第17話 加勢
本来は異世界だけでなく、元の世界――分かりやすいように以降、地球と表記する――の人間達も、魔力のもととなる特殊な力自体は有している。
ただ、歴史的な背景として地球では そうした力を歴史の表舞台に出すことは少なく、そして技術として体系づけられる機会がなかったことから魔法や陰陽術が胡散臭いオカルトなどと混同されることとなった。
その結果、地球では魔法の力というものはフィクションの枠組みの中でしか語られないが、実際にはそうではない。
世界各地に、陰に潜みながらも特殊な力を用いて戦う組織というものが存在するのだ。
例えば悪郎機関以外にも、イギリスを拠点に活動する魔法使いの組織である『大英魔導連盟』、アメリカに本社がありシャーマンや霊媒師など特殊能力者の人材派遣会社である『ウィングス・ブラザーズ株式会社』、中国の道士を中心に構成された『天覇一門』などが存在する。
組織や流派によって力の使い方も力を使う目的も異なるが、しかし全ての力は同じ生物の生命エネルギーから生み出されている。
つまり魔術も降霊術も死霊術も陰陽術も、全て結果が異なるだけで同じ力を利用しているのだ。
その事実を突き止めたのが、イギリスの魔法物理学者であるヴィンセント・オーグマン博士であり、彼の1916年の論文の中で この力を『Magical power』と表記したことから、それ以降こうした力の表記は『Magical power』で統一されるようになった。悪郎機関でも、初めは『霊力』と表記されていたが、1945年の敗戦をきっかけに『Magical power』の日本語訳である『魔力』という表記をするようになった。
これが地球において魔力を取り巻く歴史的な背景だ。
そして現在、科学と陰陽術が混ざり合い、それに加えて忍術までも用いる乱葉黄太郎の力は、正規の陰陽師ではなくとも非常に完成度の高い力を発揮する。
「テーラー! 続けて『は‐1』!!」
『かしこまりました』
黄太郎の声に対し、ジャケットの内ポケットにしまってあるスマートフォンに搭載されたAIアシスタント『テーラー』が反応し、詠唱を補助する。
ただ、もちろんスマートフォンは単なる機械に過ぎないため、陰陽術を発動するうえで必要となる力――魔力は黄太郎のものが消費されていくが、しかし陰陽術を発動させるために必要な真言や
黄太郎は指示を出すだけで、後は勝手にやってくれるので目の前の敵に集中しておけば事足りる。
一拍置いてテーラーでの処理が終わり、陰陽術が発動する。黄太郎の足元の影が形を変え、やがて影の中から10羽ほどの燕が姿を現した。
「四木々流陰陽術『
影燕は文字通り、影から生み出された燕だ。動きそのものは単調で特殊能力の類はないが、その分スピードに優れている。
燕の群れがメアジストの周囲を飛び回り、彼女の注意力を奪い、あるいは顔の前を横切ることで死角を作らせる。
テーラーには『い‐1~5』は攻撃用、『ろ‐1~5』は防御用、『は‐1~5』は攪乱・陽動用、『に‐1~5』は情報収集用の陰陽術というふうに予め設定しているため、ごく短い指示を出せばそれに対応した陰陽術を発動させることができるのだ。
つまり今回の『は‐1』の影燕は、攪乱・陽動用の陰陽術である。
(――鬱陶しい。直接の攻撃などはしないが、こちらの邪魔をするのが目的か)
表情には感情が出ないものの、しかし内心では確かに彼女は苛立っていた。
そして彼女の僅かな反応の遅れから、黄太郎は彼女が苛立っていることに気が付いていた。
「どうしたんですかぁ!? さっきよりも動きが遅くなってますよ!! これなら ちょっとしたカタツムリのほうがまだ動けますよ!!」
『ちょっとしたカタツムリって何!?』
「この――ッ!!」
加えて追い打ちをかけるような黄太郎の発言に、メアジストは更に苛立ち――そして自らの感情の昂ぶりを自覚した。
(――いま、私は乱葉の挑発に乗っている。それは余計な感情だ。怒りを鎮めろ。その代わりに、刃を研ぎ澄ませ)
呼吸を鎮め、メアジストは冷静な判断力を取り返した。
「行け、
メアジストは青紫剣を突き出し伸長させると、それはまるで蛇のように自由自在に動きながら黄太郎の大腿部を目掛けて襲い掛かる。
しかし――ひゅッ!! と風を切る音がしたかと思うと、側面から飛んできた影燕が
(やはり、
そう判断し、最短距離を突っ込む黄太郎に対し、メアジストはなんと、左手の
「――シィ!!」
「なッ!?」
黄太郎は咄嗟に
だが黄太郎が回避したことで そのまま後方に飛んでいくはずだった
「……は?」
「
メアジストが自分の右手首を引くと、
迂闊なことにジャンプしてしまった黄太郎には、もはや その攻撃を回避する術がない。人形崩しの回避能力にも限界はある。
「チッ!!」
仕方なく黄太郎は左手に握る鉄雅音で その攻撃を受け止めた。それによって
――ドッ!! と鈍い音が響き、黄太郎の全身が硬直する。
(肉体的なダメージや痛みはない……が、身体が硬直するのが厄介だな!! 身動きが取れない!!)
「テーラー!!」
「させない!!」
身体を動かすことができず、黄太郎は重力に引かれて そのまま地面に背中から叩きつけられ、更に間髪入れずにメアジストが襲い掛かる。
テーラーに新たな指示を出す暇もない。
メアジストは空いた左拳を握り固めると、そのまま地面に倒れる黄太郎の腹部の急所――
「かはッ!?」
――ズンッ!! と拳が黄太郎の腹にめり込み、
更に横隔膜にまで衝撃が伝わることで、黄太郎の呼吸が一瞬止まった。
(完璧に入った!! このまま――)
「なーんつって」
「なっ!?」
確実に急所を突いたはずの一撃だというのに、黄太郎は口の端を持ち上げてニィっと笑った。
そしてメアジストの左手首を掴むことで逃げられなくすると、仰向けに寝転がったままメアジストの右腹部――
「オラぁ!!」
「がっは!?」
寝ころんだままでも、黄太郎の丸太のように太い脚から放たれるキックは実に強烈だ。その上、彼の革靴には踏み抜き防止の金属板が仕込まれている。例え魔法で身体を強化していても、そうそう耐えられるものではない。
あまりの痛みに彼女は苦悶の表情を浮かべて地面に倒れこんだ。
「……まだだ!!」
しかし、それでもメアジストは黄太郎の顔面を蹴り砕くべく、地面に倒れこんだまま前蹴りを繰り出した。
やっていることは黄太郎と同じだが、しかし結果は大きく異なった。黄太郎は彼女の蹴りを、片手で受け止めた。
黄太郎は忍者として、様々な訓練を受けている。地面に寝ころんだままの格闘戦もそのうちの一つだ。
一方で、メアジストは基本的には剣士だ。斬り合いの中での格闘技術ならともかく、寝ころんだままでの格闘戦の訓練など受けたことがない。
その結果、彼女の蹴りは あっさりと受け止められてしまったのだ。
更に黄太郎は、掴み取った彼女の足首をメアジスト側に向かって押し出す。つまり、足を更に無理やり上に持ち上げるような形だ。
その結果、バランスを崩したメアジストは背中から地面に叩きつけられるが、当然 黄太郎はそれだけでは止まらない。
彼女の膝に自分の膝を押し当て、わずかに体重をかける――メアジストの膝の可動域とは逆側に曲がるように。
「実は俺、骨格だけじゃなくて内臓とか神経の位置も多少は動かせるんですよね。知り合いの医者に話したら『ちょっと何言ってるか分からない』って言われましたけど。……で、降参します? 俺も あなたのキレイな足を折るのは抵抗があるんですけど」
「……舐めるな、よッ!!」
しかし その時、黄太郎の掴んでいた彼女の足首――正確には彼女のブーツから紫電が瞬き、その時に黄太郎はブーツの裏に何やら魔方陣のようなものが描かれていることに気が付いた。
『マズい』と判断した黄太郎は咄嗟に彼女の足から手を放し、後方に飛んだ。
直後、周囲に雷鳴が轟き、雷撃が地面を這った。
あのままならば、黄太郎は感電していただろう。
「あぶねー、もう少しで黒焦げですよ」
『そうだね。……でも今の黄君、とっても楽しそうに見えるけど?』
「ええ、楽しいですよ。なかなか手応えのある相手ですからね。……ただ外野が五月蠅いのは何とかならなないもんですか?」
黄太郎の視線の先には、彼らの戦いを見て大騒ぎしている兵士たちの姿があった。
「おらー!! 行けー!!」
「やっちまえ!!」
「おい兄ちゃん!! お前が負けたら、まーた嫁さんに怒られるんだからな!! 何としても勝てよ!!」
「ビールうめえ」
「メア様~~~!! 負けないで~~~~!!」
「おいグラサン!! てめぇメア様に何してんだコラぁ!! ぶっ殺すぞ!!」
「あああああ!! メア様が!! メア様が!! おどれ腐れグラサン野郎!!」
その光景を見ながら、黄太郎はサングラスを掛けなおした。
「……マジでこいつらは何がしたいんですかね。あと女性兵士たちの俺に対する殺意が凄い」
『てゆーかビール飲んでる奴いるけど、良いのアレ』
と、呑気に話している二人に対し、しかしメアジストにはそれほどの余裕はなかった。
(……今の私は、スクロールの類は持っていない。いま使えるのは『
そう思いつつ、落ちた赤紫剣を拾いつつ立ち上がるメアジスト。
明らかに隙のある その状況でも黄太郎は攻撃しようとしない。
「随分と……余裕だな。私が君の立場なら、この隙を逃しはしない。何故、攻撃しない? ……私が女だからか?」
「いえ、それは違います」
試しに口から吐いてみただけの言葉に、黄太郎ははっきりと否定を示した。
「俺のお師匠は祖母です。なので、戦いにおいて女性が男性に劣るとは、俺は思いません。貴方が男性でも老人でも子どもだったとしても。このタイミングでは攻撃しませんでしたよ。ただ俺は、貴方と戦うのが今とても楽し――」
と、言いかけていたところで。
黄太郎の頬を打ち抜くようにして、一本のクロスボウの矢が飛来した。
――ぼひゅッ!! と、一拍 遅れて音がやってくる。
その矢には魔力が纏わされており、まともな人間が食らえば骨が砕けて肉が飛び散るだけの威力が込められていたが、しかし黄太郎は まともな方の人間ではなかった。
「あぁ?」
首のみを後方に倒し、矢を回避した黄太郎は あろうことか そのまま目の前を横切ろうとしていた矢の胴体部分――シャフトに噛みついてキャッチした。
その様子を、クロスボウを放った張本人である無精ひげの男が呑気に眺め、口の端には笑みを浮かべていた。彼は城壁に接するように建てられた石造りの頑丈な櫓の上に立ち、黄太郎達を見下ろしていた。
対して黄太郎は不快そうに眉根にしわを寄せつつ、金属製の矢のシャフトを噛み砕くと、そのままブッと吐き出した。
「おーおー、すげえなぁ。お前さん、身体強化魔法は使ってないみたいだが、どういう身体能力してんだぁ?」
「……筋トレしてプロテイン飲んで修行して飯を食ってドーピングすれば、これくらいできるようになりますよ。……つーか、貴方だれですか? 俺は今から結構カッコいいこと言おうとしてたんですけど」
「そうかぁ。そいつは悪かったな。まあでも、兄ちゃんは中々にカッケー顔をしてるからよぉ、わざわざかっこいいことを言わなくても そのままでカッコいいんじゃないかぁ?」
「……へへっ。よせやい!」
『黄君!? 何を照れてるの!? 黄君のチョロさがお姉ちゃんはとても心配だよ!?」
ちょっと ほめられると すぐに照れてしまう黄太郎に、鉄雅音が慌てて声をかける。
それではっと我に返った黄太郎は一つ咳払いをしてから、無精ひげの男に尋ねた。
「で、誰ですか貴方は?」
「俺かい? 俺はねぇ、このアイバラ守備兵団団長:リンボーン・ディングレーだ。よろしく頼むわぁ」
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