第15話
ブラビアス王国における『判定官』の仕事は、その名の通り何らかの事件が生じたときに容疑者の話が嘘か本当か判定することである。
日本国内での役職の話をするなら科捜研の心理職に近いだろう。
ただ科捜研と違うのは、実際に現場に出ての捜査そのものに関わるかどうか、ということだろう。科捜研の場合、ポリグラフと呼ばれる装置――いわゆるウソ発見器と呼ばれるものだが、厳密には記憶の有無を探るものであり、嘘そのものを見抜くことができるわけではない――を用いて、条件を統制した上で行ってこそ、高い成果を得られるものなのだが、判定官の場合はそうではない。
この世界の全ての生物・物質は魔力を有しており、訓練次第では魔力を可視化することができる。
判定官は この魔力の変化や揺らぎを見ることで、対象者のウソを見抜くことができるのだ。だが訓練次第ではウソだけでなく、それ以外の感情や反応も見抜くことができるようになる。
となれば、わざわざ容疑者を連れてきてもらうだけでなく、実際に調査に向かえば より効率的に犯人を追うことができる。そのため、判定官は法律の知識や判定官としての能力だけでなく、現場での犯人の確保の役目も求められるため、そうした際に交戦になったときの対処のために、一定以上の戦闘能力も有していなくてはならない。
結果、判定官には文武両道に優れたエリートが求められる。
そのため、判定官を目指す場合10歳から18歳まで専門学校に行き、国家試験をパスした後、更に2年の判定官補佐を得たうえでやっと一人前の判定官になることができる。
そんな中、この10年で最も優秀な判定官だと言われているのが、メアジスト・アイズレイ・エトレットである。
彼女は飛び級を経て16歳で専門学校を卒業・国家試験に合格し、判定官補佐もたったの半年で終え、史上最年少で判定官として認められ、現在は22歳の若さで上級判定官になっている。これもまた史上最年少記録である。
ここまで彼女が認められたのは、ひとえに彼女の能力によるものだ。座学が優秀なのはもちろん、判定官としての眼力も優れていることもそうだが、そして何よりも戦闘能力が高いということだった。
メアジストは14歳の時に、学校の訓練の一環として上った山中で危険度Bクラスの害獣であるマララガ蛇と呼ばれる体調12メートルの蛇と遭遇し、クラスメイトを守るためにそれを討伐したこともある。これは並の兵士が10人がかりで行けば7人の犠牲と引き換えに倒せるかどうか、というレベルの敵だった。だが彼女があろうことか、これを一人であっさりと倒してしまった。メアジストの名前が最初に売れた出来事だった。
その後も数多くの成果を上げたメアジストは、今では知名度・実力ともに国内に知れ渡っている。それはこのアイバラ守備兵団においても同様であり、彼らもメアジストには大きな信頼を寄せている。
――ちなみにメアジストがメア様と呼ばれるのは、彼女の実力に加えて中性的な美しさのある顔をしていること、そして学生時代に頼まれて演劇の王子様役をしたことがキッカケで、アイバラ守備兵団以外にも彼女をメア様と呼んで慕うものは多い。
何なら学生時代には彼女のファンクラブすら存在していた。
このように、メアジストは国内でも それなりに有名な実力者である。
だが、それならば。
メアジストと互角以上に闘り合っているあの男は誰なのだ?
そう思うのは彼らにとって当然だった。
「ディサロニア式双剣術・
――ガガガガガっ!! と、機関銃のような連射速度で双剣の突きが飛んでくる。
コンクリートブロックを粉々に粉砕する威力の連撃に、しかし黄太郎は。
「ほいっ」
と軽い声とともに全身をグニャグニャと歪めるようにして回避し、更に背後に倒れこむのではないかと思うほどの
すると、――ごッ!! と、まるで鉛の塊を叩きつけられたかのような重さが響く。
「ぐッ!!」
剣で受けつつも、その衝撃に つい声が漏れる。
(あり得ない姿勢から放たれる蹴りが、あり得ないほどに重いッ!! なんなんだこれは!?)
しかもメアジストは剣の刃で黄太郎の足を受け止めているのに、彼はまるでどうということはないといった様子だ。何ならスーツにすら傷一つない。
おまけに。
「もう一つ、ほいっと」
蹴りを受け止めた際の衝撃に耐えるためにメアジストが足で踏ん張っていると、その足を打ち抜くようにして黄太郎が釘を弾き飛ばしてくる。そのため、彼女は咄嗟に跳躍して その攻撃を回避するが、足が地面を離れた分 次の反応が遅れた。
「はい、甘い」
そこに炸裂する黄太郎の前蹴り。
パァン! と弾けるような音を立ててメアジストが蹴り飛ばされるも、空中で回転して城壁に着地――着壁と呼ぶべきか――して体勢を立て直す。
「おいおい、マジか!! 上級判定官が負けるぞ!!」
「そんな馬鹿な!」
「いやぁあああ!! メア様!!」
「負けないでメア様!!」
メアジストが押される光景に周囲の兵士たちも驚愕する。ここにいる兵士たちが束になってもまるで歯が立たないであろう上級判定官が劣勢にあるのだ。驚くのも無理はない。
ただ、そこで隊の副長を任されている男は不敵な笑みを浮かべた。
「いや、待て。……彼女はまだ固有魔法の“能力”を使っていない。つまり……メアジスト判定官殿はまだ本気を出していない!!」
彼の言葉に周囲の兵士たちも「おおっ!」とざわめきの声を上げた。
「だからこそ、私はメアジスト判定官殿の勝利に今日の酒代を賭ける!!」
そう言って副長は自分の懐から財布を掲げた。
――あろうことか、彼はこの状況で賭けを始めたいらしい。
そんな彼に対し、「いや副長! 何を言ってるんですか! 早く隊長に伝令を送って急いで戻ってきてもらいましょうよ!!」と返す部下は、一人もおらず、彼らは次々と賭けに乗り出した。
「俺も判定官殿に賭ける!!」
「俺も!」
「いや、俺はあっちの兄ちゃんだ!!」
「だったら私なんかメア様のために今日の日当を全額 賭けるわよ!!」
「私なんか一週間分の給料を賭けるわ!! 先週 母親に借りた洋服代まだ返してないけど」
「いや それは返しなさいよ!!」
「待て待て、この賭けはワシが仕切ろう。ホレ、掛け金をよこせ!! だれか、黒板もってこい!! オッズ書くから!!」
「おい! 俺の財布、身体が地面に埋まってて取り出せないんだけど! 誰かカネ貸してくんない!?」
ワチャワチャと入り乱れて金を賭け合う様子に、流石の黄太郎も遠い目をしていた。
特に黄太郎の攻撃で半分 地面に沈んでいる連中に関しては危機感がなさすぎるのではないだろうか?
さっきまでの慌てようはどこに行ったのか?
「あいつら、色々と大丈夫なんですかね……?」
「余所見とは余裕だな。もう勝ったつもりか?」
その時、黄太郎は何か異様な雰囲気を感じ取って身構えると、視線の先のメアジストはまるで矢を引き絞るかのようにして右手に握る青紫のレイピアの切っ先を黄太郎に向けていた。2人の間には6メートルほどの距離がある。どう足掻いても剣の届く距離ではない。
だが黄太郎は、何か嫌なものを感じ取った。
(そういや さっき副長のオッサンがエトレットさんは まだ能力を使ってないとか何とか言ってなかったか!? 何か――ヤバい気がする!!)
咄嗟にそう判断し、両腕をクロスさせ防御重視の構えを取ると、それと同時にメアジストの握る青紫のレイピアが眼が眩むほどの光量を放って煌めいた。
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