第7話
黄太郎達は、森の木々に隠れつつ煙のもとを見つめていた。
「居ました。人間が2人。男女が各1名ずつ。農作業をしているようですね」
森から少し離れた平野部で、男女が畑に立っていた。黄太郎達のいる場所からは100メートルほど離れているが、黄太郎の目には彼らの姿が衣服の模様まで含めてはっきりと映っている。
男女はともに40代くらいか、白い肌と彫の深い顔立ちに加え、男性のほうは顎が二つに割れており、シャツから胸毛がのぞいている。いわゆるコーカソイド人種――白人系人種――に見える。
男性の方は畑で作業しており、女性の方はその隣の空き地で何やら雑草や枯草を燃やしているようだ。
一見するとごく普通の光景にも見えるが、しかし彼らには目に見えて異様な特徴がある。
彼らの髪は、『緑がかった白髪』というかなり独特な色をしているのだ。しかも見たところ根元からそういう色合いになっているので、恐らく地毛でああいう色合いなのだろう。
「うわー、すご。髪の毛を紫に染めた おばあちゃんなら見たことあるけど、緑はなかなか居ないな……。というか、あれ地毛?」
「そうみたいですね。……ただ、個人的には髪色よりも服装のほうが気になりますけどね」
黄太郎が気になったのは彼らの体ではなく、むしろ纏っている衣服の方であった。
「服? 割と普通じゃない? 中世ヨーロッパっぽい感じじゃん? アニメや漫画の異世界モノだとよくあるでしょ」
「いや。中世ヨーロッパっぽいからこそ、問題なんですけどね」
「ところでスペースコ〇ラだと女性のモブは基本的にケツ出してるよね。あれ、どういう文化なのかな?」
「いや、知らないですけど。左腕に銃を仕込んだり、全身クリスタルにしたり、顔が犬みたいな人がいる世界観ですから、女性モブがケツを出すくらいどうってことないでしょ」
二人の会話は相変わらず どうでもいい話が多い。
緊張感があるのか ないのか。
さて、女性の方は、パフスリーブのブラウスに、袖のないボディスを合わせ、ギャザーの入ったスカートの上にエプロンを着用しているが、そのデザインはドイツからオーストリアあたりのアルプス地方の民族衣装であるディアンドルによく似ている。ただ本来のディアンドルは襟ぐりが広く胸元がやや空いているが、こちらの女性は襟のついたブラウスを着用している。
一方で、男性の方は白いシャツの上に、ツイードのような粗くて厚い生地で作ったジャケットを羽織り、そしてスカートを履いている。男性でスカートというと奇異に聞こえるかもしれないが、しかしイギリスのスコットランドでは伝統的にキルトというスカートをはく。ただキルトはタータンといって格子柄が使われることが多いが、彼のキルトは水玉模様をしている。
確かに それぞれに多少の差異はあるものの、彼らの服装はスコットランドとアルプスの文化が混じりあっている。黄太郎には それが異常に見えるのだ。
「さっきの蟲を見れば、この世界が異世界であることは ほぼ間違いないでしょう。だけど、だからこそ彼らの服装はおかしい。異世界と言えば“中世ヨーロッパ”みたいな風潮ありますけど、……何でそうなるんですか? 異世界が中世ヨーロッパ風である保証なんてないでしょう?」
「なるほど、言われてみれば」
「むしろ、異世界ならば俺たちの知らない気候や風土の中で生活しているでしょう。そうなれば衣食住の文化は俺たちの知るものと大きく異なってしかるべきなんです」
「確かにそう言われると分かる気がしてきたわ」
「何なら頭にパンツ被ってチン〇ンにリボンを巻くのが正装でも良いくらいなんですよ。文化が違うってことはそういうことです」
「そう言われると分からなくなったわ」
真面目な話、生きる環境が異なれば、身の回りの文化も大きく異なるし、文化が異なるということは生活が根本から違うと言っても過言ではない。
例えばロシア・アムール川流域で生活するナナイ族は、漁業を中心にした生活をしているため、魚の皮を鞣して作った“エレンゲレクキ”という民族衣装を作るようになった。
またアラブ諸国の遊牧民であるベドウィンの女性はブルカと呼ばれる顔を覆い隠す衣装を身に着けるが、定住しないベドウィンは全財産を効率的に持ち歩くためにブルカにコインを縫い付けたうえで身に着けることもある。
更に日本だけを見ても、和服の種類も様々あるほか、沖縄の琉装・アイヌのアットゥシなど、地域によってさまざまな派生がある。
異世界ともなれば、気候・風土・歴史・生息する生物が大きく異なる。ならば着用する衣服とて、異世界なりの特徴があるはずなのだ。それこそ、先ほど黄太郎が倒した蟲の羽や外骨格を利用した装飾品があってもおかしくないし、彼らの衣服の模様にも蟲を元にしたデザインがあってもおかしくない。もちろん、これは可能性の一つを示しているに過ぎないが。
つまり、黄太郎の言いたいことは、異世界で生きる人々がヨーロッパ風の民族衣装を身に着けていることこそが異常なのだ。
まあ厳密なことを言うなら、中世の時点でキルトやディアンドールが着られていたのかは黄太郎も知らないが。
(何だろう? この違和感は。……まるで、誰かがよく調べずに
ただ、これはあくまで黄太郎の印象に過ぎないことではあるのだが。
「ま、これからもっと調べるしかないですね」
「そうだね。……っていうか黄君って何で民族衣装に詳しいの?」
「半分は趣味です。もう半分は印尾さんに言われて勉強しました。異なる文化を知れば価値観も広がるし、仕事でも役立つ。そして文化の根幹は衣食住だ……ってことで、色々と勉強しました」
「へー。……あ、あの二人なにか喋ってるよ。黄君、読唇術つかったら何を話してるか分かるんじゃない? 黄君って読唇術つかえたよね?」
「いやまあ、使えますけど。読唇術も魔法じゃないんで、口の動きで何を話してるか推測するだけですよ。日本語ならともかく、他の言語じゃ無理です。ましてや異世界なんて、何を喋ってるか分かるはずが――」
黄太郎はそう言いかけて、止まった。
鉄雅音の言う通り、2人は何か会話しているようだが、流石に言葉までは聞き取れない。ただ口元さえ見えれば、読唇術の使える黄太郎なら何を話しているのか推測できる。
とはいえ、読唇術が使えるのは日本語話者が相手の時だけだ。黄太郎は英語と中国語が少し話せるが、唇を見ただけで外国語を理解するのは無理だ。
だが、あの二人はあろうことか。
「……ウッソでしょ。あの人たち、
流石に黄太郎も苦笑いせざるを得なかった。
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