第26話 交渉回 その3
「な!? それは一体どういうことですかな!?」
オリバーズは その言葉に驚愕し、目を見開いていたが黄太郎はいつもと同じように軽薄な笑みを浮かべている。
「決まっているでしょう。先ほど話した通り俺達は異世界から来ました。……ま、俺たち的にはむしろ異世界に来たって感じなんですが。先ほどカバンの中身も見てもらいましたし、薄々分かってるんでしょ?」
「お前ら悪郎機関は俺たちの召喚した勇者達と同郷――いや、彼らの国の治安維持組織ってことだろぉ? 察しの鈍いオリバーズはともかく、他の連中は気づいていたさぁ」
猫舌なのか、カップの中の茶をいまだに「ふー! ふー!」と息を吹きかけて冷まそうとしているリンボーンが横から口を挟んだ。
彼の言葉に黄太郎は首肯する。
「そういうことです。俺たちが悪郎機関から下された
「ま、そうだろうなぁ」
「……それで、どうします? 俺たちの提案に乗りますか?」
最初にメアジストに出会ったとき、彼女は「どの魔王の手先だ?」と尋ねた。つまり、この世界に存在する魔王と呼ばれる存在は複数存在すると推測できる。
また最初に出会った農家の夫婦、および黄太郎が留置場に入れられているときの兵士たちの会話から、この国を守るために勇者というものが召喚され、そして その勇者達が居なくなった少年達なのだろう。
ならば、勇者の身を守り、これ以上の勇者召喚を阻止するためには、悪郎機関が魔王を滅ぼせばいいのだ。
「……確かに興味深い提案ではありますな」
そして、オリバーズの反応も悪いものではない。
とはいえ、黄太郎も この世界に来てほんの数時間しか経っていない。いま持っている情報の量は決して多くはない。本来なら、もう少し情報を集めてから交渉のテーブルに着く予定だったが、メアジスト達と遭遇したことで予定を早めることとなった。
「もちろん、俺一人では無理ですが、……粋徒が追加で三人、あるいは粋徒が一人と羅代邸が一人、それくらい来てくれれば、十分可能な範囲だと思いますよ」
「そうは言うけどよぉ。お前さん、魔王は おろか魔族にも会ったことないんだろ? 何でそう言い切れる?」
と、そこで口を挟んできたのはリンボーンだった。
確かに、もっともな質問だ。
それに対し、黄太郎は飲み終えたカップのふちを指でなぞりながら答えた。
「メアジストさんも、リンボーンさんも、この国の中じゃあ結構 有能な人材にカウントされているんでしょう? でも、俺なら貴方達に勝つことができた。実際そうだったでしょう? それと……、この部屋の周囲にバレないように隠れている護衛が4人。彼らの強さを物差しにして考えれば、――まあどうにかなるかなって言う判断しました」
「――ッ!?」
その言葉に、オリバーズは動揺を隠しきれなかった。
確かに、天井裏やカーテンの裏、あるいは室内に造られた隠し通路などに自分の護衛を4人、待機させている。彼らは全員、訓練と実績を積んだ精鋭達だ。それが、こうも易々とバレてしまうとは。
黄太郎の指摘を受け、オリバーズがベルを二回鳴らすと、隠れて待機していた四人の護衛が姿を現した。
「……いつから気が付いていたのですかな?」
「この館に来た最初から。ずっと見ていたでしょう? 俺たちのことを。なかなか優秀ですね。でも、俺の専門は情報の収集。そして索敵だって ある種の情報収集ですからね、そりゃ気づきますよ。そういう鍛え方をしましたから。ま、その分 戦闘能力自体は大したことないんですけどね、俺」
あっさりと言ってのける黄太郎に、オリバーズは動揺していた。リンボーンからの報告で黄太郎がそれなりに強いとは聞いていたが、しかし それでも結局はアザレアの一撃にやられたと聞いていたので、正直 侮っていた。
悪郎機関という組織が彼の言う通りの組織で、かつ彼以外のメンバーが来るというのなら、魔王以外の新たな勢力が現れることになる。
今回、自衛のためとはいえ部下を隠していたことで、もし悪郎機関と敵対するきっかけになったしまったなら――。
「ああ、ご安心を。これくらいのことは俺も予想していたことです。不問にしましょう」
「……そうですか」
一見すると平静を保っているように見えるが、しかしオリバーズの顔色には明らかな安堵の色が見えた。どうやらポーカーフェイスは苦手らしい。
そんなオリバーズをサポートするように、リンボーンが口を開いた。
「今のとこ互いに敵でも味方でもねーもんなぁ。これくらいのことはさせてもらうぜ。そっちだって俺の部下を地面に埋めてくれたんだもんなぁ」
「はは、そうですね。そういうのは、お互いに水に流しましょう」
と、黄太郎が笑みを浮かべていると、アザレアが口を挟んできた。
「……なーんか、さも自分こそが最強! みたいな顔してますが、あなたアタシに負けたの憶えてるのですか?」
「おっと、痛いとこついてきますね」
「だよねー、イキり散らしてるけど黄君ついさっきまで負けて眠ってたんだもんねー! ドヤって『勝利せよ、か。分かりやすくて嫌いじゃない』とか言ってたくせに。プークスクス!」
「いや何でアンタも からかう側に回ってるんですか!?」
アザレアの言葉に同調し、鉄雅音までもが黄太郎をからかってきたため、流石の黄太郎も困惑した様子を見せていた。
が、しかし。
「……『跳躍している間のみ自分の存在を消す』とかですかね? ギンガニアさんの能力」
「なッ!? なんでそれを!?」
前髪をかきあげながら放った黄太郎の言葉に、アザレアは素直な反応を返してしまった。
どうやら黄太郎の予想は当たっていたらしい。
「ギンガニアさんが現れた時、俺は直前まで全く気が付きませんでした。だけど逆に言えば、貴方が地面に着地したときは容易く貴方の気配を感じ取ることができた。気配を隠すのが上手いだけなら、気付かれずに攻撃できる。でも、貴方は直前まで気配を隠していたのに、攻撃の寸前に姿を現した。それも着地の姿勢で。その条件を考えると、多分そういう能力かなって思ったんですが、当たってたみたいですね」
黄太郎の説明は ほぼ正解である。
アザレアの能力は『自分が跳躍し地面に着地するまでの間のみ、世界そのものの認識から外れることができる』というものだ。
つまり、自分がジャンプして着地するまでの間は彼女は誰にも見えないし聞こえないし感じられないし、あるいは彼女のいる座標を攻撃しても攻撃そのものが彼女を認識できないため攻撃がすり抜けてしまう、というものだ。
非常に強力な反面、世界そのものの認識から外れるということは、自分が世界に干渉することもできない。つまり魔法も使えないし、一度ジャンプすれば着地するまでアザレアは何もできなくなる。ただ、なぜか例外的に重力の影響のみは受けるため、跳躍して帰ってこれないということはない。
「確かに、俺はアザレアさんには負けましたが、しかし貴方の能力は理解した。これ以上は負けませんよ。……それに、俺は“負けず嫌い”って感情が薄くってね。一度や二度の敗北くらい何とも思わないし……もっと言うなら、まだ
「負け切る……って何なのです?」
黄太郎の言葉に、アザレアが疑問を返す。
「目の前の小競り合いに十や二十負けようが俺にとってはどうってことないんですよ。何なら俺が死のうが、ね。重要なのは、最後の最後に勝利することです。負けても挽回すればいい。死んでも後に続く人間に託すものがあれば、それでいい。そうすれば、いつか必ず勝利する……。そう考えるのが俺たち『悪郎機関』って連中なんですよ」
そう答える黄太郎の目線は、それまでのふざけたようなものとは異なり、芯のある強い目をしていた。
彼は自分を弱くはないと思っているが、強くもないと自覚している。
世の中に自分よりも強い人間は大勢いる。
こんな仕事をしていれば、いつか あっさりと死ぬかもしれない。
だが、それでいい。
後に続くものが居るのなら、自分の屍は誰かのための道になるのだから。
(この男は……いや、この連中は厄介ですな)
これまでの話で、オリバーズは黄太郎に対して そういう評価を抱いた。
つまり、黄太郎をはじめとした悪郎機関という連中は、目的を達成するまで引かないだろう、と。
「で、どうします? 貴方たちは勝手な理屈で勇者だとか言ってウチの国の人間を連れ去っていった。その時点で立派な誘拐だ。加えて、そのせいで過去の変革が生じ始めた。……過去の変革は現在を根幹から変えかねない。国家存亡どころか、それ以上の事態すら招きかねない。ならば、我ら悪郎機関は それを看過できない。俺たちと協力するか、……それとも敵対するか、どっちです?」
「確かに、我々はあなたの仰る通りに人類の敵となる4柱の魔王たちを倒すために、四人の勇者を召喚しました。……それが、貴方達にとってそこまで大きな不利益になるとは思いませんでした。確かに、貴方の言うことにも一理ある。しかし、今ここで結果を出すことはできません」
「勇者を召喚したのは、この国だけじゃないから。ですか?」
「……はい」
「えっ!? そうなの、黄君!?」
黄太郎の言葉に驚愕したのは、鉄雅音のほうだった。
最初に農家の夫婦達から勇者と呼ばれる少年達が現れたと聞いて、彼女はてっきり この国に全員の勇者が居るものだと思い込んでいた。
「ええ、この国で勇者を呼ぶときは、“勇者”と単数形で読んでいました。農家だけでなく、この国の兵士達もそうでした。それで、まあそうじゃないかと」
「ああ、その予定はあっていますぞ。勇者を召喚したのは、我がブラビアス王国に加え、メラバイス魔導帝国、ラクイダ獣王国、そしてガラミアス連合王国の四ヶ国に、それぞれ一人ずつの勇者たちが居ます。そして、この四ヶ国間における勇者召喚の協定および、魔王連合に対する人間たちの最大勢力を“四ヶ国同盟”としています」
これで、この世界の大まかなバランスはつかめた。
この世界では、四つの魔王勢力と四つの人間勢力が鎬を削っているらしい。そして、そのために人間側が出してきた新たなカードが勇者である、と。
「勇者召喚は、我らとて軽々に行ったわけではありませんぞ。貴方の言うことも理解できる。しかし、一領主である拙者には――」
「ええ、わかりますよ。簡単に答えが返せるわけではないんでしょう。でも、一つだけ言わせてもらえませんか? ……自分のとこの世界に よその世界巻き込んでんじゃねーぞ。自分のケツくらい自分で拭けよ」
左目を細めつつ、一方で右目を大きく見開き、周囲の人々を威圧するようにして放った黄太郎の言葉に、彼らは何も言い返せなかった。
もちろん、思うことはあるが言い返せる立場にないことは彼らも分かっている。
(そもそも、俺たちブラビアス王国は勇者召喚に消極的だったんだぁ。前例はあるが、ほとんど伝説みたいなもんだったし、魔王軍とは長年 膠着状態にあった。わざわざ勇者召喚なんかしなくても良かったんだぁ。だが、結局はメラバイス魔導帝国をはじめとする他国の勢いに流された。他国のみ勇者を召喚して、この国には勇者は居ません。なんてことになったら他国に後れを取っちまうからなぁ)
(そうやって、結局は勇者召喚を行ってしまった。……私達が何か言えた義理ではないのです)
オリバーズも、アザレアもそれが分かっているから何も言い返せない。
確かに本来なら、異世界の人間の力を借りるのでなく、自分たち自身で魔王連合との戦いに けりを付けるべきだった。
だが、結局はそうならなかったのだ。
なら彼らは、偉そうなことを言える立場にはない。
「確かに仰る通り、拙者の一存では、決められません。しかし、我がブラビアス王国の最高意思決定機関である王国評議会に話を通すことは可能です。それならば――」
「領主殿、待ってくれませんか」
と、そこで今まで黙りこくったままだったメアジストが挙手した。
オリバーズは彼女の顔を見ながら頷き、発言を許可した。
すると、メアジストが立ち上がり、こう言い放った。
「乱場黄太郎。……君は、嘘を吐いているんじゃあないか?」
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