第23話 領主




 そして時は現在に戻る。


「へー、立派な部屋だね。お姉ちゃんビックリ」


 アイバラの領主館のダイニングルームに連れてこられた鉄雅音は そんな感想を漏らした。淡々とした口調だが、感心したのは事実だ。

 王族と違い、領主は巨大な城に住んでいるわけではなく、むしろ貧乏領主などであれば簡素な館に住んでいることもあったそうだが、その点アイバラは広大な農地によって それなりの資金を得ているため、領主館もそれなりに豪奢な作りをしており、それはダイニングルームも例外ではない。派手になり過ぎない程度に整えられた調度品の数々に彩られたダイニングルームは、国内有数の領主の館として実にふさわしいものだった。

 それこそ、貧しい小国の王城よりも美しいほどだ。


 余談だが、西洋の城が美しく豪華絢爛なものになったのは それなりに時代が進んでからだ。日本でもそうだが、城とは本来 戦争のための砦であり、機能重視で作られていたため冬は寒く夏は暑い上、窓も小さな木窓がある程度だったらしく、風通しは最悪と、居住環境はクソだったそうだ。


「ま、アイバラの領主は金 持ってるからなぁ。伊達に王国の食糧庫とは呼ばれてねーよぉ」


 そういうリンボーンは部屋の中心に置かれたテーブルの右側に置かれた椅子の背もたれに身体を預け、リラックスしていた。


「確かに、周囲には広い畑が広がってましたね。……ところで、何で鉄雅音さんの手錠は外したのに俺はダメなんですか?」


 鉄雅音も黄太郎も椅子に座らずに立っているという点においては同じだが、彼だけが両手に手錠、右足に足枷、首には鉄製の首輪が嵌められており、首輪から伸びる鎖は黄太郎の背後に立つメアジストが握っている。

 

「術者である君のほうが厄介だからね。特に君はどんな技術を持っているか分からないからね。それなりに警備も厳重にさせてもらうよ」

「確かに鉄雅音さん本体は大して強くないんですけどね。……あとまあ、俺もMなので満更でもないんですけど」

「流れるような性癖の開示やめろ!」


 黄太郎の性癖の暴露に鉄雅音がツッコみ、アザレアが「うわぁ」と言いながら割と本気で引き、メアジストは無表情を気取りながらも耳を赤くしていた。


「えー、でも身体を鍛えるのが好きな人は得てしてそうですよ。俺の知り合いのボディビルダー全員 身体を いじめるのが好きで好きで仕方ないですもん」

「それ絶対サンプルの偏りが大きいでしょ。黄君の知り合いなんて どーせ変人ばっかりでしょ」

「鉄雅音さん、俺のこと結構ボロクソに言うことありますよね。……じゃあ、エトレットさんに聞きますけど、SとMどっちですか?」

「えっ!? 私!?」

「おどれぇ!! メア先輩に何を訊いてるんだゴルァ!!」

「何? ダメなんですか?」

「良いわけねーだろーがハゲ!! メア先輩は美しく気高く誇り高い存在なんだよ!! SもMもねーよ!!」

「なーに言ってるんですか。判定官が何なのかよく分かんないんですけど、騎士の派生形みたいなもんでしょ? マンガの女騎士なんて『そ、そんな! こんな私が、可愛いだなんて……』みたいなキャラに仕上がりがちですけど、あんなの有り得ませんからね。若くて筋肉質な男たちの中に放り込まれた少数の女性なんて一瞬でモテモテですよ。実際 知り合いの防衛大卒の自衛官の人が『防衛大に入るとどんなにブスでも一瞬で彼氏ができる』って言ってましたし、異世界でも似たようなもんでしょ」

「ちっげーよ!! 判定官は男女半々くらいだっつーの!! あと基本 全寮制で男女それぞれ寮ごとに別れてるから そんな爛れた関係になるわけねーんだよ!! 何より女子寮の王子様プリンスことメア先輩が そんなことになるわけねーんだよ!! 適当に言ってっと ぶっ殺すぞマジで!!」

「君、怒ると“なのです”口調なくなりますよね……。というか、そんなアダ名がついてたんですね、エトレットさん。ひょっとしてファンクラブとかありました?」

「あー、うん。自分で言うのは恥ずかしいものなのだが、……『メアジスト様親衛隊』というのが出来ていたよ」

「ちなみにアタシも親衛隊メンバーだったのです!! これ当時の会員証です」

「やっべえ!! ガチの人じゃないですか!!」


 完全に関係のない話が広がってしまった。

 何とかして空気を換えようと、それまで黙っていたリンボーンが咳払いしてから口を開いた。


「ま、まあ それは置いておいてだなぁ。アイバラは実際 良いとこだぞ。領主がうまくやってるお陰で領民も活気があるからなぁ」

「みたいだね。来る途中に出会った農家の人たちも楽しそうに働いてたし」

「……待て、ここに来る途中で人に会ったのかぁ?」

「うん、農家の夫婦で気の良い人たちだったよ。トラクターに乗っけてもらった」


 リンボーンの言葉に、鉄雅音は首肯しつつ返した。その答えを聞いたリンボーンは溜息を吐いた。



「……あー、多分だが あの二人だろうなぁ。俺も知ってる人たちだぜぇ。確かに良い人たちなんだが……もう少し警戒心もって生きてくんねぇかなぁ。見た目を誤魔化してても、服装がどう見ても見慣れないんだから。まあ俺の部下もそうなんだがよぉ。アイバラの人たちは呑気過ぎるんだよなぁ。いや、それが良いところなんだけどよぉ」


 アイバラは国内の南東にあり、適度に雨も降りつつ気候も温暖であるため、アイバラ周辺の人々は気質が のんびりしていると言われる。ゆっくり起きて、ゆっくり仕事をして、ゆっくり食事して、ゆっくり酒を飲み、ぐっすりと眠る。これがアイバラの人々の生活だ。

 そのため長期間の旅行や休息には向いており、冬には寒い北方から越冬地としてやってくる商人や貴族もいるため、観光収入もある。これもアイバラの経済が潤っている理由の一つだ。

 ただ兵の上に立つ指揮官としては この土地の気質に苦労するようだ。



 と、そこで。

 ドスドスと大きな足音が響き、リンボーンが「やっとかよ」と小さく呟いた。

 そうして、ドアを開けたのは。


「いやあ!! お待たせしたでござるなぁ!! アイバラ領主:オリバーズ・グレンクですぞ!! デュフフフ!!」


 オリーブ色のチェック柄の衣服に身を包み、額にはバンダナを巻いた恰幅の男性が立っており、鉄雅音は「こんなに分かりやすいオタク今時そうそう居ねーぞ!!」と突っ込むのを すんでのところで我慢した。









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