第27話 交渉回 その4
「……嘘を? なぜ俺が? それが揺さぶりか何かなら慎重にすべきですよ。いま、ここで話していることは……このテーブルに収まるほど小さなことではないと思いますが?」
メアジストの言葉に、黄太郎は緊張感をもって答えた。
――ように見える。
だが。
「確証はない。私には君が嘘を吐いているとは“判定”できない」
「なら、俺の何が――」
「だが真実を言っている、とも“判定”できない」
メアジストの発言は単なる揺さぶりではない。
確かに、黄太郎の言葉に嘘はないように思える。むしろ、魔力の流れから判断するなら、黄太郎は嘘を吐いていないように思える。
(メア先輩、いきなり何を……)
故に、アザレアは緊張の色を隠せないでいた。思わず、自分の尊敬する先輩であるはずのメアジストに対し、困惑の混じった視線を向けてしまう。
一方のメアジストは、自分自身の持つ黄太郎に対する違和感を、言語化できずにいた。
だが逆に言えば、言語化できないレベルであれば、黄太郎の言葉の背後に流れる魔力の流れに何かおかしな点があることに気付いていた。
「明確な言葉にはできない。だが、君の言葉には何か嘘が混じっているように思う」
「嘘って何ですか? ああ、ひょっとしてアレかな? 実は俺、饅頭が苦手なんですよね~。あの喉に張り付く感じがどうにも」
「――君の魔力の流れには最初から違和感を覚えていた。一度は、それは君が異世界から来た人間だからだと思った。だが、違う気がする。……そうだな。君は何故、アザレアの能力が“跳躍している間”にのみ発動すると気付いたんだ?」
茶化そうとする黄太郎の言葉を無視し、メアジストが一歩 踏み込んできた。
彼女の言葉に対し、黄太郎は笑みを浮かべつつも内心では何か嫌なものを感じ取りながら答えた。
「さっきも言ったじゃないですか。着地した時の姿勢が一番の決め手で――」
「そうか? “呼吸を止めている間だけ周囲から認識されなくなる”能力とかで、高所から飛び降りて君に攻撃しようとしたから ああいう姿勢になった、という可能性だってあったろう?」
「もちろん、その可能性もありましたよ。俺の予想が正解したのは半分はマグレ――」
「でも、もし君が
メアジストは そう語りながら、ゆっくりと席を立ちあがる。
彼女の言動に黄太郎だけでなく、オリバーズやリンボーンも冷や汗を流し、鉄雅音はすぐに武器に変身できるよう身構えておく。
「いや、あの戦闘の最中で気付けるわけが――」
「そうかな? この部屋の伏兵には気が付いたのに?」
「……もし、貴方の言う事が真実なら、俺はわざと負けたことになるんですよね? おかしくないですか、それって。貴方達を全員 倒して強さを見せつけておいた方が、後々の交渉で有利になるでしょう?」
「私たちに取り入るため、そうだろう?」
「……」
「強い奴を味方にしようと思うのは“適度に強ければ”の話だ。もし君が、ここにいる私達や護衛のメンバーも含めても制圧できないほどに強いのなら――交渉など成立しない。どれだけ大人しく理性的であろうとも、君は人間の首を噛み千切る猛獣を撫でようと思うか?」
(――マズいな。交渉を有利に進めようと情報を出し過ぎた)
メアジストの追及に対し、黄太郎の緊張感がドンドン高まっていく。
一方のメアジストは話せば話すほどに、自分の中で疑惑が確信に変わっていくように感じていた。
「君が この国の中で自由に動き回り、かつ我々の味方として信頼されるには、“それなりの強さ”でないといけない。弱者に利用価値はないが、――圧倒的強者を味方に引き入れるのは却って恐ろしいものだからね」
「……エトレットさんの考えが当たっていれば、今の貴方の行動はむしろ圧倒的強者ってのを敵に回すことに繋がるのでは?」
「なら訊くが、君は化け物を腹の中に飼うのと、薄くて脆くとも塀の外に追いやるのと、どちらが良い?」
徐々に、徐々に。
メアジストの眼光がより鋭いものに変化していく。
それは彼女が判定官として容疑者を追い詰めていくときの“それ”とよく似ていた。
「確かに、私は君に負けた。……だが、君の本職が戦闘でなく情報の収集であるように、私の本職も戦闘ではなく“判定”だ。だからこそ、私たちは判定官と名乗っているのさ」
(メア先輩がここまで言うなら……アタシが気づいていないだけで、やはり乱場黄太郎は何かを隠しているのですか?)
(ふむ……。確かに、言われてみれば俺達は乱場達に対する警戒心が薄くなっていたなぁ。切迫したものとはいえ、“我々は奴らに勝利した”ということが、俺の眼を曇らせていたかぁ)
そして その影響は少しずつ周囲に広がっていった。
黄太郎達に有利に進みそうだった交渉が、少しずつズレていく。
「もし君が嘘を吐いていて、何らかの方法で私たちの“判定”を誤魔化しているならば、――当然 我々は君とは手を組めない」
さらにプレッシャーを掛けるように、メアジストの両手に
しかし、そこまでされれば黄太郎も引き下がるわけにはいかない。
「……ならどうします?
そう言って、黄太郎もまた立ち上がり、左手で隣の鉄雅音の手を握る。
いつでも戦闘を開始できるようにするために。
「ちょっと待っていただけますかな!?」
しかし、その空気を打ち壊したのは、この場で最も弱いはずのオリバーズだった。
「食後酒が来ましたぞ。何はともあれ、ご着席ください。食事を用意してくれた部下に申し訳が立ちませんからな」
彼の言う通り、執事長が困惑したような表情で佇んでいた。
その様子を見て、メアジストも黄太郎も一度 席に戻った。
「……失礼いたしました。熱くなり過ぎました。私も焦っていたようです」
「いえ、俺こそ失礼しました」
二人は互いに詫びを入れてから、新たに持ってこられた食後酒の入ったグラスを手に取り、静かに
――強い。
しかし それでいて薫り高く呑みやすいという独特な蒸留酒だった。
「んー、強いですね。……しかし、これは美味しい。蒸留酒ですか、これ? あまりこういうのは呑んだことがなかったのですが、これは良いですね」
「はっはっは、そう言って頂けるとありがたいですな。このあたりで呑まれるワインを作った後のブドウの搾りかすから作られる蒸留酒で――」
オリバーズがそう話しているときに、
――ほんの一瞬、驚いて反応が遅れたが、黄太郎は咄嗟に右手でグラスを掴み取ることに成功した。
「……エトレットさん。これ、何のつもりですか?」
「気づいたかい、アザレア?」
黄太郎の問いを無視し、メアジストは隣の席のアザレアに尋ねた。
しかし、アザレアは驚愕のあまり目を白黒させていた。
「……いえ? あの、何に気付いたと?」
「乱葉黄太郎の全身を包む魔力は、私がグラスを投げつけたことで驚愕し、水面に小石を落としたかのように波打った。これは人間が驚いたときの典型的な魔力の流れだ。……だが、魔力が反応する前に彼の右手が動いていた。つまり、彼は意識的に魔力の流れをコントロールしている可能性がある」
「ま、まさか!? 魔力の流れは無意識に生じるものなのですよ!! そんな技術 聞いたことが――」
言いかけて、気が付いた。
乱葉黄太郎と そのパートナーである鉄雅音は、別の世界からやってきたのだ。ならば、自分たちの知らない技術を持っていてもおかしくはない。
事実、彼らは自分の知らない陰陽術や忍術といった技術を見せたではないか。
(考慮していなかったのです!! 判定官の眼を誤魔化す技術!! そんなものがあれば!!)
「……私たちの判定も意味をなさなくなる」
アザレアの心の内を読み取ったかのようなメアジストの言葉に対し、黄太郎は。
「……あー、これ以上なんのかんの言っても拗れるだけですね。仕方ない、四木々流陰陽術・
黄太郎がそう呟くと、それまで彼の周囲をゆったり漂っていた魔力の流れが変化し、より小刻みにブレた落ち着かないリズムに変化した。
「当たりです。俺たちの世界にも看破術式っていう判定官の能力と似たのがあってですね。あーあ、寝たふりがバレなかったからいけると思ったんですけどね」
そう言って黄太郎は肩をすくめた。
確かに、メアジストの言う通りだった。
彼は自分のウソがバレないように誤魔化していたのだ。
「……今までの話も全てウソだったのですかな?」
「その二極化思考は良くないですよ。俺の言ったことはほぼ全部マジです。ま、エトレットさんの言う通り、確かにわざと負けましたけどね」
ウソがバレてしまったというのに、黄太郎はまるで気にしていないように見える。
彼の態度に、今度はオリバーズ達のほうが強気に出る。
「何を余裕こいてんだぁ? お前は俺たちを騙そうとした。……なら、交渉がこのまま続くわけねーだろぉ?」
「えー、そうですか?」
「何を調子こいているのですか!? あなたは――」
「うん、俺よりも弱い貴方達を立てるために わざと負けてあげたんですけど、それが何か?」
「な!? 貴方、いい加減にするのですよ!?」
「へー、じゃあ。
そう言って黄太郎の放った殺気に、アザレアやオリバーズだけでなく、周囲で控えていただけの執事長やメイド達までもが気圧された。
黄太郎が本気で戦えば、ここにいる者たちは無事では済まないだろう。
誰もが それを本能的に感じ取った。
「言っときますけど、悪郎機関が勇者達の奪還と勇者召喚の中止のために この世界に来たのはマジですよ。そして、余計な血を流し過ぎないために俺ら悪郎機関が魔王の暗殺に行ってやるって話してるんです。……面倒くせーから、選べよ? 俺達と魔王ぶっ殺すか、それとも俺達がお前らを ぶっ殺すか。どっちにします?」
丁寧な口調を捨て、威圧的な口調で黄太郎は尋ねた。
自分の殺気を垂れ流し、自分が臨戦態勢になっていることを周囲にアピールしているのだ。
口では攻撃的なことを話しているが、現状この世界にきた悪郎機関の構成員は黄太郎達のペアのみ。今すぐに この世界の人間達と敵対することは好ましいとは言えないので、これは ほぼハッタリだが――嘘ではない。
「なるほど、その言葉には嘘はないらしいね」
しかし、たった一人平静を保っていたメアジストはあっさり そう言ってのけると、オリバーズのほうに向きなおし。
「領主殿。この問題は、今ここで すぐに決断すべきことではありません。ですよね?」
「あ? ああ、そうだな。ああ、そうだな! 今ここで急いで結論を出すべきではない!」
「だ、そうだ。一晩。一晩 待ってくれ、乱葉黄太郎。少なくとも暫定的な結果は それまでに出す。……だが、王国および“四ヶ国同盟”が君達をどう扱うかの判断はまた別だ。それでいいな?」
「……良いでしょう。それくらいはお待ちしていますよ」
殺気をひっこめ、黄太郎は柔和な笑みを浮かべて答えると、席を立った。
「食事、大変 美味しかったです。領主殿、ごちそうさまでした」
「え? ああ、口に合ったら何よりですぞ」
「執事長さんやメイドさん達も、驚かせて申し訳ありませんでした。料理人の方々にも、美味しかったと伝えてください」
そう言うと、黄太郎は深々と頭を下げた。
彼に対し、執事長達も「滅相もございません!」と慌てて返していた。
その後、再度 黄太郎達の手に手錠や鎖を掛けようと、リンボーンの部下の兵士達がやってきたのだが。
「あー、良いよぉ。どうせ、そんなもんあってないようなもんだろ? お前はよぉ」
「……まあ、正直なところ。手錠を外すのと『きかんしゃトー〇スのよくできましたシール』剥がすのだったら絶対トーマスのシール剥がす方が難しいですからね」
「その例えは知らんが。じゃあ、留置場で一晩 じっとしてるんなら手錠は掛けないでおいてやる。……ただ、下手なことはするなよぉ? お前をどうするかは決まってないんだからなぁ」
「……余計なことはしないんで、シャワーとパジャマくらい借りてもいいですか?」
「勝手にしろぉ」
と、リンボーンは肩をすくめた。
その後、黄太郎と鉄雅音は大人しくリンボーンの部下の後をついていき、自分から留置場に戻っていった。
そして、その道中の護送用の馬車の中で。
「……楽しそうだね、黄君」
「ええ、まあ。彼らはどう出ますかね?」
そう言って笑う黄太郎は、
鉄雅音は黄太郎とも長い付き合いなので、「あんなに食べてまだ食べるの?」とは訊かなかった。
そうして、残されたメアジスト達は疲れ切った様子で席についていた。
「……はー、面倒なことが続くなぁ。最近はよぉ」
「そうは言っても捨て置いていいことではありませんぞ。……メアジスト判定官。彼をどう見ますかな?」
「……信用はできません。しかし、敵対は避けるべきです。これから彼のほかに悪郎機関のメンバーが来るというのも、彼が語っていた悪郎機関の目的も本当だと思います。なら、鎖を付けて手綱を握っておくべきかと」
「ふむ、アザレア判定官はどうですかな?」
「アタシ――私もメアジスト判定官と同意見なのです!」
「そうですか、リンボはどう思いますかね?」
「俺も同意見だな。あと、オリバも自分で考えろよ? お前は昔っから他人を信じすぎだからな」
「はっは、気を付けますぞ。古い友の言うことは大事にせねば。……さて、これから忙しくなりますな」
オリバーズはそう言って笑った。
――そして、夜が明ける。
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