第2章 共闘

第31話






 かつて この世界は争いに包まれていた。

 多量の魔力と高い魔力操作性を持つエルフ、力強いパワーと手先の器用さを併せ持つドワーフ、小柄だが俊敏で常に冷静な気質を持つハーフリング、強靭な肉体と優れた感覚を持つ獣人、そして特筆した能力はないが その分バランスの取れた地球人とほぼ同種のヒューマニア。

 これら それぞれの種族が同種ごとの群れを作り、争い合っていた。

 自分達こそが正しい『人間』であると主張し合って。

 しかし、ある時この世界に一人の勇者と呼ばれる存在が異世界から現れた。

 彼のおかげで、全ての種族は同じ人間であり一致団結できると学んだ彼らは、集まって大きな国を作るようになり、そして全ての『人間』に共通の敵である魔族と戦うための繋がりを作った。

 それが“四ヶ国同盟”の始まりである。

 だが、勇者が作り上げたのは それだけではなかった。

 それまでは火や水・風といった自然を司る基本魔法、結界を張ったり傷を癒すことのできる応用魔法、重力操作や空間移動などの特質魔法などで全てだと思われていた魔法術に、一人一人のオリジナルの魔法である固有魔法という新たな種類の魔法を作り出したのだ。

 彼の生み出した固有魔法が世界に与えた影響力は凄まじく、人間はおろか敵である魔族までもが固有魔法を身に着けるようになった。

 そして勇者が居なくなって数百年の歳月が流れ、世界の文明・文化は飛躍的に進歩したが、いまだに魔族とは和解することなく対立を続けている。



「――なるほど、この世界の歴史に関しては一通り読み終わりました」


 と、サングラスを掛けたまま分厚い歴史書を眺めていた黄太郎が呟き、本を閉じた。

 オリバーズを始めとする この世界の人間達と手を結んでから、黄太郎が真っ先に行ったことは この世界の歴史について正しく学ぶための読書、ということであった。

 だが、この世界の言語は音声自体は同じものであるが、使用する文字は異なる。

 ならば、その文字はどうやって解読したのか。

 簡単なことだ。


「驚いたね。……スマートフォン、だったかな? こんなにも簡単に文字を翻訳できるだなんて」


 そう、文明の利器の力を借りたのだ。

 まずはメアジストに頼んで文字に対応する発音を発声してもらい、それをスマホに録音。更に文法などを学ぶために10分ほど本を読んでもらいつつ、どこを読んでいるのか指で指し示し、更にその様子を撮影したデータをAIアシスタントである『テーラー』に解読させたのだ。

 その上 黄太郎のサングラスも ただのサングラスではない。

 レンズに映像を投影できる優れものだ。

 このサングラスを掛けた状態で本を読めば、無線接続したテーラーが自動的に本の内容を翻訳してくれるので、ごく自然に本を読めるようになる。

 ちなみに今 彼らはメアジストたち判定官の拠点となる法典局――いわゆる裁判所のようなもの――のアイバラ支局の資料室に居り、そこで様々な本や資料を読んでいるところだ。

 


「流石に全く知らない言語なら、もっと翻訳に時間も掛かったでしょうが、何せ言語の音声は同じですからね。その上 文字の構造を単純ですし、となればウチのテーラーなら容易く解析してくれますよ」

『恐れ入ります』


 鉄雅音の握るテーラーが落ち着いた声音で そう答える。

 ちなみに何故 鉄雅音がテーラー握っているかというと、彼女は今カメラで異世界の本を映し、それが画面上でリアルタイムに翻訳してくれるのを見て遊んでいるからだ。


「どう! すごいでしょ、これが悪郎の技術だよ!」

「た、確かにスゴイのです!」

「鉄雅音さん、バッテリーもったいないから遊び過ぎないでくださいね」


 その光景を見た黄太郎が軽く たしなめる。

 異世界では どこでもスマートフォンが充電できるわけではない。

 とはいえ、もちろん充電ができないわけではない。


「バッテリー? それがコレのエネルギー源なのかい? どうやって補充するんだ?」

「スマホにカバーついてるでしょ? アレに太陽光電池が仕込んであるので日光を当てれば勝手に充電してくれますよ」

「……本当に便利だね」


 メアジストの問いに黄太郎が答える。

 ちなみにスマホ自体は防水・防塵機能が備え付けられており、スマホカバーは太陽光電池になるだけでなく防弾素材も仕込んであるので強度も非常に高い。

 その分、重くて かさばるのだが それくらいは仕方ないことだろう。


「で、この本に出てくる固有魔法ってのがエトレットさんの相反する一対の刃アンクレットコールズとか、そう言うのなんですね?」

「……ああ、もう隠しても仕方ないから教えよう。これが私の固有魔法『相反する一対の刃アンクレットコールズ』だ」


 そう言ってメアジストは自分の両手に二本のレイピアを出現させた。


「こっちの赤紫剣クリヤキンは“私が攻撃し、かつ相手が攻撃を防御した際にのみ衝撃波を発生させて相手を硬直させる能力があるんだ。そして、こっちの青紫剣ナポレオンは針のように伸びて自在に操作できるという能力で、射程距離は40メートルくらいかな」


 レイピアは かなり軽いらしく彼女は両手にそれぞれ持ったままクルクルと回転させた後、能力を解除した。

 続けて、黄太郎はアザレアの方に視線を向ける。


「ギンガニアさんのも能力名とかあるんですか?」

「……アタシのは『世界を超えてウォンテッド』という能力なのです。貴方の仰ったように自分が跳躍している間のみ、重力以外の全てに認識されなくななるのです。足から着地した時点で解除されますが。分類的には『干渉・圧縮』型になるのですよ」


 そう言って彼女が その場で跳んでみると、確かに跳躍している間にのみ彼女の姿が消え、全く認識できなくなった。

 使いどころは限られるが、非常に強力な能力だ。

 だが、それ以上に気になる発言があった。


「その干渉・圧縮型って言うのは何なんですか?」

「ああ、そうか。異世界から来た君は知らないんだね。私達の固有魔法は二要因の二水準、つまり計四パターンに分類できるんだ」


 そう言ってメアジストが解説してくれた。

 まず一つ目の要因は、固有魔法を発動する際に“魔力をどのような形で使用するか”だ。これは魔力を物体化させる『創造』型と、外界に干渉するためのエネルギーとして そのまま消費する『干渉』型の二つに分かれる。

 創造型は最初に物体化させるための魔力が必要になるが、能力を発動する媒体が ある分 能力使用時の無駄な魔力の消費を抑えることができ、効率よく魔力を使うことができる。ただ、デメリットとして物体化の時点で魔力を消費すること、そして創造したものの形状から ある程度は能力が推測されてしまう可能性がある。

 例えば、メアジストの相反する一対の刃アンクレットコールズであれば、創造した時点で剣であることが分かるので、能力も斬撃に関わるものであることが分かってしまう。

 対して干渉型は、魔力を そのままエネルギー源として特殊な事象を発現させるので、能力を推測されにくい。その上、直接的に魔力をぶつける分 効果範囲も広いことが多い。ただ その代わりに、能力発動時に余分な魔力が溶け出し、消費されてしまうのでエネルギー効率が悪い。


 そして二つ目の要因が“魔力を内に向けるか・外に向けるか”ということになる。

 魔力を内に向ける『圧縮』型は、自分自身や自分の武器などに魔力を向けるものであり、巨大な破壊などは苦手だが逆に一点に集中して魔力をぶつけたり、あるいは魔力の消費を抑えて能力を発動できる。

 アザレアの世界を超えてウォンテッドや、メアジストの青紫剣ナポレオンが それに当たる。

 対して魔力を外側に向けるのは『開放』型と呼ばれ、自分の魔力を放出させることで外界に強い影響力を与えることができる。その性質上、巨大な破壊などの単純な火力や威力には最も優れているが、外に向けて魔力を放つ分 魔力の消費も大きい。

 メアジストの赤紫剣クリヤキンがそれに当たる。


「なるほど。面白いですね」

「あくまで傾向だが、性質上 魔力量が多くて多少のロスを気にしないならパワーに特化した『干渉・開放』型になることが多く、一方で魔力量の少ないものは魔力のロスを抑えるために『創造・圧縮』型になることが多い。実際、私自身そうだからね」


 と言ってメアジストは肩をすくめる。

 彼女も極端に魔力が少ないわけではないが、それでも人よりは少ない方だ。ならば魔力のロスは少しでも少ないほうが良い。


「まあ、判定官は職業柄 犯罪者を、特に人混みに紛れた犯罪者を追うことが多いからね。必然、街中での戦闘が多い。となれば周囲を巻き込まないように圧縮型の能力になることが多いんだ」

「アタシが圧縮型なのも 犯罪者を追うのに都合が良いからなのです」

「……へえ、そうなんですね。っと! ここまで話してもらったんだし、俺達も応えるべきでしょう。鉄雅音さん」

「ん、分かった」


 そう言って鉄雅音と黄太郎の二人が手を取り合う。

 すると、まばゆい光とともに鉄雅音が一本の金槌に変化していた。


「俺たちの能力は『釘を打ち付けることで二つのものを一つに一体化させる』というものです。悪郎機関では式神術式に名前をつける習慣がないので、単純に“能力”とかって呼びますね」

『お姉ちゃん達が自分で言うのもなんだけど、結構 便利な能力なんだよ』

「人間と地面や建物を一体化させれば敵を拘束できますし、逆に自分たちは容易く敵陣に潜入できますからね。他にも録音機器や撮影機器を建物や人間の身体に一体化させればバレることなく情報を奪うこともできます」

「確かに、汎用性は高い能力なのです」

「ただ、制限として生物同士では一体化させることができないんです。何故かは分かりませんが弾かれるんですよ。それと、基本的には一体化させることができるものは二つまで。それ以上 一体化させると全て破損します」

「……基本的には、ね」

「おっと。嘘にならないよう気を付けたんですが、そう言うのちゃんと見てるんですね。こういうのが判定官のスキルなんでしょうか」


 メアジストの言葉に、黄太郎が笑みを浮かべて答える。

 そう、黄太郎と鉄雅音の式神術式は基本的に一体化させることが出来るのは二つまで。それ以上は無理なのだが、例外もある。


「ま、そこらへんは おいおいってことで、お願いします」

「……構わないさ。まだ互いに値踏みし合っている段階だからね」


 メアジストも今すぐに黄太郎に全てを話してもらおうというわけではない。

 あくまでビジネスが成立すれば、それでいい。


「じゃ、そろそろ仕事の話をしましょうか」

「そうだね。……では、今回の相手。つまり怪盗“ケッパン”について説明しよう」


 

  











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