第29話 翌朝 その2
それから、彼らは領主館の地下室に向かうと、隷属魔法を掛けるために呼ばれた魔法使いと合流した。その部屋では魔法使いの手によって既に準備が整っており、地面には赤いインクで描かれた魔法陣が、部屋の中心部に置かれたテーブルには二本の銀色に輝くナイフが置かれていた。
部屋に入ると、黄太郎は辺りをキョロキョロと見まわしていた。
「お待ちしておりましたよ。それでは、早速参りましょうかね」
その魔法使いは、大きな丸眼鏡に黒いトンガリ帽子という実に魔女らしい服装をしており、彼女の姿を見た黄太郎は思わず。
「……すみません、ねるねるねるね作ってもらえませんか?」
「はい? 何かねえ それは?」
「いや異世界にねるねるねるねは無いだろ」
思わず そんなことを言って鉄雅音にツッコまれてしまっていた。
「よく分からん話題で盛り上がってるところ悪いが、こっちの準備は整ってるんだよなぁ。そっちはどうだぁ?」
「ああ、これは失礼。こっちも問題ないですよ」
「じゃあ、魔法陣の中心に二人で並んでもらえるかねぇ? 後の手順は判定官殿にはもう伝えてあるから、彼女の真似をすればいいだけさね。アタシャ呪文の詠唱に移らせてもらうよ」
指示を受け、メアジストと黄太郎は向かい合おうようにして立ち、魔法使いは両手を交差させたうえでブツブツと何か呪文を唱える。
その間にメアジストは自分のループタイを緩めてシャツも第二ボタンまで開け、ナイフを一本 手に取ると、自分の左手の人差し指の先をナイフで切り裂く。それを見た黄太郎も同様にネクタイを緩めてシャツを軽く開けて首元を開けると、自分の指先を切り、血を滴らせる。
「……メア先輩。本当に、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。心配しないで」
その光景を眺めていたアザレアが不安げに声を掛けるが、メアジストは微笑みとともに返した。
一方、黄太郎のパートナーであるはずの鉄雅音は特にやることもないので「ねえ、オリバーズ君は奥さんとどんな感じで出会ったの? お姉ちゃんにも教えてよ!」などと恋バナに うつつを抜かしていた。
流石である。
「……呪文は唱え終わりました。両者ともに、自分の切った指先で相手の首元に触れてくだされ」
言われた通り、メアジストは黄太郎の首元に左手で触れる。すると、当然のことながら彼の肌にメアジストの血が付着し、肌の上をゆっくりと流れていく。そして黄太郎もまた同様にした。
すると魔法陣が怪しく光りだし、周囲を照らし出す。
「……さあ! 互いに自らの名を名乗り、その後に自分が相手に隷属するということをはっきりと口に出して示してくだされ!」
魔法使いの言葉を受け、二人は互いに見つめ合いながら口を開いた。
「メアジスト・アイズレイ・エトレット。私は――」
「乱葉黄太郎。俺は――」
「「あなたに隷属します」」
両者の言葉が重なると同時に、彼らの首筋を流れていた血液に変化が生じた。
まるで意思を持って動いているかのように血液が蠢き、彼らの首を一周したのだ。傍目に見ると それはチョーカーか何かのように見える。
しかし、変化はそれだけでは終わらなかった。
血液が彼らの肌の中に染み込み、まるでタトゥーのような模様に変化したのだ。
そこまで終わると、両者の脳内で何かが変化した。
ほんの一瞬 意識が明滅し、僅かに頭痛がした。
「――ッつ!? これは?」
「……私も初めて覚える感覚だな。何だい、これは?」
「その感覚は隷属魔法が適切に発動した証拠ですじゃ。ふぅ、どうにか上手くいったようですじゃ」
魔法使いは息を吐き出しつつ、額の汗をぬぐった。
どうやら それなりに繊細な作業であったらしい。
「じゃあ、ちょっと試してみますか? エトレットさん。俺の――」
「――フッ!!」
言い終わる前に、メアジストは黄太郎の側頭部 目掛けてハイキックを放った。
――ボッ!! と空気を押しのける音が響き、黄太郎のこめかみを爪先が打ち抜く寸前に、何か見えない壁のようなものによってメアジストのハイキックが受け止められた。
「なるほど、確かに攻撃できないね」
「……これからは いわばバディなわけですし、いきなり蹴りかかってくれるのは控えてもらえませんかね?」
「善処しよう」
「善処するってのは俺たちの故郷だと『実際には何もしない』って意味でしたけどね」
メアジストの言葉に黄太郎が肩をすくめた。
場所は変わって元の応接間。
「さて。……これで第一段階は終了ですな。次は最初に話した通り。我らの敵である怪盗の捕縛にご助力いただきたい。その働き次第では、貴方達が国内である程度 自由に動けるようなポストを用意しますぞ」
「ええ、ご期待に副えるように頑張りますよ」
「はーい、お姉ちゃんも頑張りまーす」
オリバーズの言葉に、二人はやる気があるのか無いのか分からないような返事をした。
そんな彼らに対し、オリバーズが合図すると執事長が何やらカードのようなものを持ってきた。大きさとしては運転免許証くらいのサイズだろうか。
「この国における身分証明書です。これもまた あくまで暫定的なもの、ですが。黄太郎さんは異国から来た武術家でブラビアス王国には武術指南役として呼ばれたということにしましょう。鉄雅音さんに関しては、その使い魔ということにします。使い魔であれば魔獣や魔族を使役するものも居ますからな」
「……できれば、俺は異国から来た人間の三代目くらいにしてもらえません?」
「ん? それは可能ですが……。何故ですかな?」
「異国ってのが何処かは知りませんが、もし何かの拍子に同郷のものと出くわして故郷の話を振られるとボロを出しかねないですからね。その点、異国を流れて三代目ということにすれば、技術のみ継承して故郷の文化などは薄れてしまったということに出来ますからね」
「……ふむ、一理ありますな。では、それだけ書き換えておきましょう」
「ありがとうございます」
「礼には及びませんよ。……さて、では怪盗に関する情報の詳細ですが、これに関しては判定官の御二人が最も詳しいですからな。そちらにお任せします」
「はい、分かりました」
「分かったのです!」
「じゃ、領主殿と俺は別件があるんでなぁ。あとはそっちに任すぜぇ」
と言うと、オリバーズとリンボーンの二人が立ち上がった。
どうやら、この先は判定官の二人に一任するらしい。
「畏まりました。では、あとは此方でやっておきます。……これから法典局というところに行く。私達 判定官の職場だ。いいな、乱葉?」
「ええ、それはもちろん。ただその前に……オリバーズ・グレンク領主殿。リンボーン・ディングレー守備兵団長。これまでは何かとありましたが、少なくとも暫くの間 俺たち――失礼。私達は仲間です。以後、よろしくお願い致します」
そう言って、黄太郎と鉄雅音の二人が深々と頭を下げた。
彼らの対応にオリバーズは僅かに目を見開き、リンボーンは軽く口笛を吹いた。
「あ、ああ。そうですな、こちらこそ よろしくお願いしますぞ」
「おお、よろしくなぁ」
「――ただ最後に一つ。私の言えたことではありませんが、
面を上げ、黄太郎は そんなことを言った。
彼の言葉に判定官の二人と鉄雅音はキョトンとしていたが、リンボーンとオリバーズだけは僅かに動揺をにじませていた。
だが、彼の言葉にオリバーズが笑みとともに返す。
「はっはっは! そうですな、仰る通りです」
――それから少しして。
オリバーズは領主館から歩き去っていく黄太郎ら四人の後ろ姿を窓から見下ろしており、リンボーンのほうはソファにふんぞり返っていた。
「あーあ、バレバレでしたねぇ。アイツ、やっぱ勘が良いんですかねぇ」
「リンボ、姿勢を正せ。失礼だぞ」
というオリバーズの言葉に。
『ははっ。俺様はそのくらいで腹を立てるほど器は小さくないぜ。楽しみにとっておいたプリンを勝手に食われたら極刑にするけどな』
壁に飾られていた鎧が答えた。
いや、正確には鎧の兜の中に仕込まれた小さな水晶から声が届けられたのだ。
『まーでも。確かに お前らの言う通りに厄介だな、あの男。少なくともこちらから敵対すべきじゃない』
「私もそう思いますぞ。……ただ、決して悪い人間ではない気がします。事実、彼と戦った相手は誰もケガしていませんからな」
「それもコッチの印象を良くする策なんじゃねえのぉ、オリバ? ……ま、人を見る目だけはある お前がそう言うってことは、多分そうなんだろうがな」
「それは流石に買い被りだぞ、リンボ」
『何にせよ。今はまだ結論を急ぐべきじゃねーな。……現場の指揮は頼んだぜ、オリバーズ。リンボーンは そのサポートをしてやれ』
「「かしこまりました、
水晶の言葉に、二人は膝を着いて答えた。
その様子を水晶越しに眺めていた一人の青年は、テーブルに置いてあった水晶の魔力を切った。
彼は金髪金眼の長髪に女性と見間違うほどに麗しい端正な顔立ちをしており、それでいて身長は黄太郎と同じくらい、つまり180センチ以上あった。更に中性的なドレスを着用しているため、声を聴かなければ男性なのか女性なのかは本当に分からない。
ただ彼の手だけは男性特有の骨格のしっかりしたものであり、右手の小指にはイエローダイヤモンドの嵌まったピンキーリングをしている。
彼の名前は、ゴルドナ・ベルトラス・ローベイ3世。
ブラビアス王国の当代の国王である。
「あーあ、だから勇者召喚なんてやめとけって言ったのに。メラバイス魔導帝国のアホ共め。……あー、チョー働きたくねえ~~~~。誰か~~~~プリン持ってきて~~~!!」
王の居室に、だらけ切った叫びが木霊した。
――だが、怠けたいゴルドナの想いとは裏腹に、これから物語は大きなうねりを上げて動き出す。
多分。
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