第24話 交渉回 その1
「いやはや、おまたせしたでござるな!! 何せ拙者、見ての通りデブです故、歩くのに時間がかかるのですぞ!!」
そう言ってキモオタ――もといアイバラの領主であるオリバーズは快活に笑い、黄太郎達から見て正面にある椅子に座って、額の汗をぬぐった。どうやら館内を歩いただけで汗を掻いたらしい。
オリバーズが着席すると、隣の部屋に控えていた白髪の執事がやってきて、彼の前にグラスを置き よく冷やした果実水を注いだ。
「こちらをどうぞ。」
「うん、ありがとう!! では、判定官の御二人も席についてくだされ!」
執事にちゃんと礼を言ってから、オリバーズは判定官の2人に そう声を掛けたが、アザレアが少し戸惑ったような様子を見せた。
「しかし、そうなると この2人が暴れだした時に素早く制止することができないと思うのです。よろしいのでしょうか?」
「構いませぬ。交渉のテーブルを用意せよ、そう言ったのは彼らなのでしょう? ならば、わざわざ交渉の場を壊すようなことはせんでしょう」
「へー、そうですかね? もしかしたら、俺が貴方をここに連れ出すように言ったのは暗殺するためかもしれませんよ」
「はっはっは。だったら、さっさと逃げて身を隠してから殺しに来るのではありませんかな? それに、拙者の代わりは居ますからな。自分が倒れた後のことも考えるのは人の上に立つ者の最低条件ですからな」
わざと引っ掻き回すようなことを言う黄太郎に対し、オリバーズは快活に笑って応えた。ハッタリや虚勢のようには見えない。彼は本当に そう思って このテーブルに着いたのだろう。
「では、メアジスト判定官。彼の拘束を解いてくれますかな?」
「……かしこまりました」
わずかに
これでオリバーズの正面には黄太郎と鉄雅音の二人だけが立つことになった。
「さて。……あなた方にもテーブルに着いていただこうと思うのですが、その前に幾つか聞かせていただきますかな?」
そう尋ねるオリバーズの眼光は鋭い。
これまでの人の好さそうな雰囲気はどこにやら、それはまるで獲物を狙う猛禽類のような眼をしていた。
(……ふーん、思ってたよりも性急だな。俺たちのこと以外にも彼らは問題を抱えているようだし、そのせいか?)
そう思いつつ、黄太郎は答えた。
「構いませんよ」
「嫌いな食べ物、苦手な食べ物、宗教上・体質など何であれ食べることができないものはありますかな? 御二人ともです」
「……え? いや、俺は特にありませんが」
「お姉ちゃんもないよ」
「なるほど、ではお酒は呑まれますかな?」
「はあ、嗜む程度には」
「お姉ちゃんは浴びるように呑むよ。何なら浴びるよ」
「なるほど! では、最後の質問。食欲はありますかな?」
「メッチャあります。今なら勢いで皿が食えるレベルです」
「いや、お姉ちゃんは皿は食べないけど空腹ではあるよ」
「そうですか、では共に食事にしましょう!! さぁ、席についてください!」
そう言うと、オリバーズは元の柔和な笑みに戻った。
言われた通り、席に着きながらも黄太郎達は困惑したような表情を浮かべた。
「えーと、俺たちがここに交渉しに来たことは分かってるんでしょう? 俺たちがここに来るまでにエトレットさん達を相手に大立ち回りを演じたことも」
「ええ、もちろん知っておりますとも!!」
「……その上で一緒に食事を、と?」
「はい、そうですが。何かダメな理由でも?」
「いや、そういうわけではないんですが」
自分たちを警戒する様子を全く見せないオリバーズに、逆に黄太郎のほうが不安を抱く。
「ああ、ひょっとして領主さんって一緒に酒を酌み交わして食事すれば誰とでも分かりあえる、みたいな思想の人なのでしょうか?」
「は? いや、そんなことは全くありませんぞ。一緒に食事した程度で人間が仲良くなれるなら世界に争いなどありませぬ」
「じゃあ、何故わざわざ俺たちと食事を?」
「はっはっは! 簡単なことです!! 拙者はデブですからな!! 食事を抜くことができませぬ!! そして、あなた方がいらっしゃったのが、ちょうど拙者の夕食時間と被っただけですぞ!! 別に来たのが あなた方でなくても食事にお誘いしましたとも!」
そう言って笑うオリバーズは まさに豪放磊落。
見た目通り細かいことは気にしない性格のようだ。
「では、食事にしましょう! 執事長、料理の支度を!」
「かしこまりました」
恭しく一礼した執事長は、一度 隣の部屋に行くと、すぐにメイドを伴って戻ってくると、全員分のカトラリーの支度を終え、更に何やら文字が書かれた紙を配り、準備が終わると、コースのメニューを暗唱した。
「今日のコース料理は、まず前菜にパタリブラーサ。揚げたポテトにニンニクとトマトのソースをかけたものです。次に第一の皿が、フェデッツァ。短めのパスタを魚介とともに炊き上げたものです。第二の皿が、レチョラータ。子豚の丸焼きでございます。その後の野菜料理はエスラデジ・レサ。茹でてマッシュしたポテトに彩りにミニトマトやパプリカを添えたものです。その次のデザートはアロスチェーラ。牛乳にシナモン、砂糖や柑橘類の皮、そして米を入れた上で煮立たせたものを冷やし、最後にキャラメリゼしたものです。そして食後のドリンクと、最後に食後酒となっております」
わざわざ細かく説明してくれたのは、黄太郎達が このあたりの料理に詳しくないことを考えてのことだろうか。
しかし、おかげで様々な情報が手に入った。
(これは……ふむ。それぞれの文字はアルファベットっぽいな。数字らしきものもある。これはアラビア数字に酷似しているが、これも少し違う。音声は同じでも文字にすると変わるのか? それと、今メニューを読み上げてくれたおかげでわかったが、この世界の文字はローマ字と同じような形式らしいな)
メニューの形式を見れば、どの文字がどの音を表しているのか簡単に分かる。この世界の文字は、母音と子音で構成されており、1単語ごとに1文字分のスペースが空くようになっているようだ。
文字や文章の構成自体は非常に分かりやすい。
また執事長の読んでくれたメニューの内容とメニュー表に書いてある文字を参照すれば、文字の意味もある程度つかめる。
そこから推測するに、文字はローマ字と同様アイウエオの母音と、カ行以降の子音から成り立っているらしい。
(そして……今のコース料理の形式は、イタリア料理と同じものだ。
新たな情報が入り、物事を捉えるための視点も増えた。
しかし、だからと言って そんな簡単に何もかもが分かるわけではない。むしろ、分からないことが また増えてしまった。
スペインとイタリアは同じくラテン系民族だが、食文化の好みは当然 異なる。日本でも東北と九州なら味の好みが異なるのと同様だ。
だというのに、またしても文化が混在してしまっている。
(……何だ? この世界は? 本当に
何か嫌な感覚を覚える。
言語化できないが、しかしハッキリと感じ取ることのできる、嫌な感覚だ。
しかし、黄太郎は それを表には出さずにポーカーフェイスを保つ。わざわざ今の感覚について話す理由がない。
(いや、それよりも考えるべきは これからどうするべきか、ということだ)
思考の内容を切り替え、黄太郎は今からの現実問題に思考の矛先を向ける。
悪郎機関からの命令は“勝利せよ”という明快で、しかし ひどく曖昧なものだった。
これは恐らく、問題の原因が異世界にあり悪郎機関本部も情報量が少なすぎたため、明確な指示を出せなかったのだろう。むしろ、そうした組織としての方向性を定めるために必要な情報を得るのが黄太郎にとって最大の目的だ。
しかし そのためには、この世界における黄太郎の立ち位置を明確にする必要がある。
(印尾先生は手段は任せると言っていた。つまり、現場で最新の情報を得ることのできるエージェントが判断しろってことだ。……考えるべきことは幾らでもあるが、最優先の目標はこれ以上の行方不明者が出ることを防ぐこと。次点で既に連れ去られた行方不明者の確保だな。彼らを日本に連れ帰れば過去変革が修復されるかもしれないからな。――あとは、そのための過程をどうするかな)
黄太郎が思考していると、オリバーズのほうがウキウキとした様子で話をつづけた。
「さて、どうですかな? 今の説明で、何か苦手なものや食べられないものがあるならば、メニューを変更させますが。それと、食事の際のワインに好みがあれば仰ってくださって構いませんぞ!!」
「……いえ、問題ありません。ワインもお任せします」
「お姉ちゃんもそれでいいよ」
「そうですかな! では、執事長! お願いします」
「かしこまりました」
やがて、前菜の
「それでは、召し上がってください!」
「では……いただきます」
トマトソースを絡めたポテトを口に運ぶと、ホクホクした芋の甘味とトマトの酸味、そしてニンニクの強烈な匂いが口に広がる。しかし、ニンニクが思っていた程くどくない。むしろ食欲が刺激されて何個でも口に運べてしまう。
「お、美味しいね! 初めて食べるけど お姉ちゃんコレ大好き!」
「はっはっは! そう言って頂けるとありがたいですな。……では、食事をしながらで構いません。本題に入らせていただいても?」
そうして、とうとうオリバーズも そう切り出した。
黄太郎も その言葉に首肯とともに返す。
「……構いませんよ。ああ、そう言えば貴方には まだきちんと名乗っていませんでしたね。俺は悪郎機関・粋徒に所属する準2級エージェント『忍者』乱葉黄太郎。こちらは乱葉鉄雅音。俺の式神であり、金槌の付喪神であり、妖怪です。魔族とはちょっと違う……といっても、こちらは魔族ってのが よく分かっていないんですけどね」
「ふむ……。自己紹介してもらってなんですがなぁ。率直に申し上げて、知らない単語が多すぎますぞ。――とりあえず、その悪郎機関というものについて、教えていただいても構いませんかな?」
「もちろん、そのつもりでしたからね」
黄太郎は口を開いた。
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