第28話 翌朝 その1
翌朝。
アイバラ城壁地下の留置場に向かうための通路を歩く二人分の人影があった。
姿勢をまっすぐ伸ばして歩くメアジストと、その後ろをついていくアザレアだ。二人は留置場の見張りをしていた兵士達を見かけると、声を掛けた。
「上級判定官のメアジスト・アイズレイ・エトレットです。乱葉黄太郎・乱葉鉄雅音を連行するために来ました」
「同じく、初級判定官のアザレア・ギンガニアです」
と、二人の挨拶の声が聞こえた黄太郎は、留置場の奥から慌てたように声を掛けた。
「え!? ちょっ、待ってください!! 今はマズい!!」
「――貴様! まさか何か良からぬことを!?」
その黄太郎の声を聞き、メアジストは咄嗟に床を蹴って駆けだし、すぐさま留置場の奥の部屋の檻の中を覗き込んだ。
すると、そこに居たのは。
「……あの、今からウンコするんで覗かないでくれませんか?」
パジャマのズボンを下ろし、便器に跨っていた黄太郎の姿だった。
ブラビアス王国の留置場では脱獄などの防止のため、トイレがむき出しのまま設置してあるので、どうしても隠すことができないのである。
黄太郎は咄嗟に手で自分の大事な部分だけを隠し、赤面していた。
「だから待ってって言ったんですけど……」
「ああああああ!! お前!! メア先輩になに汚いもの見せてくれてんだコラぁ!!」
「え!? これ俺が悪いんですか!? 俺は悪くないでしょ!?」
「まあ、こういう時は大体 黄君が悪いよ。知らないけど」
「……ああ、すまない。では、私たちはまた後で来るので」」
大騒ぎする他のメンバーにに対し、メアジストは一見するとクールな無表情のまま留置場を去っていった――のだが。
どんがらがっしゃーん!!
と外から大きな音が響いたかと思うと。
「メア先輩!? 大丈夫ですか!? バケツに思いっきり つまづきましたけど!? もしかしてさっきの気にして――」
「そんなことはない。大丈夫だ、大丈夫だから」
「え? でもメア先輩、耳が赤く――」
「なってない。赤くなっていたら、それはあれだ。あのー、そう。しもやけさ。最近ちょっと寒くなってきたからね。うん、そうだ。そうに違いない。というわけだアザレア。行くよ」
「あッ!? 待ってください先輩! 速い、歩くの速いのです!!」
どうやら気にしていないわけではないらしい。
「ああ見えて、エトレットちゃんって
「……やだ、俺もう お婿に行けない」
「まあ黄君はエロゲしてる内は婿の行き先ないから大丈夫だよ」
などと、朝っぱらから余計なトラブルも起きはしたが。
黄太郎・鉄雅音の二人はメアジスト達によって再度 領主館にまで連れてこられていた。
今回は食事時ではないので朝食を一緒に取るようなことはなかった。
場所も前回とは異なり、応接間に連れてこられているが、しかしリンボーンも来ているのでメンツは昨日と変わっていない。
応接間には輝く白銀の鎧が飾られており、黄太郎は鎧のフェイスガード――顔面を守るマスク状の部分――にチラリと視線を向けるが、そこでオリバーズに声を掛けられた。
「やあ、一日振りですな」
「おはようございます。良い天気ですねー」
などと明るく話してみても、彼らはまだ仲間になったわけでも何でもない。黄太郎は飄々とした様子だが、しかしオリバーズのほうは やや緊張した面持ちだった。
「なーんて挨拶してても しょうがねえだろぉ。乱葉黄太郎・乱葉鉄雅音、君らの処遇が決まったぜぇ。あくまでアイバラ内での暫定的な結果だけどなぁ」
そこで口を挟んできたのは、やはりリンボーンだった。
彼の言葉に黄太郎は肩をすくめて答える。
「性急ですね。俺はもう少し のんびりしてても良いんですけど」
「お姉ちゃんは腹の探り合い嫌いだからサクサク進んでくれていいよ。で、どーすんの?」
面倒くさがりな鉄雅音が続きを促した。
彼女の言葉に、オリバーズが一つ咳払いしてから口を開いた。
「では、率直に話しましょう。……我々は貴方達と敵対するのは得策ではないと判断しました」
「へえ、なら――」
「しかし、貴方達は私たちに隠し事をしているのも間違いはない。なら、無条件で仲間にするわけにはいきませぬ」
黄太郎の言葉を遮って放たれたオリバーズの言葉に、鉄雅音は怪訝な表情を浮かべた。
「何それ? じゃあ どうすんの? 敵にも味方にもなりたくないですー、なんて話通らないでしょ。種をまいたのはそっちだと思うけど。お姉ちゃんは納得できないよ」
「鉄雅音さん、落ち着いて。いま領主殿は“無条件では”と言いました。つまり条件次第では仲間にする。……そう言うことでしょう?」
「そういうことですな」
黄太郎の言葉にオリバーズが首肯とともに返す。
その返答に鉄雅音も安堵したように頷いた。
「なーんだ、回りくどい言い方されると お姉ちゃん分かんないよ。これだからモテないキモオタは……」
「鉄雅音さん! 言い方! 言い方! 相手偉い人!!」
「いやあ、手厳しいですなぁ」
「まあ、領主殿は妻子持ちなのですけどね」
「「ウソォ!?」」
アザレアの放った言葉に、二人は驚愕した。
むしろ黄太郎のほうが「ウッソ!? マジで!? ……マジで!?」などと驚いており、最早そこまで驚くのは失礼ではないかというレベルだった。
「あっ! でもアレか、貴族だと結婚相手とか決められてるんですかね? そうですよね! そういうアレですよね!!」
「確かにオリバーズ殿はお見合い結婚ですけど、王国内では有名なおしどり夫婦ですよ。お子さんも とっても可愛らしいですし、王国内の女性達の憧れる家庭の代表格なのです」
「いやあ、そんなに言われると照れますぞ!」
「……あっ、そうなんですか。俺と同じでモテないタイプのクソだと思ったんですが」
「おい! お姉ちゃんよりも失礼なこと言ってるぞ!! あと黄君がモテないのは人間性の問題だよ。もっと自分から行かないとダメだって言ってるじゃん」
「自分から行けよ~~~って言われる度に思うんですけど、それってどこに行けばいいんですか? 鳥取砂丘?」
「……あのー、話を戻しても良いかぁ?」
完全にそれてしまった話題を修正しようとリンボーンが声を掛け、それを受けたオリバーズが咳払いしてから本題に戻った。
「ゴホン! そんなことよりも、御二人を我々の仲間として引き入れる条件に付いてですが、テストとして我々の抱える問題の解決を手伝って頂きます。……ただ その際には、黄太郎殿には“隷属魔法”を受けていただきたいのです」
「……前者はともかく、後者に関しては何なんですか? あんまりゴキゲンな魔法のようには思えませんが?」
茶化しながらも、黄太郎は警戒心を抱く。
当然だろう、名前だけ聞くのであれば そう易々と受けられるようなものではない。
「警戒するのも無理はありませぬ。隷属魔法は我が国では特殊なライセンスを持った魔法使いのみに使用が許された魔法であり、……名前の通り対象を自分の奴隷にするための非常に危険な魔法です。隷属魔法を受ければ使役者の命令には逆らえなくなり、ましてや攻撃することなど全く出来なくなるのです。その上、逃げられないように常に相手の位置を把握されるようになってしまうのですぞ」
「へえ、……そんなものを俺に受けろと仰るんですか?」
警戒の色をあらわにする黄太郎に対し口を挟んだのは、リンボーンだった。
「まあ話は最後まで聞けよぉ。隷属魔法は確かに相手を奴隷にするための人権ガン無視の危険な魔法だ。そんな魔法をアンタらが食らってくれるとは思ってねぇ。だが、隷属魔法は一対一の契約魔法だ。そんな隷属魔法を、お互いがお互いに掛け合ったら……どうなると思う?」
「……お互いがお互いを服従させ合うことになる、と?」
「そうですぞ。その結果、魔法が反発しあって命令自体はお互いに出来なくなるのですぞ。しかし、互いに攻撃することができないという制約と相手の位置を把握する能力だけが残るのです」
「なるほど、つまり黄君と誰かが隷属魔法を掛け合うことで、何かあっても止めることのできる人材を作ることができるうえ、逃亡も阻止できると。なるほどね」
「そうなりますな」
隷属魔法は本来は一方が有利な立場に立つためのものだ。
しかし、お互いがお互いに隷属魔法を掛け合えば、結果としてそれは対等な関係になる。つまり、隷属魔法を掛け合うことで力量に差がある両者を対等な力関係に抑えることができるのだ。
前例も何件か存在するので、間違いない。
「それは理解しました。で、俺と隷属魔法を掛け合う不幸な羊さんは誰なんですか?」
「……私だ」
そう言って前に出たのはメアジストだった。
彼女は自分の胸に手を当てながら述べた。
「乱葉黄太郎。君の監視役は私だ。何か不満でも?」
「……いいえ、美人なお姉さんとお近づきになれるなんて、光栄ですよ」
正直、予想はしていた。
この中で個人戦力が最も高いのはメアジストだろう。
何かあったとき、すぐに対応するというのなら、それはメアジストを置いて他にはいない。
流れでメアジストに視線を向けたまま、黄太郎は尋ねる。
「で、じゃあ もう一つのトラブルってのはどんなものですか?」
「耳の早い君のことだ。もう知っているんじゃあないか? 最近、この街を騒がせている――」
「怪盗、ですか?」
「……本当に知っていたか。そうだ。現在、王国内を騒がしている怪盗『ケッパン』の予告状がアイバラにも届いた。三日後にアイバラ博物館の『孤独な姫君のアンティークドール』という宝を奪いに、な。というか、元々その事件を解決するために私とアザレアは呼ばれたんだ」
怪盗に関しては見張りの兵士達の会話を留置場で寝たふりをしている際に聞いた話だったので、知っているのは偶然ではあったが、出会ったときにメアジストが「ほかにもやるべきことがある」と言っていたので、恐らく怪盗の件がそうなのだろうとは思っていたが、どうやら黄太郎の予感は的中したようだ。
「そして、乱葉黄太郎には隷属魔法を私と掛け合ったうえで怪盗ケッパンの逮捕で協力してもらい、その過程を見て問題がないと判断することができれば――アイバラだけでなく王国内でも自由に動き回れるように配慮しよう。それが私たちの出せる条件だ。……どうする? 乗るか、降りるか?」
それに対し、黄太郎の答えは即決だった。
「やります。ま、始めるならこれくらいでしょうからね」
「黄君さぁ、そうやって格好つけたようなことを言うと失敗するっていい加減に自覚しない?」
「ほっといてくださいよ」
どこか締まらない黄太郎と鉄雅音のやり取りを見ながら、オリバーズは手を叩いた。
「――決まりですな。なら、早速 参りましょうぞ」
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