第22話




 時間は暫し遡って。 



「さて、負けたところで提案があるんですが、この場で一番 偉いのって誰ですか?」


 薬の周りを遅くするために、黄太郎はゆっくりとした呼吸を心掛けつつ、そう言った。左手の鉄雅音で肩をトントンと叩きつつ、右手をポケットに突っ込んで、周囲の様子を観察する。


「……偉いかどうかより、決定権を持つということならディングレー殿かな。私達 判定官は臨時の仕事でここに来ただけだからな」


 地面に沈んだままのメアジストの言葉に、黄太郎は大仰に頷きつつ「ありがとうございます」とお礼を述べると、いまだ櫓の上にいるリンボーンのほうに向きなおした。


「ディングレーさん。取引しませんか?」

「……とりあえず、内容を言ってみろぉ」

「こっちの要求は、俺と鉄雅音さんの身の安全と そちらで用意できる範囲で最も“立場が上で話の分かる人”。この世界のことは良く知らないんで、細かい判断はそっちに投げます」

「ふん、代わりに何を出してくれるんだぁ?」

「拘束したあなたの部下全員とエトレットさんの解放に加えて、悪郎機関についての情報。ついでに俺らの使う陰陽術とかについても教えますよ。どーですか?」

「――黙って聞いていれば。貴方はそんなことを言える立場にあるのですか?」


 しかし そこで口を挟んできたのがアザレアだった。

 彼女は槍を構えなおし、その切っ先を黄太郎に向ける。だが、黄太郎は動じることなく ゆっくりとした呼吸に努める。


「やっだ~~~~。こわ~~~~い。先端恐怖症なんですけど、俺」

「黙るのです!! 貴方は薬が回って直に動けぬ身になります。アタシ達は、貴方が動けなくなってから捕まえて尋問すれば良いだけのことなのです!! 偉そうに取引なんて持ち掛けられる身ではないのですよ!! あとアタシはテメエがメア先輩に蹴り入れてくれやがったこと許してねえかんな!!」

『この子、マジで いきなり口悪くなるな』


 その光景に、長年 様々な人間を見てきた鉄雅音も嘆息する。

 繰り返すが、金槌がどうやって嘆息するかは考えてはいけない。


「そう言われましても。……まあ、あと20秒で取引の回答が決まらないなら普通に逃げますけど?」


 黄太郎は そう言って僅かに眼球を動かし、街へと続く城壁の門へと視線を向けた。


「させな――」

「待て!! アザレ――」


 ――きんッ!! と音がした直後、咄嗟に踏み出したアザレアの右足に、一本の釘が叩きつけられた。

 すると、彼女の身体が一気に地面の中に沈んでいった。


「しまッ!?」

「ギンガニアさん、で良いですよね? 不意打ちに関しては俺の方が上手みたいですね。……さてディングレーさん、人質に一人追加です。どうします、あと五秒以内に――」

「分かった、その取引 呑もう」


 言いかけたところで、リンボーンが答えた。


「アンタなら足に釘を打ち込んで そのまま逃げられるんだろ? 地中を逃げる相手を追う術は俺らにはない。それと、流石にこの人数が地面に埋まったままってのは大変だからな」

「即決どーも。そろそろ本格的に眠かったもので。……ふぁ~あ」


 あくびしつつ、黄太郎はパチンと指を鳴らした。

 すると、エトレットの身体を包んでいた結界が砕け、更に打ち込まれていた全ての釘が抜け、地面に沈んでいた者たちが全員 地上に浮かび上がってきた。

 彼らは「おお!」と歓声を上げつつ、自分たちの身体に傷がないことを確かめ、互いに喜び合っていた。


「……あー、先に言っときますけど、これ安全な奴なので攻撃しないでくださいね。テーラー、『は‐4』」


 だが その時、黄太郎が新たな陰陽術を使ったことで、彼らは一斉に警戒の姿勢を取った。

 当然だ。

 安全な奴、とは言っても黄太郎の用いる技術は彼らには全く理解できないものなのだから。

 ところが、黄太郎の生み出した“それ”に、一同の警戒は警戒心よりももっと別の感情を抱いた。


「きゅ~~ん」


 そこに居たのは、丸々とした大きな子狸だった。

 大きな子狸、というのは見かけない表現だが、子狸の体長が4メートル弱あるので、こう表現するしかないだろう。子狸は術者である黄太郎の隣に しゃがみこんだ。


「「「「「かわいい~~~~~」」」」


 ずんぐりむっくりとした体型に、まん丸な瞳は見る者の警戒心を薄れさせる。

 周囲の兵士たちは子狸の姿に警戒心をあっさりと解いてしまった。


「見た目で油断するなってあれほど言い聞かせてるのになぁ。まあ、実際に無害っぽいから良いけどよぉ」


 その様子を見て、リンボーンは困ったように呟いた。

 対して、この子狸を呼び出した張本人である黄太郎は、あくびをしながら子狸の背中の上に寝転がった。黄太郎が背中に乗ったのを確認すると、子狸が立ち上がった。彼を自分の上に乗せるためにしゃがんでいたらしい。


「……で、その大きな獣はなんなんだい?」

「んー、……ベッド代わりです。頭 打つのやだし」


 メアジストの言葉に、黄太郎は答えになっているのかいないのか分からない答えを返した。

 眠くてやる気のない黄太郎は説明しなかったが、これは四木々流陰陽術・『狸あふれ』というものである。サイズこそ大きいものの、可愛らしい見た目通り攻撃力は全くない上に、スピードもほとんどない。なら、何をするためのものかというと、この子狸には ある特殊能力がある。

 それは、“攻撃を受ける度に分裂して増えていく”というものである。分裂するたびにサイズそのものは小さくなっていくが、最大で数百体にまで分裂できるため、敵から逃げる際に子狸を置いていくことで敵を かく乱させることができる。

 ただパワーは多少あるので、このように人間一人を運ぶことも可能だ。ただ、体格が良い上に何かと仕込みのある黄太郎の身体は かなり重いため、子狸は僅かに膝が震えていた。


「あー、ゴメンな狸。……鉄雅音さん、能力解除」


 そして最後に、黄太郎は鉄雅音の能力を解除させ、その結果 彼女は金槌から単眼の鬼の姿に戻った。


「じゃ、そういう……ことなんで」

「あーあー、あんな攻撃を無様に食らうからだよ。油断しなければ避ける暇あったでしょ」

「あー、……ぐうの音も出ませんわ。でも今メッチャ眠いんで。……ふぁーあ。小言は後でお願いしますわ。じゃ……おやすみなさい」

「やれやれ、しょうがないね。……おやすみ」


 そのまま、子狸の背中で眠りに落ちる黄太郎を見届けると、鉄雅音は彼の掛けていたサングラスを外し、彼のジャケットの胸ポケットに押し込んだ。


「……完全に寝たな。間違いないだろう」


 眠った黄太郎の姿を見て、メアジストはそう呟いた。

 彼が寝たふりで誤魔化していないかどうか“判定”していたのだろう。

 そうして、一人残された鉄雅音は肩をすくめた。


「さて、お姉ちゃんはどうしたら良いのかな?」

「……ひとまず、アンタも一緒に檻の中に入ってもらうぜ。まあ安心しろ、取引は守るさぁ」


 リンボーンは そう言って笑った。




 












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