。惜しい、これで顔がはっきり映っていれば……」

「ええ、そうですね。――でも、分かることも多いですよ。ペンを左手に持っていることから恐らく左利き。体格は約180センチで、筋肉質な体型。特に首から肩にかけての筋肉が発達していますね。多分、何かの武術を習得した経験があるんじゃないでしょうか。あと髪の色は青っぽいですね」

「……乱葉さん、どうやら貴方の能力を見くびっていたようなのです」

『まーまー、それほどのことはあるよ』

「ですね。これはまだ序の口ですよ。まだまだ幾らでも引き出しはありますから」


 と言って黄太郎は不敵に笑うと。


「さて、それじゃあ外に行きましょう。『目』と『耳』を増やさないと」













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