第9話
「まさか、ここまで異世界の文明水準が高いとは……」
トラクターの後方に取り付けられた大型の平台車の上に座り、黄太郎は一人で呟いた。
いくら何でもトラクターまで出てくるとは思わなかった。
「うーん。異世界っていうと現代日本よりも劣ってるイメージあるもんね。お姉ちゃんもびっくりだよ」
「ですねー。……まあ、流石に俺らの知ってる技術とは違うっぽいですけど」
トラクターは振動が激しく、その上に速度も遅い。現代日本のものと比べると質はかなり落ちるが、それはそれとしてトラクターを作れる技術がこの世界にあるのは間違いない。
ただ、動力源はガソリンではないらしい。
というのも、運転席の背後に、大きなタンクと動力部があるほか、そこから伸びたパイプからは大量の湯気を吐き出しているからだ。
(いわゆるスチームパンク、というやつかな。蒸気機関がかなり発展してるみたいだ。蒸気でタービンを回してるのは間違いないが、動力源はなんだ? ……ガソリンの匂いはしないが)
色々と考えながら見ていたが、ソフト面ならともかくハード面においては、あまり黄太郎は詳しくない。
あきらめて、隣に座る鉄雅音に声をかける。
「……あの二人の肌のハリと髪の艶を見た感じ、栄養はちゃんと取ってるみたいですし。衣服も農作業してる割にはキレイでしたから、定期的な洗濯をする生活の余裕があるのも気づいてましたが、……これは想像以上でしたわ」
「参ったね……。お姉ちゃんは異世界といえば現代知識で無双できるものだと思ってたよ」
「確かに現代知識無双は一回憧れますよね」
「だよねー、便利なものを作ったり、内政チートしたり」
「あとハーレム作ってイチャイチャするのに何故か周囲からの好意には気づかなくて『え? 何で怒ってるの?』『もう! アンタって本当に鈍いのね!! ……なんで、こんな鈍い奴を好きになっちゃったのかなぁ』『あれ? いま何か言った?』『な、何でもないわよバカ!!』みたいなこともしたいですよね」
「したくねーよ別にそんなの」
「あーあー、もしくは普通に無双したかったですよね。もっとこう、メチャメチャしょうもないことで褒められるタイプの異世界なら良かったのに。なんかこう、ドングリ30個くらい拾うだけで『ば、バカな! この短時間に これほどのドングリを!?』『こ、こんなの伝説の英雄クラスよ!?』『え~? ドングリ拾っただけなんですけど、これってそんなにすごいことなのかなぁ?』とかやりたかったですわ」
「いや それは流石に異世界なめ過ぎだろ!! っていうか異世界でわざわざドングリ拾わなくて良いじゃん!! 」
「そりゃそうですけどね。……まあでも、これで良かったんじゃないですか?」
黄太郎の言葉に、鉄雅音は首を傾げた。
「何で? 現代知識で無双できたら、お金ガッポガポだったのに」
「まず理由1。いきなり現れた人間の農業指導なんてそうそう聞いてもらえない。次に理由2。文明水準の低さは文化水準の低さだし、文化水準が低いところは倫理観もクソなので治安が悪すぎて生活がダルすぎる。処刑するときにわざわざ錆びた槍を使って女性器から心臓まで串刺しにしてた戦国時代の日本人を思い出せば分かるでしょ? 最後に理由3。文明水準が低いと、俺らの飯もまずくなる」
「なるほど。飯のまずさは問題だね」
「そもそも、鉄雅音さんは昔のことを思い出してみてくださいよ。鉄雅音さんに自我が芽生えたころって幕末とかあそこら辺の時代でしょ? 好き好んであの時代に戻りたいと思います?」
「……あー、戻る気しないね。あっちこっちで死体が転がってたりもしたし、ご飯も今ほど美味しくなかったし。和食なんてカッコつけた言い方しても、庶民の食べる食事なんて ちょっと前まで大量の穀類と異様に塩辛い漬物とかがメインだったからね」
「でしょ。文明水準の低いとこで無双するには、文明水準の低さに耐えないといけないんです。俺はそんなの御免ですね」
「おーい!! 乗り心地はどんなだ!?」
二人が話していると、運転席に座っていた男性が大声で尋ねてきた。
ちなみに大声を張り上げるのは、農家の二人がトラクターの前側に座り、黄太郎達は後部に座っているため、間にある爆音を鳴らすエンジン越しに会話しているからだ。
「ケツは痛いですけど、景色は良いです!!」
「はっはっは! そら良かったよ!! ねえ、アンタ!!」
気風のいい夫人は、そう言って笑った。
ちなみに、このトラクターには運転席が一つあるだけなので、夫人は運転席の隣に器用に立っている。
「……つーか、あの人たちが普通に日本語話してるの見ると、印尾先生のドッキリな気がしてきましたね」
「ああ、そんな気がする」
ただ、ここで黄太郎は大事なことを訊くのを忘れていたことに気が付き、運転席側の二人に尋ねた。
「すみませーん。ちょっと聞きたいんですけどー!!」
「あー!? 何だーい!?」
「ここ最近で、少年が他所からやってきて話題になったとか聞いてませんかー!?」
「はー!? 何だいそりゃ!?」
「ほら、見知らぬ土地からやってきた少年たちが大きい事件を起こしたとか!! 何かそういうのないですか!?」
「いや、分からんねぇ!!」
その反応に、黄太郎はやや顔をしかめた。
黄太郎のメインの仕事は居なくなった4人の少年の奪還だ。
となると、2人が何か知っていると話が早かったのだが、しかし2人は知らないようだ。
と思ったが。
「ああ! そういや思い出したよ!! 何でも、
「……いいえ! そういう話を聞いたなあって思いだしただけです!!」
そう返しながらも、黄太郎は小さくガッツポーズをした。
どうやら、黄太郎達と居なくなった少年たちは同じ世界にいるようだ。
「ああ、あんたら。見えてきたよ!! アレがアタシ達の住む町、アイバラだ!!」
女性の声に促されて視線を向けると、稜線を超えた先に大きな石造りの壁に囲まれた都市が見えてきた。
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