第16話
サングラス越しでも目が眩むほどの輝きに、黄太郎は防御姿勢を取ったまま後方に下がって距離を取ろうとする。だがその前に、輝きの中から光に紛れて細長い針のようなものが黄太郎の視界に入った。
いや、それは針ではない。
ただでさえ細いレイピアが、さらに細く伸びたものだ。
あまりに細くなったレイピアの切っ先は黄太郎の右目を目掛けて伸びてきていた。
「邪魔ッ!!」
この攻撃は切断でなく刺突が目的であることは明らかだったことから、黄太郎は右の手刀をレイピアの側面に振り下ろした。
黄太郎の手刀が風を切り、そして――空を切った。
(……は?)
黄太郎が距離を測り違えたのではない。確実にレイピアの切っ先を叩き落としたはずだった。
レイピアのほうが、黄太郎の手刀を回避したのだ。
「『
メアの呟きとともに、生きているかのようにレイピアが波打ち、切っ先は目標を変えて黄太郎の右腹部を目掛けて“突き”進んでいく。
回避しても恐らく切っ先は追尾してくるだろうし、叩き落とすにしても、また回避されるだろう。
ならば、と。
「よっ!!」
黄太郎は自分の右足の甲に釘を叩きこむ。
すると その直後、黄太郎が地面に沈み込んでいき、レイピアの切っ先が黄太郎を貫く前に彼の全身が地面の中に沈んだ。
――どぷんッ! と地面に潜った黄太郎に対し、メアジストは無表情なまま右手首を返すと それに合わせてレイピアが踊るように空を切り、一瞬で元の長さまで縮小した。右手のレイピアを何度かクルクルと回すと、左手の赤紫のレイピアと交差させるように構えなおす。
メアジストの一連のモーションが終わったところで、黄太郎が地面から浮き上がってきた。
「いやー、面白いですね。自在に伸縮しつつレイピアの動きを意のままにコントロールできる能力……というか、そういうレイピアを具現化する能力って感じですかね?」
『みたいだね、お姉ちゃんも同意見だよ』
黄太郎の言葉に合わせて、どこからともなく声が響いてくる。
声の主は黄太郎の握っている金槌――鉄雅音だ。
その様子を見て、メアジストは嘆息を一つ落としてから答える。
「面白い、ね。それを言うなら君たちも中々だと思うけどね。喋る金槌に……能力は
「へえ、もう気付きましたか! ご推察の通りです! 俺の式神である鉄雅音さんは“付喪神”でしてね。器物が長い時間をかけて人間からの“思い入れ”を受けることで、魂を持った器物を付喪神と言うんですが、特に鉄雅音さんは大工の棟梁が大事に扱い続け、弟子に伝承させていくことで魂を得た“金槌の付喪神”なんです」
メアジストの言葉に黄太郎はあっさりとばらした。
彼の言う通り、乱葉鉄雅音は金槌の付喪神だ。器物が長い時間をかけて命を得ることで生まれるのが付喪神であるのだが、彼ら彼女らは付喪神になる際に、姿を変えたり普通ならば有り得ないことを為したりといった具合に、特殊な力を得る。
その結果、鉄雅音が得られた能力が『具現化した釘を打ち込むことで二つのものを一つに一体化させる』というものである。
地面と人間の足に釘を打てば人間を地面と一体化させることで身動きを封じる、あるいは自分自身と地面を一体化させれば地中を潜行することもできるほか、壁と盗聴器を一体化させれば確実に気づかれることなく敵の情報を得ることができる、非常に汎用性の高い能力だ。
忍者だというのに手持ちの技術を躊躇いなく開示する黄太郎に、鉄雅音は溜息を吐いた。金槌がどうやって溜息を吐くかなど、考えてはいけない。
「随分あっさりと自分の能力をバラすんだな」
「ええ。別にこれ以外にも無数の引き出しがあるので、これくらいならどうってことはないですよ。ついでに、俺のスリーサイズも教えましょうか?」
「いいや、遠慮しておくさ」
軽口をあしらいつつ、メアジストは構えた剣の切っ先を黄太郎に向ける。対する黄太郎は、軽薄な笑みを浮かべつつも頭を回転させ次の手を考える。
「さて、どーしましょ鉄雅音さん。青紫のレイピアは分かりましたけど、赤紫のレイピアの能力が分かんないですね。青紫の方は攻撃力よりも早さと精密性に重点を置いてる感じですけど」
『……バランスを考えるなら、赤紫の方がパワー系かな? でも、考える時間はくれないみたいだね』
鉄雅音の言葉通り、メアジストは再度 右の青紫のレイピアで突きを放った。
激しく煌めいたかと思うと、針のように細いレイピアが黄太郎に襲い掛かる。
「みたいですねッ!!」
対する黄太郎は、地面を蹴って全速力で前に向かって駆けだした。
そしてレイピアの切っ先が彼の顔面を貫く寸前に、頭を振ってレイピアを回避、更に止まることなく地面を蹴ってメアジストの懐に飛び込んでいった。
(ちんたら避けると逆に捉えられる。なら懐に飛び込むべきだ! ……が、これは読まれてるんだろうな)
黄太郎の想像通り、懐に飛び込もうとする彼に対し、メアジストは左手の赤紫のレイピアを振り上げて待ち構えていた。
「鉄雅音さん! 能力は分かりませんが、とりあえず彼女の攻撃を受け止めます!」
『分かった!!』
冗談から振り下ろされるメアジストの剣を、黄太郎は
――しかし、結論から言うとそれは失敗だった。
「『
鉄雅音で彼女の左のレイピアを受けた瞬間、空中に赤紫色で描かれた魔法陣が現れ、一拍 遅れて黄太郎の全身を強い衝撃波が襲った。
――ズンっ!! と重い音が響き、黄太郎の身体が硬直する。
(なんだ、これは!? 切ったものに衝撃波を与える能力、か!?)
黄太郎はそう予測したが、それはやや正確ではない。
敵を攻撃した際に、相手が攻撃を受けて防御した場合にのみ、相手に衝撃波を叩きこむことで相手の動きを封じることができる能力。
それが彼女の
刃さえ届けば相手の動きを封じることのできる
硬直したこの隙に、黄太郎の背後から青紫剣が襲い掛かり、同時にメアジストのハイキックが放たれる。
回避しようにも、全身が衝撃で痺れて黄太郎の反応が遅れてしまっている。だが、口ぐらいならば動いた。
「テーラー! 『ろ‐3』!」
『かしこまりました』
黄太郎の言葉に応じ、彼の胸元のスマートフォンの電子音声が答えると、彼の身体は淡い緑色の光によって包まれた。
「これは――結界魔法!? この一瞬で!?」
「正確には魔法でなく陰陽術って言うんですけどね」
メアジストは表情が変わらないが、明らかに驚愕を含んだ声音を漏らした。
黄太郎の用いたものは明らかに結界を作るための魔法だが、彼が一瞬で魔法を発動させるためのツールであるスクロールを持っていたようには見えないし、先ほどの言葉は呪文にしては短すぎた。
自分の想像を超えた技術に、メアジストは衝撃を受けていた。
メアジストは黄太郎の用いる陰陽術を知らないため、自分の用いる魔法の技術体系から、彼の使う技術を想像した。
そして想像通り黄太郎が悪郎機関で身に着けた陰陽術も、本来は術式を書くなり
なのに、なぜ黄太郎は一瞬で結界を張れたのか?
それは実に簡単なことだ。
悪郎機関製スマートフォンに搭載されたAIアシスタント『テーラー』。これはに様々な情報の照合や簡単なもののハッキングなど、様々な機能が搭載されている。まさに科学技術の結晶だ。
だが、思い出してほしい。
悪郎機関は基本的には陰陽術を中心とした技術で成り立っている。つまり、――科学技術で陰陽術をサポートする程度のことは、一世紀近く前から行われているのだ。
ましてや科学技術の進んだ現代において
「いちいち呪文を唱えたり術式を書く時間がなくても、何とかしてくれる。そう、テーラーならね!」
『恐れ入ります』
人間の軽口に、AIアシスタントが畏まった口調で答えた。
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