第8話




「やあ、どうも。こんにちは」




 と、試しに黄太郎が彼らに近づき、声をかけてみたところ。




「ああ、こりゃどうも」




 目の前の男が当然のように“日本語”で返してきたことに、表情は隠しつつも黄太郎は内心で驚きを隠せなかった。




(マジで日本語しゃべってるわ。……俺の勘違いなら良かったのに)




 と、そこで黄太郎の背後に隠れていた鉄雅音が前に出てきた。




「こんにちは! ねえ、おじちゃん達は何を育ててるの?」


「……ん? ああ、これはね。カボチャを収穫しているんだ。どうだ、立派なカボチャだろう?」




 男性は鉄雅音の言葉に一瞬遅れてから反応した。


 それは鉄雅音の単眼や角に驚いたからでなく、鉄雅音の着物や袴に驚いたからだ。なら何故、男性は鉄雅音の眼や角を見てもなんとも思わなかったか。


 答えは単に、鉄雅音の角を見えないようにし、逆に目は二つに見えるように術をかけたからだ。


 自分の式神に限定されるものの、悪郎機関のエージェントとして陰陽術を学んだ黄太郎ならば、妖怪である鉄雅音の見た目を多少 変化させることが可能だ。といっても長続きはしない上に、同じ陰陽術の使い手や魔法使いの類には見抜かれてしまうが。

 街中で鉄雅音が堂々と歩いていられたのも、この技術によるものだ。



「へー、本当だ! 大きなカボチャ!」

「だろう? こんなに大きいカボチャは週に3……5回しか見ないよ!」

「まぁまぁ見てませんか、それ」

「……ところでアンタら。ここら辺の人間じゃあなさそうだが、何処から来たんだ?」

「……旅行です。あちこちを歩いて回ってるんですよ」




 男が日本語を話せることには驚いたが、しかしこれは好都合だ。会話が成立するなら、得られる情報の量が格段に増す。


 黄太郎はまず、簡単な質問から尋ねることにした。




「あー、俺ら。……ああ、失礼。私たちは東京から来たんですが、……ここの地名ってどうなるんですかね?」




 黄太郎の言葉に、しかし男性は首をかしげて、黄太郎達の姿を見てこちらに歩み寄ってきた妻と思しき女性のほうを向いた。




「んん? なあ、お前さん。トーキョーってどこだ?」


「さぁ? あたしも知らないよ。はっはっは! さてはアンタら、よっぽどの田舎から来たね! ここはアイバラの街の農場区画さ!」




 彼らが嘘をついているようには見えない。


 つまり彼らは本当に東京を知らないらしい。




(て、ことは……つまり異世界じゃあ日本語をしゃべる上にチグハグな民族衣装を着て暮らしてるってことか? ……意味が分からん)




 黄太郎がまたしても困惑している中で、しかし鉄雅音は全く違うことを考えてポンと手を打った。

 そして黄太郎に屈むようにとジェスチャーで示すと、黄太郎の耳元に口を寄せて、小声でこう言った。




「ねえ、黄君。ここって異世界だよね?」


「……まあ、そうでしょうね」


「なるほど、じゃあ異世界で農業ってことなら、やることは決まりだね!」




 コソコソ話を終えた後、鉄雅音は満面の笑みで男性に声をかけた。




「ねえ、おじさん! ここの農業ってどんな風にしてどんな風な作物を育てているの?」




 その言葉で黄太郎は察した。


 ああ、鉄雅音は『現代知識で異世界無双!』みたいなことをしたいのだと。

 そういえば彼女も黄太郎の影響を受けてライトノベルやアニメは よく見ていたのだった。


 そして、男性は鉄雅音の言葉に快く答えてくれた。




「ああ、ここの区画はワシらが担当している区画で、野菜を栽培してるな。今は主にカボチャや豆類を育ててるけど、その前はナスを育ててたね。ナスを育てた後にカボチャや豆を植えると実りが良くなるんだ。そうやって作物同士の相性を考えると農業がとっても楽しくなるし、収穫もうまくいくんだよ!! あとねえ、ここから東の区画じゃあ米も栽培してるし、西の方の区画じゃこれから麦も育てるよ。他にも色んな区画があって、大勢の農家が作物を作ってるよ。ただ、あんまり続けて作物を植えすぎると連作障害って言って作物が育ちにくくなるから、一つの区画を更に幾つかに分けて畑を休ませたりもするね。ほら、あそこらへんは雑草が生えてるだろ? あそこらへんに家畜を放って、雑草を家畜のえさに、家畜の糞を栄養にしたりするんだ。あー、それと。家畜の糞だけじゃなく、草木灰って言って燃やした雑草や薪の灰も養分にするね。さっき俺の嫁さんが雑草を燃やしてたのも それだね!! 他にも色んな工夫をして作物の収穫量を増やせるように頑張ってるんだけど、ざっと話すとこれくらいかな。あ、もしかしてお嬢ちゃんも農業に興味あるの? いいねえ! 農業は楽しいぞお! ぜひ やってみたらどうだい!?」




「……えっ、あ、はい」




 鉄雅音は必死にそれだけ答えてから、黄太郎の耳元で囁いた。




「……やっば。異世界の文明水準って意外と高いんだね」


「そーですね」




 畑の様子を見たときに、薄々このことを察していた黄太郎は、小さな声でそう返した。


 ただ、流石の黄太郎も次の光景は想像していなかった。




「あれ? うちのかみさんはどこに行ったんだ?」


「ああ、奥様ならあっちの小屋の方に――」


 そう言って近くの小屋を指さすと、その小屋から急に、低い重低音が聞こえてきた。そして、小屋の中から出てきたのは。


「おーい! アンタら長旅で疲れてるだろ! こいつに乗っていかないかー?」


 そう言って、夫人は姿を現した。




「「いや異世界の文明水準マジ高ぇええええええええ!!!!」」




 これには、流石の黄太郎と鉄雅音も驚きの声を上げた。

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