第5話 オーダー
「こっちとしても話せる情報は話しておくべきだったとは理解しとるが、今回の事件はセキュリティレベルが高くてな。黄太郎の階級を考えると開示できる情報に制限があってな。じゃから、このスマートフォンにある設定をしておいた。GPSを一定時間 検出できなくなったときにのみ、この音声データを開くことができるように、とな。そして、もしも黄太郎達がコレを聞いているなら、まあ十中八九お前さんたちはワシの予想通り異世界に行ったということじゃろう』
「これ逆に俺たちが聞かなかったら、一人でブツブツ言ってるだけですよね、印尾先生」
「いや、こういう時に そういうこと気にしちゃダメだと思うけど」
『……これは気のせいなんじゃが。お前ら、ワシが話しとるのに無駄口叩いとらんか?」
((このジジイ、すげえな))
録音した音声を再生しているだけだというのに、有九郎の察しの良さは馬鹿にできない。
『さて、話に戻ろう。今回の消失事故では4件ともに共通したことが幾つかある。例えば、事件の被害者が全員男性であること、10代であること。そして資料には記載されていないが、全ての事件に置いて魔力値の急激な上下が観測されている。これは、いわゆる神隠しと似たような現象じゃ』
魔力値とは、文字通り魔術的なエネルギーの値である。
かつては魔法使いや陰陽師といった人々が感覚で測っていたものだが、現代においては測定して数値化する技術が確立している。
――無論、表の社会での話ではないが。
『今回、お前さん達に渡したのは、その魔力値の急激な上下を引き起こすための装置じゃ。と言っても、逆に言えばそれだけの機能しかない。正直、これ以外に異世界に行くための方法というものが分からんでな。とりあえず、魔力値の上下を引き起こす装置を携帯させておけば、何かの拍子で異世界に行ってくれんかと思ってな。……はは、これで渡して すぐに効果出たらウケるんじゃがな』
「いやメチャクチャすぐに効果出たんだけど!!」
「このオッサン、他人事みたいなノリで話してますわ。流石ですね……」
『んん! いかん、ついノリが軽くなるな。軽いのは尻だけにしなくてはな。なーんつって』
「ぶっ殺すぞクソジジイ!!」
「黄君、丁寧語が崩れてるよ」
『……ごほん! いい加減に怒られそうだから真面目な話に戻ろう。……もし、この機械の効果が出た場合、これまでの4件から考えると異世界転移にはトラックに轢かれる必要がある可能性が高い。そうなると、もしも本当に車に轢かれた場合、並の人間では怪我ではすまん。となると、超人的な能力を持った人間……つまり、お前ら
「俺だって車に轢かれたくはないんですけどね……。スーツ汚れるし」
「あっ、そういう理由なんだ」
『それと、今回ワシはかなり早い段階で この事件が単なる神隠しや事故ではなく、異世界の関わる出来事であると想定していた。と、言うのもな。実は事件の目撃者の中に、被害者がトラックに轢かれる寸前に空間の裂け目のようなものが現れたのを見た、というものが居ったんじゃ』
既に目撃者には記憶操作を施してあるため目撃者自身 覚えてはいないが、彼の話は こうだった。
トラックに轢かれる直前、被害者の少年は道路に飛び出していた子どもをかばった結果、自分が車道に飛び出すこととなった。
ただ、トラックに轢かれる直前、何かヒビ――というか次元の裂け目のようなものが開き、そこに少年が飲み込まれるのを見たというのだ。更に、その次元の裂け目の向こうには、どこまでも広がる広い森と、その中心に立つ西洋風の大きな城、そしてその上を悠然と飛ぶドラゴンが見えたというのだ。
だが警察は彼の話を信じず、目撃者の彼自身も幻覚を見たと思っていた。
ただ有九郎は その話を聞いたときに確信した。
被害者の少年たちは、その世界に飲み込まれたのだと。
『今回の事件は異世界という今までにない舞台での仕事になる。恐らくハードな任務になるだろう。一応、お前さん達以外の粋徒の数人にも同じ端末を渡しておくが、具体的に何人が異世界に行くことができるかは分からん。最悪、お前さん達だけで仕事してもらうかもしれん。それだけは覚悟してくれ。――そして最後に一番重要なことじゃが、事件の被害者たちの周辺の人物に
「「……は?」」
それまでは割とおとなしく聞いていた2人も、その言葉には揃って素っ頓狂な声を上げた。
『例えば被害者が幼稚園児のころに描いたはずの絵が白紙になっているとか、かつて使っていたランドセルの色が変わっているなど、被害者の周辺で様々なものが変化していた。これは恐らく――歴史そのものが変化している。現在は小規模であるものの、これが
歴史とは、些細な出来事の積み重ねの結果なのだ。
歴史が動いた、とはよく使われる言葉だが、歴史が動くための小さな歴史の積み重ねがあって、大きな歴史の変化が生じるのである。土台となる小さな歴史の変化が一つ生じるだけで、すべての歴史が変わるかもしれないのだ。
極端な例だが、その日 道端に落ちていた犬の糞を踏むはずだったのに歴史が改変して犬の糞を踏まなかった結果、それをきっかけに出会うはずの二人が出会えず、新たな世界大戦が勃発し100年後に地球が滅ぶことに――という可能性すらある。
「……歴史の改変か。クソ厄介なことになりましたね」
「というか、コレお姉ちゃん達も影響を受けちゃうんじゃないかな?」
『クソ厄介な出来事じゃな。お前さん達が異世界に行けば、また何かの過去改変が生じるかもしれん。じゃが、このまま放置するわけにもいかんからな。……それに、クソ厄介なのはいつも通りといえばいつも通りじゃ』
有九郎の言葉に、思わず二人にも笑みがこぼれる。
確かに、今までの仕事も大抵は厄介なものばかりだった。
『ただ過去改変が起きれば最悪の場合 世界そのものの巨大な変革を引き起こしかねん。それこそ、日本が滅びる可能性すらありうる。それは、我々としても絶対に許容できない』
と、印尾はそこで一度 言葉を切り。
『――エージェント・乱葉黄太郎、その式神・鉄雅音。これが困難な任務であることは重々 承知している。だが、その上で言う。プロセスは問わない。手段も一任しよう。だが、何をしてでも“勝利せよ”。我らの戦いは“負けられない戦い”などという生ぬるいものではない。敗北も引き分けも許されない。
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