第20話 決着
「相変わらず、部下の扱いがうまいな」
土煙に覆われた光景を見ながら、メアジストは呟いた。
あの3兄弟とはメアジストも話をしたことはあるが、同じ説明を何度もすることになって大変だった記憶がある。
リンボーンの指示と副長の指示では、内容自体は ほとんど変わらない。
ただ伝え方が異なるだけだが、それが大事なのだ。
――リンボーン・ディングレー。
庶民でありながら特待生として騎士学校に入学し、優秀な成績で卒業した彼は、本来ならば もっと高い地位にあってもおかしくはない。何故そうならなかったかというと、庶民のリンボーンの成績に嫉妬した周囲の貴族騎士達によって、辺境の下級騎士という立場からのスタートにさせられてしまったのだ。
しかし、彼はそれでも腐ることなく研鑽を続け、森から溢れた大量の魔獣が街を襲った『赤森の戦い』において一名の死者を出すこともなく撃退することに成功し、その結果として一ヵ月前から このアイバラ守備兵団団長の役目を任されることとなった。
それでも、彼の能力ならばもっと評価されるべきなのだが。
しかし、今はリンボーンがここにいることは幸運だったろう。彼が指揮を執っていなければ、今頃 黄太郎の
そして、彼の采配によって ついに黄太郎に攻撃がクリーンヒットした。
「すげえ!!」
「タータン3兄弟があの男を倒したぞ!!」
「うおぉおおおおおおおお!!」
周囲の兵士たちもまた、雄たけびを上げる。
しかし、先ほどまで笑みを浮かべていたリンボーンだけが、笑みをひっこめて苦々しい顔をしていた。
「油断するなぁ!! 弓兵は次の矢を構えろ!!」
彼の言葉に兵士たちも、メアジストも怪訝な表情を浮かべた。
しかし、土煙の中のタータン三兄弟のみが、その言葉の意味を理解していた。
「「「……何ぃ!?」」」
黄太郎は十字に交差させた両手で、彼らの攻撃を完全に受け切っていたのだ。クロスさせた腕の奥で、黄太郎は不敵な笑みを浮かべた。
「なかなかのパワーです。きっと毎日よく鍛えているんでしょう。そんなあなた方に、俺の座右の銘を送ります」
そう言うと、黄太郎は両手を一気に開いて次男と三男の腕を弾き飛ばし、更に掴まれていた右足を振り上げることで長男の手を振り払う。
加えて、次男と三男の顔面を左右それぞれの手で掴んだ。
――さて、ここで一つ。
黄太郎の性格について、少し説明しよう。
と言っても、実に単純なことだ。
「俺の座右の銘、それは――『力こそパワー』だァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
乱場黄太郎は、脳筋だった。
振り上げた右足を地面に倒れる長男の背中に叩き込みつつ、黄太郎は更に顔面を掴んでいた次男と三男の頭部を力任せに地面にたたきつけた。
――ゴシャアアアアアアっ!! と音を立て、その衝撃で地面が陥没した。
白目を剥いて倒れた3兄弟を眺めつつ、先ほど空に投げて落ちてきた鉄雅音を器用にキャッチした。
「あー、気持ち良い~~~~。やはり筋肉のパワーこそ至高。こいつらも中々の筋肉でしたが、俺の方が よりマッスルでしたね。我ながらナイスバルク!!」
『相変わらず脳筋のナルシストだね、黄君は』
地面に倒れ伏す3兄弟の姿に、兵士たちは大きな衝撃を受けていた。
「おいおい、ウソだろ!!」
「あの3兄弟が力負けしたぞ!!」
「化け物かよアイツ!!」
アイバラ守備兵団において、タータン3兄弟はパワーにおいては圧倒的だった。
それゆえに、彼らが力勝負で負けたことは部隊の指揮に大きな悪影響を及ぼした。
「マズい!! 盾を掲げろぉ!! まだ決着はついてないぞ!! 集中力を切らすなぁ!!」
慌ててリンボーンが指示を出すが、しかし揺らいだ士気が回復するには僅かなタイムラグが生じる。
その間に、黄太郎は左手に握った鉄雅音をペン回しのように回転させてから、兵士たちの足元に釘を打ち込むべく構える。
だが、そこで。
「だから、私を忘れるなと言ったろう」
「しま――ッ!?」
背後からメアジストの
脚から鮮血が散り、黄太郎が膝をつく――と思いきや。
「いいえ、忘れてませんよ。あなたなら、ここで来ると思っていました」
という黄太郎の声が、メアジストの背後から聞こえた。
咄嗟に振り向こうとした彼女だったが、しかしその前に自分の足に何か嫌な感覚を覚えた直後、地面に沈み込んだ。まるで地面が泥水になってしまったかのように、バランスが取れなくなる。
(何ッ!? じゃあアレは!?)
メアジストによって貫かれたはずの黄太郎は、一瞬にしてグズグズに溶け、まるで墨汁か何かのように変化してしまった。
「攻撃を回避するための乱葉流忍術:
(くッ!!)
地面に沈みながらも反撃しようとしたメアジストに対し、黄太郎はまたしても鉄雅音を中空に放り投げて両手を開けてから彼女の両手の青紫剣と
「……!?」
「ああ、これですか? 乱葉流忍術:
黄太郎はあっさりと言ってのけると、スリ取ったメアジストの剣を彼女の手の届かないところに放り捨ててから空中から落ちてきた鉄雅音をつかみ取った。
だが、その後に そういえば この剣はメアジストが具現化したものだったことを思い出した。
「これ、そういえば固有魔法? か何かで出したんでしたっけ? 一回解除してから再度 具現化とかされると困りますね。……テーラー、『ろ‐2』」
『かしこまりました』
黄太郎の言葉に反応し、テーラーが作動。
メアジストの周囲を四木々流陰陽術・下位結界術式“朝顔”が包んだ。野菊と異なり、座標を指定して発動する この結界は、使いようによっては このように敵を封じ込めるのにも役立つ。
「この……」
「じっとしておいたほうが良いですよ。野菊と違って朝顔は硬いので、下手に殴ると拳を痛めますよ。さて、それよりも」
黄太郎は櫓の上のリンボーンに目を向けた。
「次は、貴方です」
「――くッ!! 全員、
咄嗟に冷や汗を流したリンボーンが指示を下すが、もう遅い。
兵士たちも士気が乱れた状態で指示を出されたせいか、リンボーンの指示に反応するのが遅れてしまっていた。
膝を曲げて腰を落とした黄太郎が、リンボーンを襲うべく一歩を踏み出した瞬間。
――唐突に、黄太郎の背後に一人の少女が現れた。
彼女はまるで何処かからか跳躍してきたかのように両足で地面に着地しつつ、その手に持った槍をただ真っすぐ突き出した。
なんの捻りもないが、それ故に――
「バカな!? 気配も物音も何もなかったのに!?」
『黄君!! 危ない!!』
動揺した黄太郎の隙を“突いて”繰り出された一撃に対し、しかし黄太郎は咄嗟に槍の穂先に鉄雅音を叩きつけて攻撃の軌道を逸らした。
――キィン!! と音を立てつつ、火花が散った。
直後、黄太郎はバックステップして距離を取った。
「……絶好のタイミングの不意打ちだったと思ったんですが、これを防ぎますか。流石なのです」
と、少女はそう呟いた。
ピンク色の瞳と、同色の髪をサイドテールにした少女の服装は、ほとんどメアジストと同じだ。ただ、彼女と違って眼帯はつけていないが。
その服装から、少女がメアジストと同じ判定官であることは黄太郎にもすぐ分かった。
ただ、少女の一番大きな特徴は、耳が大きく尖っていることだった。
「……その耳、ひょっとしてエルフってやつ?」
「あっ、そんなことよりも お怪我はありませんかメア先輩!? 痛いところはありませんかメア先輩!? アタシが居なくて寂しくなかったですかメア先輩!? ちなみにアタシはメア先輩と居られない一分一秒が苦痛でしたメア先輩!!」
黄太郎の問いかけを一切無視しつつ、少女はメアジストの方に視線を向けた。ちなみに彼女は3行分のセリフ内で5回も“メア先輩”と呼んでいる。
「ああ、痛くもないし苦しくもないよ。……でも、可愛い後輩にみっともない姿を見せちゃったね。ごめんよ」
「何を言ってるのですかメア先輩!! メア先輩は ここの皆さんを守るために必死に戦ったのです!! みっともない何て ありえないのです!! メア先輩はいつだって最高にかっこいいのです!!」
「あの、俺のこと無視しないでくれます?」
「うっせーぞ腐れチン〇ン野郎!! アタシがメア先輩と話す邪魔すんじゃねーよ!! 丸めて潰して圧縮して母ちゃんの産道を逆流できるようにしてやろうかァ!?」
「いきなり口悪くないですか この子!!」
「はしたないよ、止めなさいアザレア」
「はっ! すみません、メア先輩……」
「どっちかというと暴言を吐いた俺に謝るべきなのでは……?」
『まあ、黄君がエトレットの嬢ちゃんに蹴り入れたのはマジだし、これくらいしょうがないんじゃない?』
「……あ???? メア先輩に蹴りを入れた???? マジで言ってんのか、ああん????」
「鉄雅音さん!! 鎮火しかけたのにガソリン追加しないでください!!」
『ご、ごめん!!』
「アザレア、私は大丈夫だから。……だから、笑って? どんなお姫様だって、怒っていたら可愛い顔が台無しだよ」
「きゃっ! お、お姫様だなんて……」
顔を赤らめる少女に対し、黄太郎は どことなくゲッソリとした表情になっていた。
その後、アザレアと呼ばれた少女は咳払いをしてから名乗り上げた。
「私は判定官補佐:アザレア・ギンガニア。……確かに、見ての通り種族はエルフです。所要あってリンボーン殿と外出していましたが、戻ってきました」
と、彼女はそこで一度 言葉を区切ると、メアジストのほうに向きなおした。
「メア先輩!! 助けに入るのが遅れて、あの、その、……本当に申し訳ありませんでした!!」
「……いいさ。リンボーンに指示があるまで待機と言われたんだろう? それくらい分かるさ。むしろ……良くやったね」
「は、はい! ありがとうございます!!」
彼女はメアジストの言葉にそう答えると、嬉しそうに自分の槍を抱きしめた。
その様子を見た黄太郎は、「おいおい、さっきから勝負の途中に余裕ですね」と言いかけたところで、黄太郎の視界が、ぐにゃりと歪み、全身の力が抜けて片膝を着いた。
「……は?」
そして そこで、二つのことに気が付いた。
一つは先ほど鉄雅音で槍の穂先を弾く際に、手の甲を浅く切ってしまっていたこと。
そしてもう一つは、アザレアの槍の刃から僅かに緑がかった液体が滴っていることだ。
この二つのことから、黄太郎は察した。
「ああ……毒か。用意周到なことですね」
「――リンボーン殿の指示なのです。一滴たらせば人間なんて容易く昏倒するほどの睡眠薬です。いわゆる劇薬というやつなのです。正直、この薬を渡されたときは『殺す気なのですか?』とも思いましたが、リンボーン殿の判断は正しかったようなのです。……とはいえ、私の大・大・大好きなメア先輩に蹴りを入れた上 地面に埋めやがったことを考えるとやっぱ止めを刺すべきな気がしてきたのです。こいつ……調子こいてない? どうするアタシ? (止め)刺す? 刺す?」
「えっ、ちょ、マジですか!?」
『お姉ちゃん あの子 超怖いんだけど!?』
「止めておきなさい、アザレア。流石に この状況で殺すと過剰防衛になるよ。それに……可愛い後輩と檻越しに話すなんて、私は御免だからね」
「せ、先輩!! ……先輩がそういうなら、そうしますけど」
「ねえ、何で顔赤らめてんですか? 何を“トゥンク……”みたいな雰囲気を醸し出してんですか? 俺もう少しで止め刺されて死ぬかどうかの瀬戸際だったんですが?」
などと黄太郎達が話しているようすを、リンボーンが櫓の上から眺めていた。
彼は楽しげに破顔しつつ、冷や汗を拭って黄太郎に声をかけた。
「いやあ、焦ったわぁ。もう少しで俺の負けだったぜぇ」
「……冷や汗まで掻いて、演技派ですね。演劇でもやってたんですか? ちなみに俺は幼稚園児のころに花咲か爺さんの演劇で おじいさん役を演じたことがありますけど??」
「そんなことでマウント取ってくんじゃねーよぉ。お前はプライドの高い思春期男子か」
「思春期男子なんて皆プライドの塊でしょ」
「いや、それはどうでも良いけどよぉ。……しかし結構マジでヤバかったよ。この冷汗はマジさぁ」
確かに、あと2秒あれば黄太郎はリンボーンを倒すことができていた。
そうなれば、兵士たちも崩れて間違いなく黄太郎が買っていた。
だが、結果はもう決まった。
黄太郎は自分の身体が徐々に重くなり、視界が少しずつ暗くなっていくことに気が付いていた。毒が回っているのだ。このままならば、あと2分もあれば 彼は眠りに落ちるだろう。
あるいは、このまま戦い続ければより早く毒が回って それ以上に早く倒れることは間違いない。
「あーあ、俺たちの負けですね」
黄太郎は そう言って快活に笑った。
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