第14話



(悪郎……忍者……? なんだ、それは? いや、問題の本質はそこではないな。……こいつらは私達の知らない技術を持っている。それが厄介だ)




 黄太郎の攻撃を見たメアジストは そう判断した。


 判定官の名の通り、他人のウソを見抜くことが本職であるメアジストは、様々なものを見抜くことに特化した看破魔法の使い手であり、多種多様な魔法についての知識も持っている。多少の幻術魔法を施した程度なら、彼女はその全てを見破ることができる。


 だが黄太郎達の使った魔法はメアジストの知らないものだった。

 もっと言うなら、魔法とは構成される術式や技術が異なるように思われる。




(つまり、あいつらは魔法以外の技術を持っている可能性があるということになるな)




 と、メアジストは冷静に思考し続けているが、周囲の兵士たちはそうではなかった。




「お、溺れる!? 助けてくれ!!」


「なんだ、あの攻撃は!?」


「引っ張っても地面から引きずり出せないぞ!!」


「団長はまだ戻ってこないのかよ!!」


「誰か!! 私のこと引っ張りだして!!」


「ダ、ダメです!! 身体が地面から抜けません!!」


「団長が居ない以上、副長!! あなたが指示を!!」


「えっ、ああ。いや、しかし……」




 自分たちの見知らぬ攻撃で10人以上の兵士が地面に沈んでいる。


 見たところ外傷などはないようだが、自分たちの理解できない状況に兵士たちは浮足立っている。


 アイバラを守護するアイバラ守備兵隊の兵士たちは、正直なところ練度はあまり高くなかった。国の中心部よりに位置するため外国からの襲撃の可能性も低く、治安も良い。

 その上、王都にも近いことから わざわざアイバラの守備兵団を鍛えるよりも練度の高い王都軍を派遣したほうが良い。そのためアイバラ守備兵団は予算も大した額を与えられていない。

 それでも、アイバラの領主の意向により最近になって優秀な男をアイバラ守備兵団に据えたのだが。




(何で肝心な時に居ないんだ。あの団長オッサンは)




 表情にこそ出ないものの、メアジストは内心 舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった。


 おまけに自分の部下も団長に付いて行っているため、今ここで役に立てるのはメアジストしかいなかった。




「副長殿。他の兵士たちは下がらせてください。ここは私がやろう」


「おお、助かります。エトレット上級判定官殿! よーし、お前ら!! 距離を取れ!!」




 声をかけられた副長が周囲の兵士たちに指示を出し、後ろに下がらせる。


 地面に浸かった兵士たちは引きずり出すことはできないものの、引っ張れば移動させることはできたので、2人掛かりで引っ張って後ろに下がらせる。




 その様子を見ていた黄太郎は溜息を吐いていた。




「やれやれ、『助かります』って。団長はいないみたいですが、だったら代わりに指揮を執るのが副長の仕事でしょうに。俺の心配することでもないですが、大丈夫か こいつら。……まあいいか。えっと、エトレットさんとお呼びすればいいですかね?」


「犯罪者に“さん”付けされるとは思わなかったが、まあそれで構わないさ」


「じゃあエトレットさん。見ての通り、俺は、俺たちは結構 強いし有能なんですよ。……場合によっては、あなた方の味方にもつけるかもしれない。というわけで、お茶でも飲みながら話をしませんか?」


「それは魅力的な提案だね。……だが、さっきも行っただろう? 君たちと話をするのは捕縛して尋問室に連れて行ってからだ」


「そうですか。じゃあ、しょうがないです、ねッ!!」




 言うなり、黄太郎は空中に黒いエネルギー体を出現させ、それを金槌で殴りつける。


 先ほどと同様に、それは数本の釘となってメアジストの足を打ち抜くように飛来する。しかし予備動作が必要なうえに、釘自体もメアジストならば目で見てから回避できない速度でしかない。


 軽やかなサイドステップで釘を回避するメアジストに、黄太郎は地面を蹴って猛然と襲い掛かった。



「話が聞きたくなるようにしてあげますよッ!!」

「ふむ、ではこちらも武器を使うか。――固有魔法『相反するアンクレット一対の刃コールズ』!!」




 メアジストが両手をクロスさせると、彼女のが出現した。二本のレイピアを握った彼女は、腰を落として重心を安定させ、黄太郎の攻撃を待ち受ける。




(レイピア!? 出現!? 何かの能力!? どうする!? 様子見――いや良い!! 突っ込んで潰す!!)




 瞬きのような間に思考を終えた黄太郎は、足を止めることなくメアジストに殴りかかった。彼女の剣が並みのものではないことは分かるが、ならば むしろ相手に思考の間を与えないことを黄太郎は選択したのだ。


 対してメアジストの右手の青紫のレイピアの切っ先を黄太郎に向けると、閃光のように鋭い突きを放った。金槌しか持たない黄太郎よりも、レイピアを持つメアジストの方がリーチはある。




「――フッ!!」


「良い突きです。……だが甘い」




 ぎぃん!! と甲高い音ともに、彼女の一撃は黄太郎の金槌で弾かれる。

 そこで黄太郎は更に踏み込む。あと2歩あれば黄太郎の拳が届く距離だ。

 当然、メアジストはこれ以上 踏み込まれるのを防ぐために左手の赤紫のレイピアで2撃目の突きを放つ。右大腿部を目掛けて放たれた その突きを黄太郎は咄嗟に左足を軸に回転しながら前に突っ込むことで回避しつつ、更に右手の拳を握り固める。



(金槌は攻撃よりも防御のためのものか。本命は奴の拳ッ!!)


(あと一歩で俺の拳が届くッ!!)




 2度の突きを弾かれたメアジストは、咄嗟に半歩下がった。しかし それは黄太郎に気圧されたとか恐怖したとか、そういう理由ではない。


 半歩下がった後ろ足を軸足に、身体を回転させ、その回転のエネルギーを乗せた横薙ぎの一撃を放つ。彼女の左手の青紫のレイピアに光り輝くオーラのようなものが纏い、――一閃。

 目も眩むほどの光とともに放たれた刃が黄太郎を襲う。




「ディサロニア式双剣術!! 転流斬リェラ・イスタッ!!」




 メアジストが気合の一声とともに放った刃に対し、黄太郎は咄嗟に回避しようとしたが、胴体を薙ぐようにして放たれた一撃を避ける間はない。




(回避!! 間に合わ――!! 弾く!? いや!!)




 そのままでは回避できず、普通に考えれば黄太郎は金槌で受けるか弾くかの2択だったろう。メアジストもそうだと思っていたし、その次のコンビネーションのことも考えていた。


 だが黄太郎の取った選択肢は違った。




「乱葉流忍術:人形崩し!!」


「なッ!?」




 何と黄太郎の身体が、ぐにゃりとねじ曲がったのだ。


 関節を外すとか、そういう次元ではない。


 骨格そのものが明らかに歪んでしまっている。身体を捻じ曲げた黄太郎はあり得ないほどの柔らかさで、メアジストの刃の下に潜り込んで攻撃を回避しつつ、そして とうとう拳の届く範囲にまで踏み込んだ。




「オラあッ!!」




 黄太郎はそのままの姿勢で、下からカチ上げるような拳をメアジストの顎に向かって放つ。


 ――入る!! そう確信した黄太郎の一撃に対し、今度はメアジストの方が予想外の行動に出た。




「ふんッ!!」




 避けられないと判断した彼女は、避けるのではなく むしろ自分の頭を黄太郎の拳 目掛けて振り下ろしたのだ。


 ――バチィィン!! と音を立てて、黄太郎の拳が弾かれる。人体の急所である顎でなく、固い額の骨で受けることによって致命傷を防いだのだ。


 更に剣を振り上げるメアジストに対し、黄太郎は地面を蹴って一息に数メートル跳躍。

 大きく距離を取って着地した。




 あまりの攻撃の速さに兵士たちは度肝を抜かれた様子だったが、肝心のメアジストと黄太郎の方はまだまだ余裕にあふれた様子だった。




「フー。いい反応しますね、エトレットさん」


「お前もな。……一つ聞くが、乱葉黄太郎というのはどっちが名字で、どっちが名前だ」


「……乱葉が名字。黄太郎が名前です」


「良いだろう、乱葉。認めよう、お前は強い。……副長殿!! 離れたまま待機していてください!! これから先は手出し無用です!!」




 と言うとエトレットは左足を前に、右足を後ろにし、両手の剣を交差させるようにして構える。




「気に入った。お前には武人として名乗りなおすことにしよう。――我こそはディサロニア式双剣術・頂級ちょうきゅう、ベイリジア式魔法術・上級:メアジスト・アイズレイ・エトレット」




 対して、黄太郎は左手の金槌を逆手に握りなおし、腰を落とすと、握り固めた右拳は顎の前に構えると、ニィっと破顔した。




「正々堂々、とか忍者のやることじゃないんでしょうが……乗った。――我が名は乱葉流忍術・皆伝かいでん、四木々流陰陽術・上伝じょうでん:乱葉黄太郎」




「「いざ尋常に勝負!!」」








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