第18話
そう言って笑うリンボーンを見たメアジストは、一つだけ息を吐き出すと、両手のレイピアを構え直し、こう言った。
「遅いですよ、ディングレー殿」
「いやあ、悪い悪い。まだ ここら辺の道に慣れてなくってね」
メアジストの言葉に、リンボーンが笑みを返した。
そうしてから彼は、黄太郎とメアジストを取り囲んで大騒ぎしていた自分たちの部下の方に視線を向けた。先ほどまで大騒ぎしていた彼らは、今では水を打ったかのように静かになってしまっていた。
「さて、お前ら。……留守は頼むっていたよなぁ?」
「「「「「「ギクッ!!!!」」」」」」
黄太郎とメアジストの戦いを観戦して楽しんでいた兵士達の顔が青ざめていく。まるでイタズラがバレてしまった中学生のような様子である。
彼らの戦いに金を賭けていた者たちはサッと財布を隠して、食べ物を食べていた連中は慌てて口の中に放り込んで隠し、ビールを飲んでいた男は空き瓶を隣の兵士のポーチにこっそり押し込んで
「それをまあ、こんなバカ騒ぎしたもんだな。……これから一か月間のトレーニングメニューは今までの想像を絶するものだと思え」
リンボーンの言葉に、兵士たちはビクッと体を震わせてから、更に顔を青ざめさせた。一体どんなトレーニングを想像しているのか。
だが、最後にリンボーンはこう付け加えた。
「だが、少しでもトレーニングメニューをマシにしたいってんなら……この男を捕らえろ!! 総員、戦闘用意!!」
「「「「「「応ッ!!!!」」」」」」
それまで だらけ切っていた兵士たちの顔つきが明らかに変わった。
剣を抜き、槍を構え、矢を番え、盾を掲げ、黄太郎に対し闘志に満ち溢れた視線を向ける。
「あの男が来てから なーんか兵士の雰囲気が変わったと思ってたけど……変わり過ぎでしょ」
『ちょっと油断できない感じになってきちゃったね』
特に手を出すことなく その様子を眺めていた黄太郎と鉄雅音は、彼らの様子を見て そんなことを言い合っていた。そして2人の様子を見ていたリンボーンは歯を見せて笑った。
「律儀に待っててくれたんだなぁ! ありがとうよぉ!!」
「別に待ってたところで どうってことないんで構いませんよ」
「強気だなぁ、イケメン兄ちゃん。……だが、その強気が何時まで もつかな?」
――その瞬間、なにか嫌なものの気配を感じ取った黄太郎は咄嗟に頭を振った。
直後、先ほどまで黄太郎の頭があった座標を針のように鋭いレイピアが穿つ。空気を切り裂くほどに鋭いレイピアは それだけに留まらず刃先を折り返して更に黄太郎の喉笛を襲う――が、その攻撃は翼を畳んで突っ込んできた影燕の体当たりによって弾かれた。
「あっぶね!! 剣士の癖に不意打ちはズルくないですか!? 不意打ちするなら忍者になってからですよ!!」
「仕方ないだろう? 私は やきもち焼きでね、構ってもらえないと拗ねてしまうんだ」
「拗ねて刺しにくるとかどんなヤンデレですか!? だが しかぁし!! 俺はヤンデレも守備範囲に入る男! この程度で動じるほどにヤワな根性はしてないんですよ!! 包丁だってヤンデレが持てば萌え属性なんです!! テーラー! もう一度『ろ‐3』と『は‐1』、加えて『は‐2』!!」
『かしこまりました』
黄太郎の言葉にテーラーが反応、『ろ‐3』の四木々流陰陽術・下位結界術式“野菊”が作動し、黄太郎の身体を薄い膜のようなものが包む。これは強度こそ低いものの、僅かなエネルギー消費で長時間持続する全身に纏うタイプの結界だ。他の結界と異なり、場所そのものを指定して貼るわけではなく、全身に纏うものであるため黄太郎は重宝している。
また『は‐1』は先ほどと同じ影燕だが、『は‐2』は影の中から現れた5匹の百足で、『
とは言っても、これもまた影燕と同じく攪乱・陽動用の術式だ。毒は殺傷能力は低いが、代わりに非常に強い痛みを与える。その見た目で威圧しつつ、更に攻撃した相手を痛みで絶叫させることで周囲の敵の士気を削ぐのが目的だ。
「影燕はエトレットさんの妨害!! 叫喚百足は兵士達をやれ!!」
黄太郎の声で燕たちはメアジストの方へ、叫喚百足は兵士たちの方へと向かう。
見た目がほぼ実際の燕と変わらない影燕はともかく、体長が3メートルもある叫喚百足が迫ってくる兵士達の方は気が気ではない。
だが、そこでリンボーンが声を上げた。
「全体!!
リンボーンの声が響いてからの兵士たちの反応は早かった。
近くの兵士たち4人で素早く集まり、2人が盾を掲げ、1人が槍を構え、もう1人が弓を持っており、盾の2人が前に立ち、一歩離れて2人の間から槍を持った兵士が腰を落として構え、その後ろに弓を持った兵士が構える。
ざざざざざざざざ!! と嫌な音を立てて這寄る叫喚百足に対し、彼らは統率の取れた動きで徒党を組んで反撃する。
四進兵の
「行くぞ!!」
「応!!」
声をかけあい、盾の兵士たちが叫喚百足の攻撃を防ぎつつ剣で突きを放って牽制する。すると、その後ろから槍の兵士が叫喚百足の胴を突き、切り裂きにかかる。
槍の攻撃を受けつつも、兵士たちに噛みつこうとする叫喚百足だったが、兵士たちの盾が輝き、叫喚百足の頭が何かに殴り飛ばされたかのように弾き飛ばされる。
(あの盾、俺たちで言う霊具の類なのか? ……もし仮にそうだとするなら、この連中はあれだけの霊具を揃えることができるのか)
などと考えているうちに、叫喚百足が一体 倒されてしまった。
実際の百足と同様、叫喚百足も多少 斬られようが突かれようが、すぐには死なないが、ある程度のダメージを受けると術式を維持できずに身体が霧散してしまう。
「ま、そう簡単には全滅させませんけど」
「それは奇遇だな。こちらも そう簡単には いかせないつもりだよ」
黄太郎が握りしめる鉄雅音をペン回しのようにクルリと回転させてから、兵士たちに釘を叩きこもうとしたところで、空を飛んで彼女の邪魔をしていた影燕を強引に無視して突っ込んできたメアジストが横合いから斬りかかってきた。
影燕が彼女を止めようと体当たりし、当たるたびにメアジストに生傷ができるが、彼女は全く意に介すること剣を振るう。
「この程度で私を止められると思わないほうが良い。――ディサロニア式双剣術!!
「マジか!! なかなか強引なことをしますね――『人形崩し』!!」
咄嗟に体の骨格を歪めて、その攻撃を回避する。彼女が振るっていたのは赤紫剣であったため、下手にガードするとまたしても衝撃を受けてしまいかねない。
だが、黄太郎は攻撃を回避しつつ骨格を歪めた異常な姿勢から反撃に出る。
「乱葉流体術――」
「弓兵!! 男に向かって一斉射撃!! 用意、放てッ!!」
だが その前にリンボーンの号令とともに放たれた矢が黄太郎を襲う。
(このタイミングで!? これじゃエトレットさんが巻き込まれるんじゃ!?)
と思ったが、メアジストは数メートルほど跳躍しつつ、空中で
「――便利な能力ですね」
『黄君、感心してる場合じゃないよ!!』
鉄雅音に言われるまでもなく、黄太郎は素早く自分のつま先に釘を打ち込むことで地面に体を沈めて矢を回避し、更にそのまま深くまで潜っていき、リンボーンは櫓からその様子を見ていた。
「さっき部下に聞いた通り、面白い能力を持っているな……。弓兵以外は足元に注意!! 弓兵は周囲全体の警戒!!」
リンボーンの指示の一瞬の後、一人の弓兵の足首が地面から現れた黄太郎の腕に掴まれる。
「うおおお!?」
「大丈夫だ、任せろ!!」
しかし地表を警戒していた槍兵が すぐさま槍で黄太郎の腕を突いてきたため、黄太郎は慌てて腕をひっこめた。そして距離を取ってからゆっくりと地面に浮上してきた。
その時には、既に叫喚百足の最後の一体が斬り刻まれて霧散していた。
「……うーん、あのオッサンが来てから明らかに兵士の動きが変わりましたね。面倒です。叫喚百足ももう倒されたし。ああいう化け物退治とかが得意なんですかね、彼らは」
『だね、エトレットとかいうお嬢さんも良い動きするし。……お姉ちゃん的には、あんまり出し惜しみするべきじゃないと思うけど?』
「ですかね、……ん?」
と、黄太郎と鉄雅音が話していると、櫓に一人の兵士が登っているのが見えた。櫓を登り切った兵士はリンボーンの前で一度 敬礼してから口を開いた。
「団長殿! あの3人を連れてきました! おっしゃられた通り、花畑で蝶と遊んでおりました!」
「だと思ったわぁ、ありがとう。……さて、これでアイツはどう出るのかなぁ?」
口の端を歪め、リンボーンは笑った。
彼の視線の先には、城壁の扉の奥から歩いてくる3人の男たちが居た。彼らの体格は黄太郎よりも更に大きい。黄太郎の体つきが総合格闘家だというなら、彼らの身体は力士に近い。
それも並みのものではない。
身長は2メートル弱、体重は150キロはあるだろう。
「「「おおおおおおおおお!!!!」」」」
彼らの雄叫びが城壁内に木霊した。
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